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王家の崩壊  作者: 千歳
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結局二人が起きたのは、小間使いと革命軍の若者が一人、かなり遅めの昼食を運びにきたときだった。


食事のあと、王妃は兄に聞きたいことがあったので部屋から出る許可を願い出た。


すると、若者が全員昼食後から夕食前までは自由に行き来して良い、但し部屋の扉は開けたままにすることと監視がつくことを告げた。それから、話をするときは自国語ではっきりと大きな声で話すように指示された。


寛大な処置に驚きながらも王妃はさっそく兄の部屋へ向かった。


王妃はこの暮らしもあまり悪くはないと錯覚を起こし始めていた。監視がつくといっても、それは宮殿も同じである。


堅苦しいしきたりに縛られた宮殿で、王が愛妾を侍らしているのを見るのは王妃にとって非常に辛いことだった。


あの女がいないのは良いわ。不安の中にある楽天的な感情を肥大化させて彼女は自分にそう思い込ませた。


王妃が兄の部屋の扉を叩くと、二人はまだ自分たちの部屋にいた。王妃は兄嫁に少し兄妹で話したいと申し出ると、兄嫁は頷いて部屋を出た。


「家は?」


王妃が恐る恐る聞くと、黙って首を振った。 


「ああセリル……」


王妃は思わず兄の名を口にして、彼に抱きついた。監視の目があることなど気にならなかった。有りし頃の幸せな家族の風景が目に浮かぶ。


気がつくと、王妃の目からは涙があふれ出ていた。兄も王妃をきつく抱きながら嗚咽をこらえていた。自分の代に屋敷を、家名を、名誉を守れなかった屈辱と惨めさ。

 

二人はそのまま少しの間抱き合っていた。懐かしい兄の腕に戻ると、家族の温かみを思いだし、僅かながら傷が和らいだ気がした。そしてしばらくして兄は王妃から身体を離して言った。


「メイディ、少しシャールと話しておきたい」


メイディとは王妃の名で、シャールとは近衛隊長の名である。王妃はついていきたかったが男同士の話に口を挟むのも、と気が咎めたので自分はソレイユ夫人のところへ行くことにした。


ソレイユ夫人は、部屋に一人でいた。こんな場所にあっても、ソレイユ夫人の変わらぬ凛とした美しさに王妃は惚れ惚れさせられた。


赤い長い髪を編んでまとめ、紺地に白のレースが施された、ゆったりとしたドレスを彼女は着ていた。彼女は王妃を見るとにっこりと笑って言った。



「さぁ、お座りになって」


そして、夫人は遠慮がちに王妃に尋ねた。


「貴方、国王陛下と一緒のお部屋でしょう。その、久々でしょう。大丈夫か気になっていたのよ」



王妃は王を心から憎んではいなかったが、好いてもいなかった。そもそも、王の方が愛妾ばかりかまって、王妃をまるで気にかけなかった。


その愛妾というのは、王が独身時代、まだエッジワース伯と呼ばれていた頃に宮中の夜会で出会った豊かな商家の娘である。


二人は熱烈な恋に堕ちたが、エッジワース伯は既に国内で指折りの名家の出身であるメイディ・ロッド嬢との婚約が決まっていた。



しかし、彼女を諦められなかった王は、メイディ嬢と婚儀を挙げるとほぼ同時に彼女を妾として迎え入れた。


これによって、甘い新婚生活を夢見ていたメイディ嬢の希望は打ち砕かれた。

両親と兄の愛情を一身に受けながら、幸福な結婚を夢見ていた少女は深く傷つき、妾を憎んだ。


多くの人々が彼女に同情した。由緒正しき家の出身であるメイディ嬢を気にかけず、卑しい平民の娘と仲睦まじく過ごす王を宮廷貴族は非難した。


しかし否定されればされるほど、彼女とエッジワース伯の恋は熱を上げるばかりだった。


「いつも通り、私はいないものとして扱われています。でも、慣れておりますから」


王妃は淡々と答えた。あまりソレイユ夫人に心配をかけたくはない。


「王太子殿下が生きていらっしゃればね」


その言葉に王妃はどきりとした。


ソレイユ夫人の夫が元々王位を継ぐ予定だったのだ。王妃の夫は次男で、二人の上に姉が三人いるが、その内二番目と三番目の姉は夭折してしまっている。


唯一無事に成長した姉は、十七の時、遠く離れた公国に嫁いで行ってから、父母が亡くなった時の二度しか国にかえってきていない。

 

