デパート
「……まーくん。今日バイトが終わったらデパートに行こう」
学校が終わると、天海は突然そんなことを言い出した。今日も大翔と春と遊ぶつもりだったんだけど……。仕方ない。今日は断るか。
「ああ、いいよ。七時からでもいいのか?」
「うん。私ね、まーくんとお揃いのコップがほしいの。一緒に選ぼう」
「ああ、構わないけど……。何か、元気ないな。何かあったのか?」
「えっ?そ、そんなことないよ。私はいつも通りだもん」
天海はそう言って笑ってみせるが、やっぱり元気がない。今日は一体どうしたというのだろう。そういえば、今日は今まで天海と話していなかったな。そのせいなのか?
「は、早く帰ろうよまーくん。バイトに遅れちゃうよ?」
「いや、バイトまではまだ時間あるけど……」
「あれっ、宮野もう帰るのか?」
愁は一人で教室へ入って来た。教室には、もうすでに俺達以外は誰もいなくなっていた。
「ああ、そろそろ……。神藤は?」
「蓮は委員会だよ。俺は委員会が終わるまで待ってるけど、宮野はどうする?」
「あー、じゃあ俺も待ってようかな……」
「ダメっ!!」
天海は叫び、俺の腕を強く掴んだ。
「まーくんは帰るのっ!私は早く買い物に行きたいもん!」
「でも、買い物はバイトが終わってからだし、急ぐようなことじゃ……」
「いいから早く帰るのー!」
ぐいぐいと腕を引っ張られる。
何をそんなに急いでいるのか分からないが、まぁ、俺に拒否権はなさそうだし、帰るか。
「分かったよ。分かったから離してくれ」
「うん!帰ろう!」
天海は俺の腕を引っ張り、教室から出ようとする。離してはくれないみたいだが、少しだけ元気になったような気がする。良かった。
「ごめん愁。今日は先に帰るわ。神藤にもごめんって言っておいてくれ」
「分かった。じゃあな」
「ああ、また明日」
そう言い、俺は教室を後にした。
―――――――――――――――――――――――
天海は先にデパートへ行っていると言って、先に行ってしまった。やっぱり放課後からの天海の様子が変だ。いつもなら、バイトが終わるまで俺と一緒にいそうなのに。
今日のバイトには仁田さんが来る。
それだけでいつもより少しだけ嬉しかった。教室にいるときは全く話せないから。
コンビニへ入ると、仁田さんはすでにいた。
「あ、宮野くん。こんにちは。今日もよろしくね」
そう言い、仁田さんはにっこりと微笑む。その笑顔を見るだけで、温かい気持ちになれた。
「ああ、よろしくな」
俺はさっさと着替えて、いつもの仁田さんの隣の位置に着いた。
「宮野くん、最近クラスに馴染めてきてるみたいだね。みんな、思ってたよりも良い人だったって言ってたよ」
「えっ、そうなのか?てっきり、印象最悪だと思ってた」
「宮野くん、優しくて良い人だもん。私、ここのバイトで宮野くんの良いところ、いっぱい知れたから」
だから……と言い、仁田さんはそこで言うのをやめた。
「……何でもない。ごめんね、今の忘れて?」
「え……ああ」
そんな話の切り方をされて、簡単に忘れられるはずがない。何を言おうとしたのかは気になるが、まぁ、深追いはやめておいた方がいいだろう。しつこく聞いて仁田さんに嫌われてしまうのだけは避けたい。
その時、突然神藤がコンビニへ入ってきた。
「あれ?神藤?」
神藤は俺達には気にも留めず、きょろきょろと何かを探していた。すると、しばらく探したところで視線を俺に移した。
「……天海さんは?」
「え?ああ、天海ならデパートに……」
「そうか、ありがとう」
それだけ言うと、コンビニから出て行ってしまった。
何か、今日は天海だけじゃなくて神藤もちょっと変だな。今日は一体何の日なんだ。
「どうしたんだろうね、神藤くん」
「さぁ……天海を探してたみたいだったけど」
「天海さんに何か用だったのかな?珍しいね、神藤くんから他の人に用があるなんて」
「そうだな。でも、何の用だったんだろ?」
「神藤くんから天海さん……だから、もしかすると告白かも!」
「えっ!」
確かに、神藤には好きな人がいるんだと言っていた。でもまさか、それが天海なんて……。神藤はもっと大人しい子がタイプだと思うんだけどなぁ。どうなんだろう。
「あ、宮野くん、お客さんだよ」
「あっ、い、いらっしゃいませー」
お客さんが来てしまったから、話はここで打ち切りになってしまった。そして、俺は仕事に集中していたせいで、神藤がデパートに行ったことを完全に忘れていた。
