事故とお礼
俺にとって今日は、人生の中でも特に特別な意味を持つ一日となった。
今日は四月十五日、月曜日。午後六時頃。
俺はいつもと同じように、他校の不良友達と一緒にコンビニの前で煙草を吸いながらたむろっていた。俺にとって、この時まではいつもと何も変わらない日だった。
あれが起こるまでは。
「宮野ー、一本ちょーだい」
「はぁ?自分で買えよ」
「ちぇーっ、つれねぇなぁ。一本ぐらい良いじゃねぇか」
「金がねぇんだよ。それくらい知ってるだろ」
「でーもさー」
「いいから買ってこいって―――」
その時だった。
突然一人の女性の悲鳴が上がり、その後に車のクラクションが鳴り響いた。そこから次々と人々の悲鳴が上がっていく。
「……何だ?」
左斜め前を見てみると、道路の真ん中でトラックが急ブレーキをかけて止まろうとしているところだった。そして、そのトラックの真ん前には一人の少女が立っている。
その光景を見た瞬間、俺の頭の中に一つの記憶がよぎった。
その瞬間、俺は無意識に道路へと走っていた。ある昔の記憶が蘇ってしまったからかもしれない。俺は何故かその少女を助けたいという気持ちになり、人混みをかき分け、道路へと飛び出していった。
「危ないっ!!」
誰かが叫んだ。
けれど、叫んだところで戻れるわけがない。俺は必死になって少女の方へと走り、少女を抱きしめた。そして、そのまま歩道の方へ自分の体ごと投げ出した。
体が地面へ叩きつけられる感覚がして、その後体に激痛が走った。自分が少女の下敷きになったこともあって、背骨がどこか折れてしまったかもしれない。いや、別に少女が重かったとかそういう意味で言ったんじゃないんだ。そこは勘違いしないでほしい。本当に。
いつの間にか、俺と少女の周りに大勢の人々が集まっていた。「救急車を呼べー!」と叫んでいる男性などもいる。当たり前だが、大騒ぎになっていた。
俺が少女を助けていなかったら、今頃少女は死んでしまっていただろうし、まぁ、まだましな結果になったと思う。それにしても、俺にこんな勇気があったとは思わなかった。昔の記憶が蘇ってしまったためとはいえ、つい自画自賛してしまう。
……そんなことより、痛い。めちゃくちゃ痛い。体が動かない。このまま俺はどうなるんだろう。死ぬことはないと思うんだけどな……。
そこで、俺の記憶は一旦途切れた。
―――――――――――――――――――――――
俺が再び目を覚ました場所は、やけに豪華な部屋だった。ぬいぐるみなどが置かれているあたり、女の子の部屋だろうか。もしかして、助けた子の部屋かも……。
「あっ、気がついた?良かった、心配したんだよまーくん」
突然、女の子が覗き込んできた。あの時はよく見ていなかったが、確かにあの時の少女だ。それに、すごく可愛い。少し茶色がかった長い髪もよく似合っている。
それにしても、まーくんって何だ?
「じーじから聞いたところによると、応急処置は済ませてあるらしいから、もう十分動けると思うよ」
そう言って、少女は微笑んだ。
確かに、言われてみれば体が軽い気がする。試しに少し体を動かしてみた。……お、痛くない。もうほぼ完全に怪我は治っている感じだ。応急処置、って言ってたけど、手術くらいしてくれたのではないだろうか……と思ってしまうほど楽だった。
俺はベッドから起き上がろうとした。
「ああ、まだ起き上がらないで。運良く骨はどこも折れてなかったみたいだけど、安心しちゃダメだよ。あれだけ強く地面に叩きつけられたんだもん、体のどこか一部だけでも痛めちゃってる可能性は十分にあるんだからね?」
「あ、ああ……そうだな」
「それに……私、まーくんに助けられちゃったしね。まさかあの状態で道路に飛び出してくる人がいるとは思わなかったけど」
ええ、ごもっともです。俺も正直あんなことした自分にびっくりしてます、はい。
「だからね、私……まーくんに何かお礼がしたいの」
「え……いいよ、そんなの。俺が勝手に助けただけだし」
「うん。でも、私すごく嬉しかったから。まーくんが私を助けてくれたときは、本当に嬉しかったんだよ」
「うーん、でも、本当礼とかいらないし……」
「大丈夫!私、もう考えてあるから!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「いいからいいから!」
ダメだ、この子人の話を聞かないタイプの子だ。大人しく話を聞くだけ聞いて帰ろう。お腹空いてきたし。……本当にお腹空いてきたな。
「私、一緒にまーくんの家で暮らそうと思うの!」
へー、そうなんだ。それよりお腹空いたので早く帰らせ……って、ん?
「いい?いいよね!何だか夫婦みたいだよね!キャーーーッ!」
ちょ、ちょっと、勝手に話を進めんなって。え、何、どゆこと?
「ま、まーくんって、何、俺のこと?」
「当たり前でしょ!他に誰がいるっていうのよぉーっ!もーっ、言わせないでよぉーっ!」
一人で勝手にテンションが上がってしまっているご様子。待って、俺まだOKしてないじゃん?っていうか、まーくんって何?それに一緒に暮らすって、え、急に言われても困るんだけど……。まぁ、一人暮らしなんだけどさ。
「そうと決まればさっそく準備しなくちゃだよね!まーくん一人暮らしだし何も問題ないよね!」
「えっ!?何で知って……」
「だって毎日見てたもん!それくらい知ってるよ!あ、これからは私がご飯作ってあげるね!毎週五回もコンビニでバイトしてて疲れてるでしょー?あっ、でも煙草とかピアスは止めてほしいかも……。でも、したかったら別にいいよ!私、気にしないから!」
「だ、だから、何でそんなことまで……」
「高校一年のときから高校三年の今までずっとまーくんのこと見てたんだもーん!学校の行きも帰りもずっと後ろで一緒にいたのに気付いてなかったの?もう、まーくんはダメだなぁ!」
「え!?ず、ずっと……?」
「そう!ずっと!」
もしかして、高校一緒なのか?俺、未だにクラスの奴の顔と名前全員知らないからなぁ……。って、そんなことよりこの子やばくないか!?今の話からすると、簡単に言えばこの子は俺のストーカーってことで……。え、待って。そんな子とこれから一緒に暮らすのはちょっと怖い気が……。
「……ごっ、ごめん!やっぱり一緒に暮らすのはちょっと……!」
「え?何か言った?」
「だ、だから、一緒に暮らすのは……」
「えっ、ごめんね聞こえない。そんなことより、まーくんは何か好きな物とかある?」
おおう……何か華麗にスルーされてるんだけど。一緒に暮らすのは絶対なの?俺に決定権とかないの?……うぅーん、やっぱりこの子ちょっと怖いかも。
「ちょっと、まーくん聞いてるの?好きな物は?」
「えっ、あ、ああ、ごめん……特に何も……」
「“トクニナニモ”っていう食べ物が好きなんだね?分かった!私これから毎日それを作ってあげ」
「カレーが大好物です!!」
「……そうなんだ。ちょっと残念」
何が!?残念って何!?
「よぉーっし!私これから引っ越しの準備してくるね!まーくんはそこで大人しくしてるんだよ!」
そう言うと、少女は笑顔で部屋から出て行った。
「……くそぉ……何でこんな事に……」
何はともあれ、これから俺と少女のラブコメディーが……始まるのだろうか?
よく分かりません。