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初恋

 *****愁視点*****


 屋上への階段を走って上っていた俺は、屋上の扉の前にいた人影を見て、階段の途中でゆっくりと足を止めた。


「……蓮」


「また、俺を止めにきたのか?」


 蓮は、俺を光の失った目で見下ろしている。その目を、俺は前にも見たことがあった。

 あれは、俺達がま小学生だった頃―――――。







「えっ、蓮好きな人いるの?」


 小学校五年の秋、蓮は俺に相談してきた。放課後の誰もいない教室で、俺達は話していた。


 その時の俺は、親友の初めての恋愛相談を受けてとても嬉しかった。出来る限り協力してあげたいと思った。


「だ、誰?同じクラスの子?」


「……うん。愁の、隣の席の」


「あー!ゆうちゃんね!」


 ゆうちゃんの本名は、霧島(きりしま)結羽(ゆう)という。明るく人懐こくて、少し子どもっぽい女の子。蓮は明るい子が好きなのか。ちょっと意外だと思った。


「蓮ってゆうちゃんと話したことあったっけ?」


 蓮はふるふる、と顔を横に振った。


「……でも、四月の始めにちょっとだけなら、ある」


「へー、そっかぁ。ゆうちゃんのどこが好きなの?」


「……明るいところとか、誰にでも優しいところとか」


「ふーん。そうなんだ」


 ゆうちゃんは明るいし普通に可愛いし、俺は別に反対するようなことはなかった。むしろ、二人がもし付き合うことになったら、俺はとても嬉しい。幸せになってほしいと思う。


「告白はしないの?」


「しない」


「何で?」


「霧島さん、もう他の人と付き合ってるから」


「えっ!」


 そんな話は初耳だった。ゆうちゃんはいつも女の子の友達といることが多いから、まだ付き合ってる人はいないと思っていたのに。もうすでに彼氏がいたのか。


「誰と付き合ってるの?」


「知らない。でも、この学校の人だと思う」


「えっ?何で?」


「前に、霧島さんと一緒に帰ってる人見たから。制服一緒だった」


「そうなんだ……」


 やっぱり可愛い子はモテるんだなぁと、つくづくそう思った。けれど、蓮はそんな場面を見てしまって大丈夫なのだろうか。普通、好きな人と誰かが一緒にいるところを見てしまったら、傷ついてしまうものだろう。


「だから、もう諦めた。霧島さんが幸せなら、それでいいから」


 その言葉に、俺は感動して泣きそうになってしまった。


「れ、蓮っ……!お前、本当にいい奴だな……!」


「ちょ、ちょっと……。大袈裟なんだって。愁はいっつも……」


「蓮は将来、絶対に幸せになれるよ!俺が保障する!」


「愁が保障してどうするの……」


 そうして、蓮の初恋は静かに終わりを告げたかと思った。あの日までは。





 ある日、俺と蓮は少し遅くまで遊んでいた。5時のチャイムが鳴っても、まだ公園でキャッチボールを続ける。それは、二人の親の帰りが今日は遅いからだった。俺達は二人とも、両親が大嫌いだった。


「良かったね。母さん達が帰ってくるの遅くて。いつもよりあいつらの顔を見るの少なくて済むね」


 俺は少しの嫌味を込めてそう言った。


「うん。でも、帰ってくる前には戻らないと。また殴られちゃう」


 蓮はそう言って、自分の腕を見た。

 蓮の腕や足や顔には、痛々しい痣がある。そのせいで、蓮はクラスで少しだけ浮いていた。


 何故、見えるところを傷つけるのか。せめて見えないところにしてほしい。その点に関して、俺の母さんは配慮出来ている。テストの点が下がった時、必ず母さんは俺のお腹だけを狙って蹴る。まぁ、見えないところだからと言って、痛いことに変わりはないけれど。


