コンビニ
俺達がコンビニへ着くと、そこには、俺が一番会いたくなかった人が待ち伏せていた。
そう、俺のバイトの先輩である。
「あっれ~?宮野くん、そんなに可愛い子を連れてどうしたの~?」
その人はいつも通りのウザイ口調で話しかけてきた。
この人は、赤いメガネとポニーテールがトレードマークの女の先輩だ。スタイルも顔も悪くないのに、性格で全てが台無しにされてしまっている、残念な人である。
「いや、バイトに来ただけですから。っていうか、他にもちゃんと男友達がいるじゃないですか」
「あっ、ホントだー!お姉さん気付かなかったよー。ゴメンねー?」
イラッ。
……おっといけない。この人はウザイのがデフォだったんだ。こうゆうのには慣れていかないと、この先やっていけるわけがない。俺は今このコンビニでしか働ける場所がないんだし、先輩には出来るだけ優しくしておかないと。
「……あの、俺着替えてくるんでもう行きますね」
「ちょっともう~!何この子超可愛い!彼女?宮野くんの彼女なの?」
さっそく天海に話しかけている。
そしてさっそく無視か。そしてそんなことを聞くんじゃない。
「はい!私、宮野くんの彼女の天海美岬と言います。よろしくお願いします」
天海は頭を深々と下げた。
さすがお嬢様だな。お辞儀がすごく綺麗だ。まるで何かの劇でも見ているかのように思える。
……いや、それよりも天海は簡単に俺の彼女だと言い過ぎだ。前にも言ったが、俺は天海に告白された覚えもなければ返事をした記憶もない。それなのにいつから付き合っていることになったんだ。
「ん?天海……って、お金持ちのところじゃない!?」
「あ、はい。そうです。ほぼ全て父だけの力ですけどね」
「え~!すごい!じゃあ美岬ちゃんお嬢様なんだ!」
「あはは、別にそんなすごくないですよ」
天海はそう言って苦笑いをする。
やっぱり、天海でもこの人は苦手なのかもしれない。俺は第一印象からもうアウトだったけどな。「あ、この人無理だ。苦手な部類だ」と一瞬で悟ったからな。
……はぁー、早く着替えてこよ。それで、早く神藤と話そう。もしかしたら気が合うかもしれない可能性もあるんだし。あー、この人さえいなければ、ここのバイトは楽しいんだけどなぁー。明日はあの子もいるんだしー。
そんなことを考えながら、俺は着替えに行った。
「ちょっとちょっと宮野くーん?彼女がいるなんて聞いてないんだけどー?しかも超可愛いし!友達が少ないことで有名な宮野くんに彼女が出来るとは!もー、羨ましーなー!」
「……あの、東さん。すみませんが少し黙っててもらえますか?」
着替え終わって外に出ようとしたところで、俺は東さんに止められてしまった。
本当にこの人は面倒くさい。
「えーっ、もーう。あたし宮野くんは仁田ちゃんのことが好きなんだとずっと思ってたのにー。違ったの?」
「!そ、それは……」
水曜日と金曜日にここのバイトに来る仁田さん。フルネームは仁田和泉。俺が少し気になっていた子だ。ちなみに、俺と同じクラスでもある。
「仁田ちゃんって可愛いよねぇ~。あのほんわかした雰囲気がもうすっごく良いよね。たまんないよね」
「はぁ……そうですか。東さんはその女の子好きをどうにかした方がいいですよ」
「女の子じゃないわよ!女子高生が好きなの!それ以外は認めないのよ!」
それ余計に気持ち悪いんですけど。おっさんですかあなたは。
心の中で静かに突っ込んでおく。そして決して口には出さない。だって相手は大人なんだし。
「あの……そろそろ通してくれませんか。俺仕事しなきゃいけないんで」
「もーっ。宮野くんは相変わらず冷たいわねー。そして真面目ねー」
そう言いながら、東さんは俺の横を通り過ぎていき、部屋の奥へと入っていった。
「まーくん、遅い!着替えるだけで何分かかってるの!」
戻ってきた途端、俺は天海に怒られてしまった。
これは理不尽過ぎるんじゃないか。俺は東さんに止められてしまっただけで、ゆっくり着替えていたわけでも、遊んでいたわけでもない。俺には怒られる理由が全くない。
というか、俺は友達がいる前でちゃんと仕事を出来るんだろうか。気が散って集中できないような気がする。
「……お前らここにいるのは良いけど、俺の邪魔すんじゃねぇぞ」
「もーっ!分かってるよそんなこと!まーくんは心配性だねー」
「そうだぞ!宮野には俺達が邪魔するような奴に見えるのか?見えねーだろ!」
いや、それは断言できないだろ。むしろ、愁はしそうな気しかしない。天海も場合によってはする気がする……。神藤はしなさそうだけど。あ、これもしかして差別?
