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もう一人のヤンデレ

 *****天海視点*****


 連れて来られたのは、デパート内の『立ち入り禁止』、と書かれた小さい部屋だった。使われていないせいで、少し薄暗い。

 私は壁にもたれかかった状態で、イヤホンを片方外している蓮くんの言葉を待った。


「……俺、待っててって言ったよな?」


 蓮くんの声がいつもよりも低い。怒っているのかもしれない。


「ご、ごめんね。私、何故か怖くなっちゃって……」


「言い訳なんか聞きたくない。俺、天海さんが待ってるって思って、急いで終わらせて帰ってきたのに。何で無視してデパートなんかにいるんだよ」


 蓮くんが眉を吊り上げて私を睨む。本気で怒っているようだ。


「ほ、本当にごめんなさい。蓮くんの気持ち何も考えてなかった……。私、昔から自分のことしか考えられなくて……」


 私のそんな言葉に、蓮くんは首を二回横に振った。


「そんなことない。天海さんは素敵な人だよ」


「えっ……!?」


 突然、そんな小っ恥ずかしいことを言われて、私は赤面してしまった。そんな嬉しいことを言われたのは何年ぶりだろう。

 私はいつも、可愛いだとか綺麗だとか、そんな表面だけの見た目のことだけを褒められていた。それは、あまり嬉しいことではなかった。


「天海さん、一年の最初の時に、俺が授業中とかでもイヤホンしてるのとか気にせずに普通に話しかけてくれただろ?他の人はみんな最初にそのことについて聞いてきたのに」


「私も気にはなってたよ。ただ話題に出さなかっただけで……」


「それだけでも十分嬉しかった。それに、最初に話しかけてくれたのも天海さんだったし。俺にとっては天使のような存在だったんだ」


 蓮くんは淡々とした口調で言う。


 蓮くんは、とても素直だと思う。きっとあまり嘘もつかないのだろう。私と違って隠し事もしないのだろう。思ったことをすぐに言ってしまうタイプなんだ。だから告白もあんな唐突に言ってしまったに違いない。


 そう思うと、急に蓮くんが愛おしく思えてきた。もちろん、恋愛感情の方ではないが、私のことを好きになってくれたことに答えたいと思った。軽くデートみたいなこともしてあげたい。そうしたら、蓮くんは喜んでくれるだろうか。


「あ……で、話があるんだけど」


 そういえば、蓮くんは学校でまだ話したいことがあると言っていた。私はそれを無視してデパートへ来たのだった。


「あ、そうだったね。何かな?」


 私はできる限りの笑顔で答える。すると、蓮くんは目を伏せて悲しそうな顔をした。


「俺、迷ってたんだ。天海さんに嫌われるのは避けたかったから、こんなことしちゃダメだって思って。……でもやっぱり」


 蓮くんは私に向き直る。けれど、その目は私を見ているようで見ていなかった。誰か別の人の方を向いている。


「決めたんだ。天海さんに近づく奴は早めに消しておこうって。邪魔者は邪魔なだけだから。天海さんには必要ないから」


 その言葉がどういう意味を持つのか、私にはすぐに分かった。だからこそ、早く蓮くんを止めなければと思った。


「だ、ダメだよ蓮くん……!」


 そう叫んだ次の瞬間、お腹に激しい衝撃と痛みを感じ、私はその場に膝をついた。


「ぐっ……うぅ……」


 そして、私の意識は段々と薄れていく。

 最後に聞いたのは、蓮くんの言葉だった。


「ごめん天海さん。でも安心して。あいつが居なくなっても寂しくないように、俺が何百倍も愛してあげるから。……じゃあ、また後で」


 そこで、私の意識は完全に途切れた。


 ―――――――――――――――――――――――


 *****宮野視点*****


 バイトが終わり、デパートに来た。


 天海はどこにいるのだろう。さっきから何回電話しても出ないし。どこかで寝てるんじゃないだろうな。例えば、そう。売っているベッドの上とかで。


 そう思ってインテリアショップに来てみたのだが、やっぱり天海の姿は見当たらない。夜七時になっても相変わらずデパートは大勢の人で賑わっていたが、一体どこに行ったというのだろう。まさか先に帰っている、なんてことはないだろうし。


 こんなことなら、最初から集合場所を決めておけばよかった。七時くらいに本屋前に集合なーとか言っておけば、わざわざ探しまわったりせずに済んだだろうに。あーもう、俺の馬鹿。


「あれ、宮野?」


 その声に気がついて後ろを振り返ると、そこには神藤がいた。


「神藤?どうしてここに……」

 

 そこで、俺は思い出した。神藤も天海を探してデパートに来ていたんだった。バイトと仁田さんのことで頭がいっぱいで、忘れてしまっていたけれど。


「そういえば、神藤も天海のこと探してるんだよな?どう、見つかった?」


「それがまだ……。それよりも今は、宮野に聞きたいことがあるんだ」


「えっ、何?」


 まさか神藤から質問してくれるなんて。嬉しいけど、何だろう。

 神藤は軽く周りを見渡してから、俺の斜め左後ろを指さした。


「丁度あそこに椅子があるから、あそこに座って話そう」

 