「帰りたくないなぁ。どうせ、帰っても部屋で勉強しなきゃいけないし」


「部屋で少しくらい遊んでもばれないんじゃない?」


「いや、監視カメラで見られてるから無理だよ。少し寝ただけでも気づかれて蹴られたし」


「そんな……寝るくらい、許してくれてもいいのにね……」


 悲しそうに、蓮は下を向いた。

 蓮は他人のことに対して、自分のことのように悲しむ。そんな優しい蓮のことが、俺は大好きだった。守ってあげたいと思った。


「……あれ?」


 突然、蓮は道路の方を向いた。


「ねぇ、あれ……霧島さん、だよね?」


 蓮の指がさしている方を見ると、確かにそこにはゆうちゃんがいた。それも、一人ではなく二人のようだ。


「どうしたんだろ……」


「制服一緒だね。彼氏かな?でも、ゆうちゃん楽しそうじゃないね」


 ゆうちゃんは一人の男の前で、怒っているような、悲しんでいるような表情をしていた。何だろう。シュラバ、というやつだろうか。


「……ちょっと、近づいてみよう」


 蓮はそう言って、少し遠回りして道路の近くの草陰に隠れる。俺も一緒に隠れた。

 すると、ゆうちゃんと男の会話がとても簡単に聞き取れた。


「え……ど、どういうこと?(あらた)くん、ゆうちゃんのこと、好きだって……」


「だーかーら!嘘だって言ったじゃん。他校の友達に彼女いるか聞かれて、つい、いるって言っちゃったんだよ。それで、今度紹介してって言われてさぁ。仕方なく少しの間だけ彼女作ろうと思って。それで、適当に霧島さんに告ったらOK貰えたから、友達に紹介したら別れるつもりで付き合ったんだ。霧島さんには悪いことしたと思ってるよ。でも、正直俺、霧島さん好きじゃないんだよね。子どもっぽいじゃん。そういう子、見ててイライラする」


「な、何で……!ゆうちゃんは、新くんのこと、本気で好きだったんだよ!?それなのにこんなの、あんまりだよ……!」


 ゆうちゃんは、ボロボロと涙を流している。その一滴一滴が地面に落ちるたび、俺の中の怒りが徐々に込み上げてきた。


「霧島さんに告った理由だって、誰とでも付き合いそうだったからだよ。実際、付き合ってくれたしね。そういう意味では感謝してるよ。ありがとう」


 新とかいう奴の前で、ゆうちゃんはひたすら泣いている。新は、そんなゆうちゃんを慰めもしないで、ゆうちゃんに背を向けた。


「じゃあ、俺はもう行くから。じゃーね、霧島さん」


 そう言うと、新は少しずつ離れていき、数分後には見えなくなった。

 後には、ゆうちゃんの嗚咽だけが聞こえていた。


「……なぁ、蓮。あいつ……」


 そう言って蓮の方を見ると、蓮の表情は怒りに満ちて、今まで見たこともない目をしていた。その目は光を失っていて、殺意しか感じられない。俺はこの時、初めて蓮に恐怖を感じた。


「れ、蓮……?」


「……殺してやる」


 蓮の口から出てきた言葉に、俺は耳を疑った。あんなに優しい蓮がこんなことを言うはずがない。何かの聞き間違いだ。そうに違いない。

 俺はそう自分に言い聞かせながらも、きっと心の中では分かっていたのだろう。早く蓮を止めなければ、きっと大変なことになる、と。


「れ、蓮!ダメだ!」


「……」


 蓮は何も言わずに俺を見る。何を言いたいのか分からなかったが、目は相変わらず光がなく、虚ろな目をしていた。きっとまだ、あの新って奴を殺そうと考えているのだろう。

 ダメだ。それだけは絶対に。あんなに優しい蓮を悪者になんかしたくない。


「ムカつくかもしれないけどさ、もし蓮があいつを殺したら、あいつよりも蓮が悪者扱いされるんだよ?ゆうちゃんにも嫌われちゃうかもしれない。そんなの、嫌でしょ?」


「……霧島さんに、嫌われる……」


 耳を凝らして聞かないと聞こえないような声で、蓮はぼそっと呟いた。殺意も少し治まっているように感じる。これで、止めてくれるだろうか。

 俺は少しだけ、期待した。


「……でも、やっぱり許せない。霧島さんを悲しませたあいつが」


 けれど、蓮の瞳に殺意が再び戻る。さっきよりも殺意が強くなっている。やばい。これは本当にやばい。このままだと、蓮は本当にあいつを殺してしまうかもしれない。


「お、落ち着いてよ、蓮。蓮が直接手を下す必要はないんだって。あんなクズ、ほっとけばいいんだよ」


「必要があるとかないとか、そういうのじゃない。僕はあいつを直接殺さないと気が済まない。……もし霧島さんに嫌われたとしても、別にいい。どうせ、僕は霧島さんに愛してもらえないから」


「そ、そんなの、分からないじゃん……!」


「分かるよ。だってさっき、霧島さんあいつのこと本気で好きだったって言ってたでしょ。霧島さんは、たとえどんなに裏切られても、好きだった人を嫌いにはなれないタイプだと思う。ただの僕の勘だけど」


「そ、それ、は……」


 言い返せなかった。俺はゆうちゃんの性格を知っていたから。確かに、ゆうちゃんは一途な子だ。簡単に好きだった人を嫌いにはなれないだろう。きっと、あの新って奴のこともまだ好きなんだと思う。

