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王家の崩壊  作者: 千歳
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はじまり

誰が一体この壮麗なる城が、このような荒れ果てた無残な姿に変わると予測したであろうか。


色とりどりの絵画で彩られた壁は刃物によって傷つけられ、優しい微笑みを湛えていた先代王妃の像は暴徒によって蹴り倒された。


鏡台や置時計、寝台にはめ込まれていた宝石は抉り取られた。


それを見て城の主である王は精いっぱいの威厳を持って、やめろと声を響かせたが止めるものは誰もいなかった。


やがて王妃の指輪や髪飾りにも手を伸ばすものが出て、王妃は小さく悲鳴を上げ、近衛隊長がその手を退けさせた。彼は王妃を庇いながら叫んだ。

 

「国王陛下!」


しかし王君が咄嗟に抱き寄せたのは王妃でなく横にいた愛妾であった。近衛隊長は呆れて言った。

 

「なんて馬鹿なんだ!この後に及んで!」

 

この近衛隊長の悪態に、暴徒たちも暫しの間略奪の手を止め、顔を見合わせた。彼の怒りは収まらないらしく、王に向かって声を張り上げた。


「いい加減になされたらどうか!あなたが普段愛妾を侍らすことは国に認められた権利です。でも、王妃を守る義務も貴方にはあるのですよ!」


王は近衛隊長の気迫に押されたのか、ちらと王妃の方を見た。王妃は王の方を向いてはおらず、ただ俯いて下唇を噛んでいた。


王君は意を決したようにそろそろと王妃に近づいてみせた。しかし王妃は相変わらず、王の方を見ようとはしない。そのまま小さく呟いた。


「惨いこと……」

 


王と使用人が二人、武器の一切を奪われた近衛隊長が馬車に乗せられた。王妃と王妃の小間使いは別の馬車に乗せられた。王と近衛隊長は道中一言も言葉を交わさなかった。王妃は蒼白な顔で黙って窓から景色を眺めていた。


それから三時間もの間、一行は馬車の中に閉じ込められた。そしてこの革命軍の重要な戦利品は、山の中腹にある屋敷へと運ばれた。


ここは、さる侯爵が「世間から隠れる為に」建てた屋敷であった。

 

中に入ると王の兄嫁であるソレイユ夫人、王妃の兄であるセリル・ロッド、そしてその妻が三人を出迎えた。


王妃はよく見知った三人がいたからか、少しばかり安堵した表情を見せたが、すぐに暗い表情になった。


彼等もまた囚われの身となったのである。兄の妻が王妃に近づき、優しく彼女を抱きしめようとした。


しかし彼女は一目散に兄の方へ行き、縋るように手を取った。兄は王妃の髪を撫ぜた。彼女は血の繋がった家族である兄と抱擁を交わすとようやく落ち着いたらしく、顔に血の気が戻った。

 

それから王妃はソレイユ夫人の方を見た。


ソレイユ夫人は、王の兄の嫁だった。



夫を亡くしてからは、宮殿から少しばかり離れた屋敷に彼女は住んでいたのだが、そこにも暴徒の手が伸び、彼女も此処に連れてこられたのである。


彼女は背筋を伸ばして、凛とした姿で立っていたが、その顔は先ほどまでの王妃と負けず劣らず蒼白だった。


「お姉さま」


王妃が心配そうに夫人の顔を覗き込んだ。自分を守ってくれる夫のいない彼女の不安が痛いほどに王妃はわかった。


自分もまた、守ってくれる夫はいないからである。王はいてもいなくても大して王妃にとって変わりはない。


王妃は思わず夫人の手を握った。夫人は勇敢にも微笑んで見せ、王妃もぎこちなくだが彼女に笑い返した。夫人はそんな王妃の頬に手を当て囁いた。


「こんなことになってしまったけれど、私達、これまで以上に良いお友達になりましょうね」



それからしばらくして暴徒の長らしき人物がやってきて、彼等にそれぞれの部屋を指し示した。夫婦は二人で一室、ソレイユ夫人と近衛隊長にはそれぞれ一室ずつ与えられた。



王妃は正直ソレイユ夫人か兄といたかった。王と二人でいても何を話せば良いのかわからないし、宮殿を追われ、愛妾と引き離された王君が自分に気分良く接する訳がない。


王妃は気が重くなった。そして、めいめいの部屋に行くように指示された際、王妃は先を行く王に、悲痛な面持ちで従った。やがて、二人が部屋に入るや否や、外から錠がかけられた。


王は扉の方を向いて舌打ちした。王妃は部屋を眺め、そう酷い部屋ではないことに彼女は安堵した。


古めかしいが品の良い、控え目な装飾の施された机と椅子が右端に置かれており、紺のビロードのカーテンがかかった天蓋付きのベッドが中央にある。ベッドの横には本棚があり、部屋の隅には洋服箪笥が置かれていた。


部屋は二人でいるには十分すぎる広さだった。王妃は嬉しげに本棚を見上げた。


王妃は読書好きであったし、また、王と二人きりの空間にあっても本を読んでいれば気を紛らわすことができる。王妃は興味深げに、ずらりと並んだ本たちの背表紙をなぞった。


「許さない」


王が不機嫌そうに声を発した。王妃はびくりとして、恐る恐る振り返った。王はじろりと王妃を睨みながら、足を組んで椅子に座っていた。

「なにが革命軍だ。宮殿をめちゃくちゃにしやがって。王家の歴史をあんな風に破壊していくなんて。ああ、お前の実家も例外じゃないかもな」

 


王妃はどきりとした。宮殿にはさして執着はないが、自分の生まれ育った屋敷には愛着がないわけがない。


しかし、王の言う通りで、セリルが此処に連れてこられたということは、実家も無事ではないということだろう。


「お兄様と、私の育った家」 


王妃は小さく口にした。今は亡き両親との、そして兄との家族の思い出が詰まった家である。



王はそのあと暫くの間押し黙っていた。高窓から朝の光が差し込んできた。夜中に襲撃され、連れてこられたのでもう明け方になっていた。


「俺は寝る。お前も寝ておけ。お互いほとんど眠れていないのだから」


王は静かに言うとベッドに入った。王妃もそれに従った。二人で眠るのは久々だった。


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