伝説の心理学実験
あなたは、ある高名な大学の心理学実験に協力することになりました。 実験のテーマは「間違えた時に罰を与えることで人間の学習効率は上がるか」というもので、参加者は二人一組でくじ引きをして先生役と生徒役とに分かれました。生徒役は別の部屋に移動し、電気イスに縛り付けられます。
あなたは先生役で、マイクとスピーカーで生徒役と会話しながら記憶についての質問を読み上げ、正解なら次の質問に移り、間違っていれば手元のボタンを押すように求められました。それによって被験者に電気ショックが与えられ、正当率にどのような影響を与えるのか測定されるのです。
あなたは、予め45ボルトのサンプル刺激を体験し、この装置が本物だということを確認しています。電気ショックはかなり痛いかもしれませんが、長期的な器官損傷の心配はなく、万が一事故が起きたとしても全ての責任は教授と大学が負うことが約束されました。
実際の実験では、生徒役が間違えるたびに電圧は15ボルトずつ上げられていき、最終的には450ボルトにもなりました。電気ショックの機械には200ボルトに「非常に強い」、375ボルトに「危険」などと表示されています。
電圧が上がるにつれて隣の部屋にいる生徒役のうめき声がスピーカーから漏れてきて、それはやがて抗議と哀願にかわり、しまいには泣きながら「やめてくれ」と叫ぶようになりました。
生徒役の苦痛を知って、あなたはどうしようか迷い教授を見ます。教授は「続けて下さい」と厳しく告げます。それでも躊躇していると「続けてもらわないと実験が成り立ちません」「続けてもらうことが絶対に必要なのです」と強く指示されます。そこでさらに迷っていると「ほかに選択肢はありません。必ず続けて下さい」と命令されます。
ここまで言われても従わなかった場合「実験」は終了となります。
--実は、あなたが被験者で、隣の部屋で泣き叫んでいた生徒役は演技だったのです。
心理学者のスタンレー・ミルグラムは、権威が与える影響を調べるためにこの伝説的な実験を企画しました。彼は最初、被験者は、電気ショックを受けた生徒役の悲鳴や哀願を受ければボタンを押すのをやめるだろうと考えていました。
しかし驚くことに、40人の被験者の内、300ボルトの段階では全員が、最大値の450ボルトでも62.5%(25人)もの被験者がボタンを押したのです。
もちろん、ほとんどの被験者は理不尽な苦痛を与えることに抵抗しました。なかにはストレスに耐えきれずひきつった笑い声を上げる者もいました。しかし、それでも最終的にはボタンを押す事をやめなかったのでした。
ミルグラムは、様々な実験を行い、私達の判断が権威によって簡単に操作されてしまうことを明らかにし、全米、全世界に震撼を与えました。この実験は、1961年に行われたもので、ヒトラーによるナチズムの凄惨極まりない行為は特別な人々によるものなのか、それとも普通の人でも行いうるものかという調査を企図して実施されたのですが、結果として、一般市民が洗脳や煽動無しに権威による圧力だけでこのような行動を取ってしまうことがわかってしまったからです。
被験者達は、新聞広告で集められた20~50代の男性で、その教育背景は小学校中退者から博士号保持者までと変化に富んでいました。何人かの被験者は途中で実験の中止を希望し、「報酬を全額返金してもいい」という意思まで表明しました。しかし、権威ある博士らしき男の強い進言によって実験を継続し、300ボルトまでは例外なく全員が、「危険」と書かれた375ボルトを遥かに超える450ボルトでも6割以上が、ボタンを押す事をやめなかったのでした。
人は、時に盲目的に行動を取るということが科学的に実証されたのでした。その盲目さは、権威によるものに限らず、悲しい歴史を刻んできました。
あなたはご存知でしょうか。南アフリカ、ボツァラノの豹の話を。