 俺と神藤は長椅子に座る。そして、俺は神藤の言葉を待った。

 少しの間静寂が流れ、神藤は口を開いた。


「……宮野ってさ、天海さんのことどう思ってるの?」


 神藤らしくない突然の言葉に、俺は驚いた。まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかったから。


「どう……って言われてもなぁ。普通に好きだよ。少し強引で怖いと思う時はあるけど」


「……ふーん……」


 神藤は目を細めて俺を見る。その目を見て、軽く寒気のようなものを感じた。

 神藤は表情を変えずに続けた。


「じゃあ、天海さんと仁田さんだったらどっちが好き?」


「えっ!?」


 突然仁田さんの名前を言われて、俺は驚いて声を上げてしまった。

 な、何で急に仁田さん?天海と仁田さんに何の関係があるんだ?


「宮野、仁田さんのこと好きなんだろ。天海さんのことよりも」


「は!?い、いや、何で急に仁田さんが出てくるんだよ……!」


「そんなに仁田さんのことが好きなら、天海さんから離れろって言ってんだよ」


 神藤の目の色が変わる。


 途端に、体中から冷や汗が一気に流れだした。まるで、あの時と同じように。いや、全く同じではない。今回は恐怖と同時に、神藤から殺気も感じられた。

 その殺気は、いつも天海が愁に向けているような、軽いものではない。本気で殺そうとしている時のものだった。

 

 俺はほとんど反射的にに立ち上がった。本能が危険信号を発している。一刻も早くこの場から逃げなければ。


「何、逃げるの?俺はただ、好きじゃないなら別れろって言ってるだけなんだけど。好きでもないのに天海さんと付き合ってるとか、一緒に住んでるとか、それが許せないんだよ俺は」


 神藤はすっと立ち上がり、真っ直ぐに俺の目を見る。そして、俺は一歩後ろへ下がった。


「で?どうなんだよ。天海さんのこと、好きなのか好きじゃないのか」


 神藤は相変わらず俺から目を少しも背けない。だからこそ、俺も神藤から目を背けられなかった。


 早く逃げたいのに、恐怖で足が動かない。冷や汗も止まらない。足もガクガクと震える。あの時に感じた恐怖よりもさらに怖いと思った。ここでもし、神藤の機嫌を損ねるような答えを言ってしまったら、きっと俺は殺されてしまうだろう。嫌だ、まだ死にたくない。


 俺は震える声で答えた。


「す……好き……だよ」


「……そう」


 神藤はそう言って目を逸らした。良かった、別に機嫌は悪くなっていないようだ。


 神藤は右手を背中の後ろに回し、再び右手を出した。その手には―――――ナイフがあった。


「……!?」


 俺は目を見開いた。そして、いつの間にか走りだしていた。


 インテリアショップ、本屋、服屋、スーパー、フードコートなどを抜け、それでもまだ走り続ける。神藤がもう追いかけてきていないと分かっていても、走り続けた。


「はぁっ……はぁっ……」


 息を切らしていても足を止めない。止めたらきっと、そこで終わりだと思った。 

 俺は無我夢中で走り続けた。

 





 どれほどの時間走っていたのか分からない。気が付くと、俺はデパートの屋上に来ていた。出口を探していたはずが、迷ってこんなところに来てしまっていたらしい。大体、このデパートが広すぎるせいだ。方向音痴な俺が来ていいような所ではない。


 俺は屋上の柵に手をかけた。


 これからどうしよう。ずっとここにいるわけにもいかないし、だからといってデパート内に戻るのも怖い。どこに神藤がいるか分かったもんじゃない。


「……はぁー……」


 俺は大きくため息をついた。こうすると、少しでも落ち着くのではないかという、少しの期待を持って。けれど、俺の期待は大きく外れた。


「ずいぶんと大きなため息をついているようだけど」


 俺の丁度真後ろに、神藤は立っていた。


「し、神藤っ……」


「そこまで怖がる必要はないだろう。大丈夫、すぐ楽にしてあげるから」


 神藤が、ゆっくりと俺との距離を縮めてくる。その度に、俺は少しずつ後ろへ下がった。けれど、もうすでに後ろは柵だった。


「ひっ……」


 俺は思わず小さく悲鳴を上げた。


 助けてくれ。嫌だ、死にたくない。こんな時に、天海は一体どこにいるんだよ。盗聴器付けてるんだろ、早く気づいてくれよ。この際もう誰でもいいから、早く―――――。


 プルルル、プルルル、プルルル。


 その時、突然俺の携帯電話が鳴った。それは、暗闇に差した一筋の光のようだった。

 俺は慌てて携帯電話を取り出し、耳元に当てた。


「おい、何勝手に出てるんだよ。さっさと切れ」


 神藤の言葉に一瞬電話を切りそうになったが、聞こえてきた声で恐怖などは全てどこかへ行ってしまった。


『まーくん!私だよ!今どこにいるの?』


 何故か声を聞くのが久しぶりに感じる。

 それは、紛れも無い天海美岬の声だった。

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