合流
その声が聞こえた瞬間、俺は胸が飛び上がるほどの嬉しさと安心感を感じた。
「天海!」
反射的にそう叫んでしまう。けれど、とても安心できた。まさか、天海の声を聞くだけでこんなにも心が落ち着くとは思わなかった。
「……天海さん?」
神藤の声にはっとする。やばい。機嫌を損ねてしまっただろうか。今襲われてしまっては、俺にはどうすることも出来ない。
『まーくん大丈夫?蓮くんに会ったりしてない?』
「え?いや、会ってるというか……襲われてるけど」
『え!?嘘っ、今どこ?』
「今はおく―――――」
屋上、と言おうとしたが、それよりも先に神藤に携帯を奪われてしまう。そして、俺の携帯は思い切り地面に叩きつけられ、辺りにバラバラに散らばった。
「……これで、もう天海さんと連絡は取れない。まぁ、天海さんが助けに来たところで、状況は何も変わらないと思うけど」
「なっ……」
目の前の突然の出来事に声も出なかった。普通、人の携帯をそんな簡単に壊そうとするだろうか。いや、しない。絶対にしない。
「どうした?死にたくないのか?だったら逃げてみろよ。お前が俺から逃げ切れるとは思わないけどな」
「く……くっそぉ……!」
俺は神藤を避けて走り出す。それを、神藤は何もせずに見ていた。
俺は屋上から出て、再び無我夢中で走った。
どうか、神藤に追いつかれませんように、早く天海に会えますようにと、心の中で祈りながら。
―――――――――――――――――――――――
*****天海視点*****
突然切れてしまった携帯に向かって、私は必死に叫んでいた。
「まーくん!?どうしたの?まーくん!!」
無駄だと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
私のせいでまーくんが危険な目にあっているの?私が中途半端な気持ちでまーくんと付き合っているから、こんなことになってしまったの?
ダメ、そんなこと、絶対にダメ!
どうにかしてまーくんを助けなくちゃ。まーくんには一度命を救われてるんだもの。命をかけてでもまーくんを守らなきゃ!
そう決意し、私は立ち入り禁止と書かれていた部屋を出る。すると、出た途端に誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
二人は同時に叫び、地面に倒れる。しかしその声に、私は聞き覚えがあった。
「いてて……すみません、大丈夫ですか?」
相手は、頭を手で抑えながら立ち上がって、私に手を差し伸べてきた。
けれど、そこで相手も相手が私だと分かり、驚きの声を上げた。
「あ、天海さん!?何でここに?」
「しゅ、愁くんこそ、どうして……」
私は最悪だと思った。まさかこのタイミングで、苦手な愁くんに出会ってしまうとは。今はこんなことをしている場合ではないのに。
「わ、私、急いでるから!」
「何かあったのか?」
急いで立ち上がり、走り出そうとした私を遮るように、愁くんはそう言った。
「俺、蓮のこと探してるんだ。どこにいるか知らない?」
「私はまーくんを探してるの!蓮くんもだけどっ……」
そこで、私は気が付いた。愁くんは、蓮くんの幼馴染だったはずだ。それなら、今の蓮くんを止める方法を知っているかもしれない。
愁くんに教えてもらう、という点には少し不本意ではあるが、この状況では仕方が無い。
「しゅ、愁くん!今、その、まーくんが大変なの!蓮くんに襲われてて……」
「蓮に?」
愁くんの顔が一瞬で変わる。
その表情からは、驚きだけではなく、焦りや少しの悲しみも感じられた。
「あっ、襲われてるっていうのは変な意味じゃなくてね」
「分かってるよ。……蓮は今どこに?」
「それが……聞いた途端携帯が切れちゃって。あっ、でも確か“おく”って言ってたよ」
「……なるほど屋上か」
愁くんはそう言って屋上へ向かって走り出す。
「ま、待って愁くん!」
その後を追うように、私も走り出した。
まさか、“おく”だけで屋上だと分かるなんて。まぁ確かに、“おく”なんて付く場所は屋上くらいしか思いつかないもんね。っていうか、愁くんの対応の素早さは神だね。さすが学年一のモテ男くんだ。
そんなバカなことを考えている間に、私達は本屋さんの前を通っていた。ここまで来れば、屋上までもう少しだ。待っててね、まーくん!
「……えっ、宮野!?」
突然、愁くんが声を上げた。
目の前に、まーくんが走ってきていたのだ。
「まっ、まーくん!」
嬉しさのあまり、大声で呼んだ。会ったのが久しぶりに感じる。目の中にまーくんが写っているだけでこんなにも嬉しいものかと、自分のまーくんへの執着の強さを改めて感じさせられた。
私はそのまま走っていってまーくんに抱きついた。
「うわっ!?あ、天海!」
まーくんの声からは驚きと安心と嬉しさが感じられて、私も嬉しかった。
まーくんも私に会えて嬉しい、と思ってくれている。その事実だけで、私はとても救われた。
「宮野、蓮は屋上にいるのか?」
「えっ、ああ。そうだけど……何で愁もここに?」
「今日、蓮が一緒に帰ってくれなくて、様子がおかしかったから、心配で探しにきたんだ。……本当、探しにきて正解だったよ」
愁くんは大きく溜め息をつく。
昔にも、同じようなことがあったのだろうか。蓮くんのあの様子だと、今日が初めてだとは思えない。それに、愁くんの様子も手慣れている感じがする。
「俺は蓮を止めに行く。宮野と天海さんはこの辺りで待っててくれ」
「えっ!いや、俺も行くよ!愁一人じゃ心配だし……」
「宮野は狙われてるんだから絶対ダメだ。それに、俺と蓮は幼馴染なんだぞ?すぐに話をつけて戻ってくるって。安心して待ってろ」
愁くんは背中を見せて右手をひらひらと振る。そして、そのまま屋上へと走っていってしまった。
こういう所はイケメンだなって思うよ。まぁ、まーくんの方が数百倍カッコイイけど。そうだ!蓮くんに会う前にさっさと帰っちゃおうかな?まーくんのことも心配だし。愁くんが相手なら大丈夫でしょ。蓮くんもさすがに愁くんを傷つけることはしないと思うなぁ。
私はまーくんの右腕にひっつきながら、わざと胸を押し付けるようにして(といっても、精々AかBくらいの胸だが)、まーくんを見上げた。
「ね、まーくん!蓮くんのことは愁くんに任せて帰ろうよー。私お腹空いちゃったぁ」
「ダメだ」
まーくんはぴしゃりと言い放つ。
「愁と神藤を置いて帰れない。それに、神藤の気持ちも少し分かる。好きな人が別の奴と目の前でいちゃついてたら嫌だろうし、ましてや好きでもないのに付き合ってるとか知ったら、大分傷つくと思う」
まーくんは目を伏せて続けた。
「俺、神藤の気持ちに気づいてあげられなかった。知らない間にたくさん傷つけた。だから、聞いてくれるか分からないけど、神藤に謝りたい。それで、ちゃんと……」
まーくんは唇を強く噛んだ。
その後に続く言葉がなんだったのかは分からないけれど、まーくんが何かを決意したのは分かった。それに私がとやかく言う必要はないだろう。
「……まーくん、私ね、盗聴とか盗撮とか止めることにしたの。そんなことしなくたって、私達はいつでも一緒だもんね。私、まーくんとずっと一緒にいる」
「……そうだな」
返ってきた返事は少し元気がなかった気がするけれど、まぁ、大丈夫だろう。
明日になればきっとみんな元通りだよ。うん、大丈夫、大丈夫!
そう自分に言い聞かせながら、私は愁くんの帰りを待った。