 そう思うと、蓮に言うべき言葉が見つからない。何も言えずに、無言のまま時間だけが過ぎていった。


「……あ。霧島さん帰っていったよ」


 暫くして、静寂を遮るように蓮はそう呟いた。

 ゆうちゃんは目を赤く泣き腫らしながら、とぼとぼと歩いていく。どうにかして元気づけてあげたいと思ったが、今の俺には考え付かない。何も出来ずに背中を見守ることしか出来なかった。


「帰ろう、愁。お母さんが帰ってきちゃう」


「……うん、そうだね。帰ろっか」


 帰っている間、俺達は一言も会話を交わさなかった。

 そしてその日、帰るとすでに母さんが帰ってきていて、何度も殴られたのは言うまでもない。





 次の日の昼休みのことだった。

 蓮はお弁当を全て食べ終わると、まだ食べ終わっていない俺を置いて、すぐに教室から出て行こうとした。


「蓮?どこ行くの?」


「……トイレ」


 それだけ言うと、蓮は出て行ってしまった。

 ただのトイレならすぐに帰ってくるだろうと思っていたが、五分たっても十分たっても蓮は帰ってこない。俺ももうとっくに食べ終わっているのに。……もしかして。



 ―――――妙な胸騒ぎがした。



 俺は居ても立っても居られなくなって、教室を飛び出した。念のため一番近いトイレを確認したが、誰もいなかった。

 どこに行った?きっと新を呼び出してどこかにいるはずだ。学校内であることは確かだけれど……。思い当たる場所がない。誰にも見られない場所で、学校の中だとすると……。


 ……屋上か。


 俺はすぐに屋上へと走った。屋上はいつも開いていないが、俺と蓮は屋上の開け方を知っていた。四年の時、昼休みに色々と試していたら開いたのだ。この学校も結構古いし、鍵が開きやすくなっているのだと思う。


 屋上の扉の前に来る。俺は屋上の扉に手をかけて軽く回した。……やはり、開いている。蓮は本気で新を殺そうと思っているらしい。ダメだ、そんなこと絶対に。俺が蓮を止めないと。


 屋上の扉を勢いよく開ける。すると、屋上には蓮と新がいた。新は蓮の足元でガタガタと怯えながら、蓮を見上げている。蓮は手に持っているナイフを新に向けていたが、幸い、まだ新は何もされていなかったようだ。

 蓮が俺の方を振り向く。その目は、昨日と同じで光が灯っていなかった。


「……僕を止める気なの?」


 蓮の目は殺気立っていて、まるで、今までの蓮じゃなくなってしまったように思えた。

 足がすくんで思うように動かない。親友を前にして、どうして俺はこんなにも怯えているんだろう。


「……どうしたの。あ、もしかして手伝ってくれるの?愁、霧島さんと仲良かったもんね。愁もこいつのこと恨んでるんでしょ?」


「い、いや、そうじゃ……なくて……」


 俺は口ごもり、蓮から一度目を逸らしたが、また蓮に視線を戻した。


「……やっぱりこんなこと、ダメだ。やめようよ蓮。こんなことしても、何にも……」


「なんだ、手伝ってくれないんだね。もし僕を止めたいなら、力づくで止めてね?僕は本気でこいつ殺すから」


 蓮はにこっと笑ったかと思うと、手に力を入れ、新に向かってナイフを振り上げた。


「うわああああっ!」


 新の情けない声が辺りに響く。それと同時に、俺は蓮の方へと走った。


「や、やめろ!蓮!」


 間に合うかどうか分からなかった。けれど、蓮が一瞬、ほんの一瞬だけ、動きを止めたように見えた。ただの思い違いかもしれないけれど。

 俺はナイフが新に刺さるほんの一瞬前に蓮の右腕を掴んだ。後少し遅かったら、確実に蓮は新を刺していただろう。


「……愁、こいつのこと、許せるの?」


「許せる訳ないでしょ。でも、殺すなんてこと絶対にしちゃダメだ。俺は蓮のことを悪者にしたくないんだよ」


「……愁らしいね」


 蓮は振り上げていた右腕を下ろし、俺も同時に手を離した。蓮は新に向かって静かに言う。


「早く目の前から消えてくれない?僕、お前を見るだけで殺したくなるんだよね」


 新はひぃっと小さな悲鳴を上げて、走りながら屋上から出ていった。

 後には俺と蓮だけが残る。


「……あいつ、僕に殺されそうになったことみんなに言うかな」


「さぁ。言うかもね。でも、俺はずっと蓮の親友だから。蓮のことは俺が守るよ」


「……本当に愁は恥ずかしいこと平気で言うね?まぁ……嬉しいけど」


 その時、蓮は久しぶりにちゃんと笑った気がした。その笑顔を見ると、俺も自然と笑顔になれた。

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