そんなことを考えていると、さっそく一人目の客が入ってきた。
「あっ、いらっしゃいませー」
入ってきたのは二十代くらいの男性。
黒髪の短髪で背が高く、つり目が特徴的な人だった。実はこの人は、ここのコンビニの常連客。そのため、きっと俺の顔は覚えられているのだろう。俺がここのバイトで最初に接客したのもこの人だったし。
男性が入ってきた途端、天海と愁と神藤はすぐにコンビに内のあちらこちらに散らばった。本当に邪魔はしないようだ。良かった。
男性はオレンジジュースとメロンパンを持ってレジに来た。この男性は毎回同じものを買っていく。店長に教えてもらったのだが、この人はなかなかの甘党らしく、コーヒーなどは絶対に買わないらしい。見た目とは裏腹に、意外と子供っぽいんだな、と思った。
「オレンジジュースが一点、メロンパンが一点、計二点で320円です」
慣れた手つきでレジを打っていくと、男性は小さな声で一言呟いた。
「……上手くなったよなぁ、お前」
「え?」
一瞬、この人が何を言っているのか分からなかった。何かマズいことでもしてしまったかとさえ思った。
けれど、全くそういうことではなかった。
「レジ。……初めの頃と比べたら、お前随分と速くなったっていってんだよ」
言い方はかなり無愛想だが、俺を褒めてくれているようだ。まさかレジの打つ速さまでいつも見ていたとは思わなかった。
「えっ、と……あ、ありがとうございます……」
「あとはその無表情をどうにかすることだな」
そう言って320円を置くと、オレンジジュースとメロンパンの入った袋を持って、男性はそのまま出て行ってしまった。
「……」
男性を見送りながら、俺は心の中で“お前にだけは言われたくねぇ!”と突っ込んでおいた。あの人が笑ったところなど俺は見たことがない。確かに俺も笑うことは少ないと思うけど。
「……普通にいい人だったね」
天海は俺の側に来て、出入り口の方を眺めながらそう言った。
「見た目は怖そうな人だったけど。やっぱり人は見た目だけじゃないよねっ!」
そう言って天海は笑顔で俺の方を見る。
え、何。それ俺のこと言ってんの?見た目が怖いって言いたいの?確かに俺もつり目かもしれないけど、あの人ほどじゃないと思うぞ。
「それにしても、あの男の人の言うことには同感だなぁ。やっぱり宮野はもっと笑った方が良いと思う!いや、いつもは無愛想で、たまに笑顔になるっていうのも良いんだけどな。……いや、むしろそっちの方が萌えるかもしれない……」
愁が何か気持ち悪いことを呟いている気がする。……が、聞かなかったことにしておこう。
「まーくん!愁くんのことなんて気にしなくて良いよ。それよりもほら、今はお客さんいないんだし、私とお話ししようよぉ」
天海はわざと上目遣いをする。それ、誘ってるつもりなのか?
でも、天海には悪いけど、俺は今は神藤と話したい気分なんだよな。天海とはいつでも家で話せるし、今日は神藤と話させてくれないかなぁ。
「天海、俺は今神藤と……」
「させないよ?」
天海の目の色が変わる。
俺はその目に背筋が凍った。人の目を見ただけで恐怖を感じるなんてこと、生まれてからまだこれで二度目だ。一度目とは違う意味で怖い。言葉で言い表せないような恐ろしさがあった。
「愁くんじゃなかったらいいとでも思った?蓮くんと話すくらいなら許されるとでも思ったの?あははっ!まーくんは馬鹿だなぁ。そんなわけないでしょ?私がいつ友達を作っていいって言ったの?いつ私以外の人と話していいって言ったの?――――言ってないよね?私は友達は作っちゃダメって……言ったはずだよね?」
外で揺れている木々の音が聞こえたような気がした。ザアァっと、風に揺られている木々の音が。
俺は思わず息を呑んだ。
「そりゃあね、もともと友達だった人達はしょうがないよ。私も仕方なく許してあげる。でもね、舞原高校の友達は一人も居なかったでしょ?愁くんとも、今日初めて話したよね?……何で?何で約束を破ったの?私、言ったじゃない。友達は作らないでって……ねぇ、まーくん……」
天海が俺の袖を強く掴む。そして、俺と顔の距離を縮めようとした。
……けれど、距離は縮められずに、袖を掴んでいたその手もすぐに離れてしまった。
