二つ目の予定
愁は大声で怒鳴ったせいで疲れたらしく、奥の部屋で休ませておいた。今回だけは特別、部屋へ入る許可が出た。まぁ、コンビ二内で休憩できる場所はないし、愁が帰るとなったら神藤も帰ってしまうらしく、そうなったら俺が困るわけだから、俺が無理言って店長に許可を出してもらったんだけど。
「なんかごめんな、神藤。わざわざ来てもらったのに空気が悪くなっちゃって……」
「何で謝る。別に宮野は悪くないだろ」
神藤は片方の耳にイヤホンをしながら言う。
神藤はいつも音楽を聴いているらしい。今日授業中に神藤を見たが、ずっとイヤホンをしていたし、コンビニへ来るときもずっとしていた。
「だって俺、二人を止められなかった」
「そんなの俺だってそう」
神藤はただ淡々と言葉を吐いていく。
「それにあの二人が仲良くなるのは、多分無理だな」
「そ、そんなこと……」
「宮野はまだ、二人が仲良くなれるって思ってるのか?」
神藤の言葉一つ一つが、俺の心に突き刺さっていく。まるで、全てが見透かされているようだった。
「“あれ”を目の前にしてもまだ信じていられるなんて、宮野はお人好しだな。大体、愁と天海さんは前から合わないだろうなって思ってたんだ」
「な、何で?」
「だって、天海さんのことはよく分からないけど、愁は天海さんのこと嫌ってるみたいだったし」
「う、うーん……そうかもしれないけど……」
「だから、俺はちょっと安心した。天海さんって結構人気あるからさ」
「え?安心ってどういう……」
その時だった。奥の部屋から愁が元気を取り戻して、勢いよく出てきたのだ。
「待たせたな宮野!俺はもう完全復活したぜ!」
愁はとても分かりやすいドヤ顔をする。確かに、完全に復活したみたいだな。
それに、何だか嬉しそうだ。
「ところで、宮野は何時までバイトだったんだ?」
「あ、えーと、七時だ。あと一時間くらいだな」
俺がそう言うと、愁は満面の笑みになった。
「おおー!そうか!じゃあ、あと一時間も遊べるんだな!」
「……え?どういうことだ?」
「ふっふっふ。実はな、さっき店長さんから言われたんだよ。“友達がたくさん来ているみたいだし、今日はもう終わって友達と遊んだ方が宮野くんにとってはいいだろう”って!」
そう言い、愁はにっこりと笑った。
……なるほど、つまり仕事の邪魔だからさっさと帰れってことだな。うん、確かに今日はうるさ過ぎたと思う。すみません、店長。
「はぁ……じゃあもう帰るか。愁は何処か行きたい場所でもあるのか?」
「うーん……どこでもいいけど……。不良友達と遊ぶから一時間しか無理なんだよな?」
「ああ……約束してるしな」
愁は腕を組んでしばらく考えていると、はっと顔を上げた。
「俺の家はどうだ?親も仕事でいないし、俺、宮野にいっぱい聞きたいことあるし!」
「別にいいけど……神藤もそれでいいか?」
「ああ」
そう言いながら、神藤は両耳にイヤホンをした。
それにしても、一体いつも何の曲を聴いているんだろう。ちょっと気になるな。
「じゃあ決まりな!俺の家はここから結構近いからすぐ着くと思うぜ」
そう言うと、愁はコンビニの出入り口に向かって歩き出した。俺と神藤も歩き出すと、俺達はコンビニから出たところで木の陰に人影が見えて、驚いて足を止めた。
「私を除け者にしようったって、そうはいかないんだからね……」
天海だった。
髪の毛が乱れていて木の陰にいるせいで、ホラーみたいになっている。てっきりもう家に帰ってしまったんだと思っていた。
「天海さん……。邪魔をするなら、大人しく“自分の家”に帰ってくれないかな」