ソレイユ夫人と結婚し八年後、王太子は病に臥し、こう言い残して亡くなった。


「あの子と二人で君を見守っているからね」


二人は二年前に娘を亡くしていたのだ。


まだそのときは義父、当時の国王も生きていたのだが、その頃宮殿内は様々な不幸に見舞われていた。そのために心身ともに弱り切っていたところに長男の死である。


ますます衰えた国王は、半年後に亡くなってしまった。


こうして第二王子であるエッジワース伯が王位を継ぐことになった。


戴冠式の前日は流石の彼も不安でいっぱいだったらしく、王妃をきつく抱きしめて離さなかった。あのときのことを思い出すと、不思議な感覚に囚われる。


「彼との結婚生活は短かったけれど、私、幸せだったわ」


ソレイユ夫人がぽつりと言った。この言葉は王妃を羨ましがらせた。自分もは夫と九年一緒にいるけれど、いまだ互いに深い愛情など芽生えていない。



ソレイユ夫人は王妃の気持ちを察したらしく、彼女の肩をそっと抱いた。そのぬくもりが嬉しかった。

思いだせば、近衛隊長も、一人泣く王妃を見つけた時、側にいてひたすら王妃の話を聞いて励ましてくれたことがあった。


配偶者以外の周りに恵まれているのが彼女の唯一の希望であり、生を繋ぎ止める糸であったのだ。



王妃は、ソレイユ夫人の部屋を出ると自分と夫に与えられた部屋に戻った。夫はいなかったが、扉の前には監視兵が一人座っていた。


監視の目がそこまで厳しくないのは、ここが小高い山の中腹にあり、脱出が容易ではないことと、屋敷自体も狭く、出入り口が一つしかないためであろう。

実際、連れてこられるときも馬車はがたがたと揺れ、道の悪さが伺えた。


王妃はベッドに転がりながら、先ほどふと思い出した近衛隊長との出来事について考えていた。


あれは確か王が内輪で愛妾の誕生日の宴会を開いて、彼女に自分が選んだ指輪と耳飾りを贈ったと聞いた時のことであった。


彼女は気にしまいと思っていたが、自分は一度も王の選んだ贈り物など貰ったことがないと思うと、いつもは自分の感情をしまい込むよう心掛けている彼女も思わず涙が零れた。


彼女はどうしても女官と身内以外の誰かに話を聞いて欲しくなり、シャール・バルテを呼び寄せたのだった。


シャールは彼女の兄に、ある祝宴の際に妹を頼むと頼まれていたのだった。彼は理知的で、時に堅物と陰口を叩かれるほど真面目だったので、王妃の兄であるセリル・ロッドに信頼されていたのである。


「どうされました」

近衛兵はそう聞きながらも何か察していたようだった。原因などエッジワース伯以外にありはしないだろう。


「夫が……」


それ以上は自分が情けなくて言えなかった。


一方、生真面目な近衛兵は、セリル・ロッドとにもかくにも妹を頼むと言われた以上、この事態はどうにかせねばならないと思い、たどたどしく言葉を発した。


「私でお力になれることがあればなんなりと……」


近衛兵はそう言いながら、どうしてもっと気の利いた言葉をかけられないのかと後悔しつつ、自分は軍人なのだ、訓練で女の子の励まし方など習った覚えはないのだから仕方ない、と言い聞かせた。


ただ、彼女に自分が励ましの言葉をかけるということに、不思議な気分がした。彼は地方領主、バルテ家の出である。


バルテ家も貴族の位を与えられてはいるが、彼女の出身であるロッド家とは地位も財力も比較にもならない。


そんな彼には名門ロッド家の娘であり、また第二王子の妃である彼女とこうして二人きりで対面していることが些か新鮮に思えたのである。

 

困り切った近衛兵は黙って彼女を見つめるより他なかった。そこで彼はようやく気付いた。彼女はまだ若い。


自分より七つも下の女性がこの国とあの王を背負っているのだと思うと、彼女に何故か親しみを持ち、優しくしてやりたくなった。彼はそろりそろりと王妃の方に近づいて囁いた。


「私が貴方の、宜しければ御友達に」

 

エッジワース伯妃はそれから彼との友情に安らぎを求めるようになったのだった。 

しばらくして王が部屋に帰ってきた。何か考えている風だったので、王妃は声をかけずにそっとしておいた。


それに王と一緒に監視係も入ってきたので、あまり話をしない方が良いように思われたのだ。


そして王妃は書棚から適当に本を選び、読書の楽しみに耽った。それから一時間ほどして夕食が運ばれてきた。


二人は黙々と食べ、飲んだ。二人で夕食を食べるというのはなかなかないことであった。王は仕事に追われているときは一人で食べ、何もない日はいつも愛妾と食卓を共にしていた。

