友達
次の日。
俺達は一緒に学校へ行くことになった。まぁ、当たり前だろうけど。
「まーくんと一緒に学校へ行けるなんて、私すっごく嬉しい!これからは学校へ行くのが楽しみになるよ~」
「そうか。それは良かった」
「まーくん友達いないし、ずっと私が独り占めできるね!」
「……そうだな。どうせ俺に不良以外の友達なんて」
「だから友達なんてつくっちゃダメだよ!」
「話聞けよ!」
っていうか、天海が心配しなくても俺に友達なんて出来るわけないだろ。その証に高校一年の時から学校の人と誰とも喋ってないんだからさ。……何か自分で言ってて悲しくなってきたな。こんな事を考えるのは止めよう。心が沈むだけだ。
自分にそう言い聞かせ、俺は学校へと向かった。
―――――――――――――――――――――――
「おはようー」
天海は教室に入って、クラスのみんなにあいさつをした。いつもしてたのかな。
「おはよう美岬……え」
天海におはようと言った女子は、俺を見て数秒間固まってしまった。他のクラスメイトの奴らも、俺を見て目を丸くしている。
まぁそりゃ驚くだろうな。お金持ちのお嬢様がある日突然俺みたいな不良と一緒に教室に入ってきたら誰だってそうなる。それに天海って普通に可愛いし。多分モテるんだろうな。
「どうしたのみんな?あ、まーくん……じゃなくて、宮野くんとはいろいろあって、これからは宮野くんの家で一緒に住むことになったんだ!」
天海のその言葉を聞いて、教室は一気にざわめきだした。
「え、何、どういうこと?」「天海さんと宮野が一緒に住むんでしょ」「それ美岬ちゃん大丈夫なの?危なくない?」「っていうか、いろいろって何?」「天海さんかわいそう……」「一緒に住むってことはさ、二人は付き合ってるの?」「いやいや、それはさすがにないだろ……」「でも付き合ってもないのに一緒に住むっておかしくない?」「じゃあ、マジで付き合ってるってこと?」「えー、うそー」
……何か変な方向へ話が進んでないか?俺と天海が付き合ってるわけないだろ。天海ももう少し言い方を考えてほしかったな。いろいろあったって、どんな意味にも捉えられちゃうし。
「ねぇ、天海さん。本当に宮野と付き合ってるの?」
本当にって何だよ。あと、こんなとこで聞くなよ。
「えーっ!何言ってるのー?」
おお、そうだ天海。言ってやれ。
「付き合ってるに決まってるじゃなーい!」
……え?
「えっ!つ、付き合ってるの!?」
「当たり前でしょー?一緒に住んでるんだからー」
俺はそこで黙っているのが我慢できなくなった。
「ちょっ、ちょっと天海!」
「ん?なぁにまーくん」
「いやいや、何じゃねぇよ!俺は付き合ってるなんて聞いてないぞ!」
「うん。でも、この際だからもう付き合っちゃおうと思って」
「この際って何だよ!」
「えへへ」
「誤魔化すんじゃねぇ!」
つい家と同じように怒鳴ってしまった。気がついたときにはもう、みんな俺の方を見てこそこそと話していた。
「うわ、こっわー」「本当に天海さんと一緒に住むの?」「天海さんかわいそう……」「だって宮野ってあれでしょ、他校の不良生徒と喧嘩したことあるんでしょ?」「そんな奴と天海さんが付き合えるわけないじゃん。嘘なんじゃないの?」「何で美岬ちゃんが嘘なんか吐く必要があるの?」「どうせあれだろ、宮野に脅されたんだろ」「まじかよ……天海影で泣いてんじゃねぇの?」「天海さん、暴力とかされてないかなぁ」
うわああぁ……。さらに話が変な方向へ行っちゃってるじゃん。みんなは多分、天海が俺のストーカーだったってこと知らないんだな。しかもあれだぞ、そろそろ天海じゃなくて俺が泣くぞ。本当に。もうその辺でこそこそ話やめてくれ、聞こえてる。
「もう、怒らないでよまーくん。そろそろ自分の席行こう?」
「はぁ……そうだな」
どうせ天海以外とは話さないし、周りは気にしないようにすればいいだけだよな。……くそ、前より面倒くさいことになったな。
俺はとりあえず、自分の席に座った。
俺の席は一番後ろで、廊下から二番目の列。天海の席は窓側から一番目の一番前の所。すごく遠い位置にある。
これからはいつもと同じように過ごそう。俺はそう心に誓っ――――。
「おはよう、宮野」
突然前の席の奴が話しかけてきた。いや、ただのあいさつだよな。うんそうだよ、ただのあいさつだよ。気にするようなことじゃない。
「おーい、聞こえてないのかー?おーはーよーうー」
……これは、あいさつを返さないといけない感じか。でもまぁ、あいさつくらいなら……。
そう思って、俺は前の席の奴を見ずに、斜め下を向きながらあいさつを返した。
「おはよう」
俺は前の奴の方をちらりと見た。何だかすごく驚いているようだった。よく分からないけど。
「……おお、あいさつしてくれた……。何かあれだな、言うこと聞いてくれなかったペットが初めて言うこと聞いてくれたときの感じがする」
何言ってんだこいつ。わけ分かんねぇこと言ってるくせに、イケメンなのがすげぇむかつく。早く前向いてくれ。頼むから。
「宮野さ、クラスの奴の名前全員知らないだろ?」
「!……だったら何なんだよ」
「いやー?別にー?確かめただけだよ?」
「はぁ?」
「俺は七瀬愁。これからよろしくな」
そう言うと、愁は俺に笑いかけた。
俺に話しかけるなんて変な奴だなぁ。しかもクラスメイト達からの俺の印象、今日最悪だったはずなのに。こいつは何とも思ってなかったのか?あとイケメンなのが本当にむかつく。
「俺、宮野とずっと話してみたいなぁって思ってたんだよ。でも、何かタイミングが掴めなくてさ。結局三年になっちまったってわけ。まぁでも、卒業する前に話せて良かったな~って思ったよ」
「え?何で?」
「何でって……そりゃあ、話したかった人と話せたら誰だって嬉しいだろ?」
「いや、そうじゃなくて……」
どうして俺なんかと話したいって思ったんだよ?