「ふふ……何を言ってるのかなぁ?愁くんは。邪魔なのはそっちの方じゃない。勝手に私のまーくんを自分の家に誘っちゃってさ……」
「それの何が悪い?友達を自分の家に呼ぶのなんて当たり前のことじゃないか」
やばい。また喧嘩が始まってしまいそうだ。そんなことになってしまう前に、早く二人を止めないと……。
そう思い、二人の前に出ようとした瞬間、隣にいた神藤が前に出て、愁の目の前に立った。
「……蓮……?」
「天海さんと仲良くしろとは言わない。でも、喧嘩をするのは周りに迷惑がかかる。そんなことくらい、愁だってよく分かってるだろ」
「わ、分かってるよ……!で、でも天海さんが……」
「天海さんが全て悪い訳じゃないだろ。天海さんも一緒に愁の家へ連れて行ってあげればいいだけの話じゃないか」
「そ、それは……」
「そーそー、蓮くんの言うとおりだよ。まぁ、本当は愁くんの家なんかじゃなくて、“私達の家”に行きたいんだけどね」
突然天海が会話に入ってきて、そんなことを言った。何でそう、喧嘩になりそうなことを一々言うかなぁ……。
「……はぁ。いいよもう。天海さんも来たいなら来れば?」
とうとう、愁が折れてくれたみたいだ。やっぱり、友達の力は偉大だなぁ。
「行きたい訳じゃないけど、まーくんが行くんだったら行く。まーくんに何かあったら嫌だし」
「天海さんは俺をなんだと思ってるの?」
愁は呆れて、ため息を吐いた。
「うーん、私とまーくんの間を邪魔する害虫……かな?」
天海は可愛らしく首を傾けてみせた。言っていることは何も可愛くないけど。
「が、害虫って……俺がいつ害を与えたんだよ」
「まーくんに近づいた時点で害虫だよ。まーくんに友達なんて必要なかったのに。愁くんさえいなかったら、私はまーくんを独り占めできたのに」
「……そういう宮野を縛り付けるようなことを言うから、嫌なんだよ。この前までは宮野と話したこともなかったくせにさ」
「もう、五月蝿いなぁ!行くなら早くしてよ。時間の無駄じゃない」
「……分かってるよ」
愁はしぶしぶ歩き出した。神藤は愁の隣を歩いて行く。天海は木の陰からぴょこっと出てきて、俺の隣に来た。そして、さりげなく腕を組んできた。
「大丈夫だよ、まーくん。ずっとまーくんの隣にいてあげるからね。絶対に腕から離れないから」
そう言って、天海は目を細めて笑った。不覚にも可愛いと思ってしまった。
普通にしてたら可愛いのに。こういう子、なんて言うんだっけ。……ああ、そうそう。ヤンデレ?
ヤンデレの彼女が出来ましたーってことか?冗談じゃないぞ。俺は平穏な日々を送りたいんだ。ヤンデレの彼女なんかに振り回されるなんてこと、俺は嫌だからな。
「ふふ、まーくん何考えてるの?もしかして、私との結婚のこと?もー早いよぉ。別にいいけどぉ……」
天海が勝手に妄想して、勝手に照れている。
いや、まず俺付き合うとか言ってないからな。一応まだ付き合ってないからな!(大事なことなので二回言いました。)
「あ、天海……。もう少し離れて歩いてくれないか。歩きづらいんだけど……」
「えー、嫌だよぉ。まーくんと離れたくないー」
「え、えぇー……。そんなこと言われても……」
そう言ったところで、俺は愁の視線に気が付いた。何か言いたそうに、こちらをちらちら見ながら歩いている。だからと言って、何か言ってくることはなかった。
少し経って、俺達は愁の家に着いた。
「俺の部屋で話そう。リビングには兄ちゃ……俺の兄がいるから」
そう言うと、愁は階段を上がっていった。
ほう、愁には兄がいるのか。愁がイケメンだし、きっとお兄さんの方も美形なんだろうなぁ。
そんなことを思いながら、俺達は二階の愁の部屋へと入っていった。