 

一方王妃は、義務的に宮廷貴族を宮殿の食堂に招いて食べるか、自分のティー・ルームに友人を招いて食べるか、一人で食べるかの三つだった。

そもそも祭典や晩餐会でもない限り二人が顔を合わせて一緒に夕食を取るということ自体まずなかった。


王は夕食が下げられたあとも黙りこくっていた。


夕食後、部屋には外から鍵がかけられたが、その分監視の目がないので王妃にとっては楽だった。


本の続きを読もうと王妃がしたときに、扉を叩く音がした。だが、鍵がかかっていて内側からは開けられない。

 

するとこちらが返事をしないままに扉が開かれた。


監視の者が入浴を許すから出るように命じてきた。先に王妃が来るように言われると王妃は喜んだ。


身体を清潔に保っておけるに越したことはないし、王との沈黙から逃れられるからだ。


連れて行かれた浴室は小さく質素なものだったが、少なくとも手入れはされていて、不潔でじめじめとしたものではなかった。


此処で王妃は自分の侍女とやっと再会することが出来た。着替えや入浴を手伝ってもらいながら王妃は侍女に幾つか質問をした。


そして彼女らが少なくとも乱暴な扱いは受けていないということを聞くと王妃は大層喜んだ。


しかし、もう一つの質問の答えを聞くと王妃は悲しげに目を伏せた。彼女達はまもなく此処から出されるらしい。


その前に王妃の身の回りのことを最後まで手伝いたいと申し出たのであった。


そんな彼女たちは女官に罪はないから釈放が決定されたのだという。


王妃は彼女達の釈放に安堵する半面、自分の慣れ親しんだ臣下に別れを告げなければならないことは辛いことであった。


王妃は入浴が終わって部屋に帰ると、椅子に座って本の続きを読んだ。王は入れ替わりで出て行った。


小一時間ほどした後に王が帰ってきた。彼は部屋に戻ってくるや否やベッドに入った。王妃は戸惑った。彼女はまだ眠くはなかったので、本を読んでいたかった。


しかし、王が疲れていて、もう寝たいというのであればランプの灯は消さなければならない。


「あの」

「灯りを消せ」


王妃が何か言いかけたのを無視して王は命令した。王妃は黙って従い、仕方ないので自身もベッドに入った。王の方は暗い部屋で考え込んでいた。


あまりに不可解なことが多すぎる。


まず、どうしてここに連れてこられた中にロッド夫妻やソレイユ夫人、そして近衛隊長がいるのか。


軟禁状態に置きたいならば、自分と王妃だけを此処に連れてくる方が好都合だろう。その方が陰謀を企てられる心配も少なく良いではないか。監視だって楽だ。


いや、監視もおかしい。

夜に眠るときは監視がつかない。

ペンと紙は没収されていたが、ここにある本を利用して手紙をつくり、翌日にセリルや近衛隊長と他愛無い話をしているふりをしている間に隙を見てポケットに伝言を偲ばせることもできるではないか。


それくらい考えがつくだろう。


彼は小さく唸り声を上げた。一体、何を考えているのだろう?


自分と王妃の緩衝材としてロッドやソレイユ夫人を置いたのか?それとも単に、王家の者を邪険にする勇気がない為に、一定の自由とそれなりの待遇を与えているのだろうか?


王家の歴史をあんなにもあっさりと葬ったくせにまだ畏敬の念は消えていないとでも?しかも奴らは自分が一番失いたくなかったものと容赦なく引き離した……王は身体を起こし、顔を手で覆った。

 

愛するウィステリアは、無事なのか。王は何度も監視兵たちに安否を聞いた。


彼等は口をそろえて、彼女は実家に戻していて、無事だと言ったが信用ならなかった。王は何度となく彼女の愛称であるステリー、という言葉を一人で小さく繰り返し口にしていた。


ステリーに会いたくて仕方なかった。ステリーの前では自分が背負った義務を全て忘れて一人の男として振る舞うことができた。


それなのに、自分が最も必要としているものを奪われるなんて!そう考えると、いつの間にか眠り込んで横で寝息を立てている王妃にいら立ちが募った。


自分が横にいてほしいのはお前じゃない。王はそう思い唇を強く噛んだ。


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