「おい、さっきから何訳の分からないことを言ってんだ。彼氏になったからって、自分の思うようにしていいとか、思ってんじゃねぇだろうな?」
そう言い、愁は天海を睨みつけた。
愁が天海の腕を掴み、俺から勢いよく離したのだった。
今回ばかりは、愁がいてくれて助かった。いなかったらどうなっていたことか。考えただけでゾッとする。
「何、愁くんが首を突っ込まないでくれる?」
天海がいつもよりも低い声で言う。
けれど、愁は全く動じず、天海の腕を掴んだまま言った。
「悪いけど、友達が困ってるのに見て見ぬ振りができるような奴じゃないんでね。天海さんもさ、宮野に好きになってもらいたいんなら、もっとそういう努力をすれば?」
「五月蝿い。まーくんは私の彼氏なの。友達なんかよりももっとずっとランクは上なの。それに、私とまーくんは一緒に住んでるんだよ?愁くんが割って入れるような場所はどこにもないんだよ。分かってるの?」
天海は思いっきり愁を睨んだ。言い方も、だんだんと苛ついているのが分かるようになってきた。そろそろ怒りがピークに達しそうだ。
それに負けじと、愁も声の音量を上げる。
「分かってないのはそっちだろ。さっきから宮野を縛り付けるようなことばっかり言いやがって。結局は自分のことしか考えてないんだろ!だからそんなことばっかり言えるんだ!」
愁は天海の腕を掴んでいる手にさらに力を入れた。
「なっ、分かってないのはそっちじゃない!何も知らないくせに勝手なことばかり言わないでよ!……っていうか、痛い!早く離して!腕に手の跡が付いたらどうするつもりなの!?」
「離して欲しかったら、宮野を縛るようなことを言うんじゃねぇよ!友達を作るなだって?っざけんな!んなことが許されるとでも思ってんのかよ!」
天海も愁も、最大限に声を張り上げている。もう周りのことが見えていない。幸い、まだ客は誰もいないが、これから誰か来る可能性もある。もし来てしまった場合、……考えただけで嫌になる。
俺なんかがこの二人を止められるのか分からないが、このまま眺めている訳にもいかない。
俺は勇気を振り絞って二人に声を掛けようとした。
「あ、あのさ……」
「はいはーい。見苦しい言い争いはそこまでにしてねー。ここ一応お店だからねー」
俺が声を掛ける前に二人を止めたのは、まさかの東さんだった。
東さんは、二人の肩にぽん、と手を置いた。
「これ以上続けるんだったら――――警察に突き出してもいいんだよ。どうする?」
東さんの言葉に、二人は黙った。
けれど、少しの沈黙の後、天海が口を開いた。
「……もういいっ!どうせ私は家でまーくんといっぱい話すもん。愁くんなんかよりいっぱい喋るんだもん。……だからいい加減離してよ、腕」
そう言われ、愁は静かに手を離した。手を離してみると、天海の腕にはくっきりと愁の手の跡が残っていた。
天海は自分の腕を眺めながら、
「あーあ、ほら。やっぱり跡が残ってる。痛かったんだからね、すっごく」
と言い、天海は愁を睨んだ後、そのままコンビニを出て行ってしまった。
「……はぁ、全くもう。何事かと思ったわよ。いきなり大声が聞こえてくるんだもの。もう少し場所を考えて喧嘩してほしかったわね」
「喧嘩じゃないです」
愁は東さんの言葉を遮るようにそう言った。
東さんは愁の方を見る。
「喧嘩は、仲直りが出来る程度のものでしょう。今回の言い合いに、仲直りなんて存在しないんですよ。言い合いを聞いていたら、分かると思いますけど」
「……そうかしら。まぁ、あなた達がそれでいいならあたしは別に構わないんだけどね。あなた達二人の問題だし。……でも」
東さんは一息開けて続けた。
「本当にそれでいいの?」
東さんは愁の目を真っ直ぐ見つめる。そして、愁は東さんから目を逸らした。
「……俺は別に」
「天海ちゃんはそういう子じゃない。……と思うわ。きっと、仲直りができるのなら、したいと思っているでしょうね。あなたはどうなの?」
「どうって……」
「……まぁ、いいのよ別に。そのままでも。あたしはあなたに興味は無いし、天海ちゃんさえ良ければそれでいいんだから」
それだけ言うと、東さんはまた部屋の奥へと戻っていった。
「……訳分かんねぇ」
そうポツリと呟くと、愁はため息を吐いた。