そう言おうとして、俺は言葉が詰まった。すると、愁は俺の言葉を待たずに口を開いた。
「まぁ、あれだ。俺は宮野と友達になれて嬉しいよ」
「えっ?と、友達……?」
「うん。友達だろ?俺達」
「な、何でそうなるんだよ?まだ少ししか話してないのに……」
「喋った量なんて関係ねぇだろ?相手のことを友達だと思ったら、それはもう友達なんだよ」
「だ、だからって何で俺と友達になろうと思うんだ?」
「だってお前、すごく友達欲しそうにしてたじゃん」
「なっ……」
何で気付いてるんだよ!?
そう言いそうになって、俺はすんでのところで言葉を飲み込んだ。
「……な、何言ってんだよ?俺は友達なんて……」
「いらないって言いたいのか?でもお前、無理に自分から人を遠ざけてるだけだろ。何でか知らないけどさ」
「……そっ、それってさ、他の奴にもばれたりしてる?」
「ん?ああ、大丈夫。俺だけだと思うよ。っていうか、マジで友達欲しかったんだ?」
「ま、まぁ……。誰だって友達は欲しいだろ……」
「へぇー、そっか。つまり、俺は宮野の友達第一号ってことか!」
「は?何言ってんだよ。不良友達なら俺にもいるよ」
「じゃあ、普通の友達で!」
「それは……天海じゃないか?」
「あああ!そうだった!俺が一番になりたかったのにぃ!」
いやいや、何でだよ。一番とか別に関係ねぇだろ。変な奴だな。……そういえば、さっきからずっと感じてたけど、何か殺気のようなものを感じるような……。
そう思ってふと天海の方を横目で見てみると、天海から殺気のようなものが出ていた。うわぁ、マジで殺されそうなんだけど。天海怖えぇ……。
「ちょ、ちょっと愁!そろそろ先生来るし前向こうぜ」
「ん?ああ、そうだな」
そう言って、愁は前を向いてくれた。
おお、良かった、分かってくれた。これで天海の殺気もおさまるだろう。
そう思って天海の方を見てみると、少し殺気がおさまっていた。でも、まだ殺気は完全におさまっていなかった。うーん、何で俺が愁と話しちゃいけないのかよく分からないなぁ。ただの男友達なのに……。
「……っていうか宮野!俺のこと愁って呼んでくれるのか!」
また愁がいきなり後ろを向いて話しかけてきた。今、分かってくれたんじゃなかったのかよ……。
「そっ、そうだけど……」
「マジか!天海さんでも名字呼びなのに!」
「それはまぁ……別に付き合ってるつもりはないし」
「え?でも一緒に住むんだろ?」
「そっ、それは……!い、いろいろあって!」
「いろいろって言われてもなぁ。付き合ったとかそういうのしか思いつかねぇし、俺」
「……た、助けたんだよ」
俺はこのまま勘違いされるのは嫌だったし、黙っておく必要もないと思って、すべて打ち明けてしまおうと思った。
「え?助けた?って、天海さんを?」
「ああ、そうだよ。天海が道路でトラックに轢かれそうになってたところを俺が助けたんだ」
「ええっ!?何それかっけぇ!宮野すげぇ!俺もその場面見たかった!」
そう言って、愁は体を俺の方に乗り出してきた。
ぎゃあああ!前向いてくれ愁!天海の殺気がまた出てくる!っていうかもう出てる!殺されるって!俺か愁か分かんねぇけどさ!
「それじゃあ、天海が惚れちまうのは仕方ねぇなぁ。俺もそんなことされたら惚れる。たとえ男でも女でも」
「でも俺、親切で助けたんじゃねぇし」
「何言ってんだ。道路に飛び出して助けたってだけでノーベル賞もんだろ。しかも天海は助かったんだぜ?宮野は天海にとってはヒーローのようなもんなんだよ」
「そんなたいしたことじゃない。俺はただ……昔のことを思い出して……」
「昔のこと?」
「……」
そこで、俺は黙ってしまった。
まだ昔のことはあまり人に言いたくない。それに、今日知ったばかりの奴だし。言えるようになったときに、改めて愁に話そうと思う。だから今はまだ、言えない。
「……いや、何でもない。気にしないでくれ」
「ふーん……。俺はそういうことは気にしねぇタイプだから別にいいけど」
「そうか……ありがとう」
俺がそう言ったとき、ちょうど先生が入ってきた。それに気がついた愁はすぐに前を向いた。
はぁ、良かった先生が来てくれて。これ以上愁と話していたら、多分帰りに天海に殺される。というか、今の状態でも十分やばい。俺はちゃんと今日、生きて帰れるのだろうか……。
そんなことを思いながら、俺は先生の話を全く聞かずに朝のホームルームを終えた。