―――――――――――――――――――――――
*****天海視点*****
先にデパートへ来ていた私は、コップを買う前に、一つだけまーくんにプレゼントを買おうと思っていた。
何がいいのかな。まーくんなら何でも喜んでくれそうだけど……。携帯ストラップ、とか?お揃いの付けてたらカップルっぽいよね。あー、でも、お揃いはコップって決めてるし……。まーくんだけに何か買ってあげたいなぁ。何がいいんだろう。
そんなことを考えていると、ある物が目に入った。
それは、ペンダントだった。
……あのペンダント、昔買ってくれたものにちょっと似てるかも。綺麗な蒼色の石……。いいな、あれにしようかな。
そう思い、ペンダントを買うことに決めた。
「50000円になります」
高いのか安いのか分からないけれど、綺麗だったから何でもいい。まーくん、喜んでくれるかなぁ。喜んでくれたら嬉しいな。
―――――それにしても、朝の蓮くんにはびっくりしたなぁ。びっくりして、放課後待つの怖くなって逃げてきちゃった。待っててって言われたのに待たなかったのは悪いと思ってるよ。思ってるけど……。
―――――朝のこと。
私がまーくんの周りにいる子達に向かって殺気を放っていた時。突然、蓮くんが私に話かけてきた。
「蓮くん?どうしたの?」
「好き」
「え?」
一瞬、何のことだか分からなかった。聞き間違えたのかと思って、私はもう一度聞き返した。
「ごめんね、もう一回……」
「天海さんが好き。一年の時からずっと。ずっと……好きだった」
驚くほど真っ直ぐに見つめてくる。そんな目で見つめられて、私は蓮くんから目を背けられなかった。
でも、私にはまーくんがいる。そんなことくらい、蓮くんだって分かってるはず。フラれるの分かってて告白したのかな。すごいなぁ。私だったら、そんなの絶対耐えられないよ。
「ごめんね蓮くん。分かってると思ってるけど、私にはまーくんが……」
「知ってる。天海さんは“まーくん”が好きだもんな。“宮野”じゃなくて、“まーくん”が好きなんだもんな。知ってるよ」
どきっ……とした。
どうして、蓮くんが知ってるの?私、誰にも話したことなんてなかったはずなのに。
「天海さんはまーくんが好きで、宮野は仁田さんのことが気になってる。それなのに、二人は付き合ってるのか?二人とも相手のこと心の底から好きと思ってないのに付き合うって、そんなのおかしいだろ。俺だったら、天海さんのこともっと心の底から愛してあげられる。天海さんが望むなら、何でもしてあげられる。だって、好きだから。大好きだから」
蓮くんは、必死に私に話してくれている。
今まで、こんなに喋っている蓮くんは見たことがなかった。蓮くんは大人しめの子だから、愁くんほど口数も多くないし、声もあまり大きくない。だからこそ、こんなに必死に話してくれる姿を見て、私はとても驚いていた。
「ねぇ、天海さん。別に付き合ってくれとは言わないよ。けど、宮野と一緒に暮らすのとかはやめてほしい。きっとそれは、天海さんのためにはならない」
「私のためにはならない……?どうして?」
「いつまでも昔のことを引きずってても前には進めないってこと。天海さんが好きなのはお兄さんのことであって、宮野のことじゃないだろ」
「な、何言ってるの?わたしが好きなのはまーくんだよ」
「そのまーくんってのは、誰のことを言ってるんだ?」
「だ、だから、まーくんだって言ってるでしょ。もうやめてよ。私は蓮くんとは付き合えないの」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。その後、蓮くんは自分の席に戻る前に一言囁いた。
「……放課後、俺委員会があるから、ちょっと待ってて。まだ話したいことがあるから」
―――――やっぱり、蓮くんには少し悪いことをしたかもしれない。何を言いたかったのかも分からないまま逃げてきちゃったわけだし。明日学校で謝ろうかな……。
「天海さん?」
突然、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、私の思った通り、それは蓮くんだった。
「れ、蓮くん……?ど、どうしてここに……」
「話があるって、言ってただろ。……ここじゃ話せないから、場所変えよう」
蓮くんに引っ張られて、私はデパート内の知らない場所へと連れられていった。