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過去の秘密

愁の家を出ると、俺はバイトをしているコンビニとは別のコンビニへ向かった。そのコンビニへ着くと、もうすでに大翔ひろとはるは待っていた。時間は七時十五分を過ぎていた。


「あ、来た来た。おーい!遅いぞ真ーっ!」


 大翔が大きく手を振りながら叫ぶ。


 この二人は俺の中学三年生からの不良友達。

 大翔は愁と同じようにテンションの高い奴で、よく女の子をナンパしたり、その女の子から口説いて金を貰ったりしている。これだけ聞くと悪い奴に思うかもしれないが、基本的には優しい。別に顔はそこまでかっこよくはないが、大翔と春が通っている鹿市かいち高校では良い子ぶっているらしく、何故かモテるらしい。実際彼女がいる。

 春はおっとりしていて優しく、一緒にいると安心できる。ほんわかしていて、全く不良には見えないが、俺達と同じように煙草を吸っている。ピアスは開けていない。左肩に入れ墨があり、俺と大翔以外には見せていないらしい。まだ彼女も、好きな人もいない。


「珍しいね、真ちゃんが遅れるなんて」


 春は目を丸くする。

 春は人をあだ名で呼ぶことが多く、俺の場合は“真ちゃん”、大翔の場合は“ひろくん”という具合だ。


「わ、悪い。友達の家に行ってたから……」


「と、友達!?」


 大翔はそう言って目を見開いた。そこまで驚くことでもないだろう。


「あの真に俺ら以外の友達とか……。やばいな、地球がそろそろ終わるわ」


「何でだよ、終わんねぇよ。まぁ、正直俺自身もちょっとびっくりしてるけど」


「すごいね!やっぱり、昨日の女の子助けたから?」


 春が笑顔で目をきらきらと輝かせている。


 昨日の女の子―――――天海のことだ。

 大翔と春と一緒にいた時に“あれ”は起こったから、もちろんこの二人も知っている。


「あー、それはまぁ、確かに間違っちゃいないかもな」


「あの子普通に可愛かったよなぁ。お嬢様かなんか?」


 大翔が期待の眼差しで俺を見てくる。天海をターゲットにでもするつもりだろうか。無駄だと思うけど。


「ああ、そうらしい。何か結構有名らしいぞ、天海って名前は」


「あ、天海……って、あの!?」


 大翔はさっきよりもさらに驚いていた。それに続いて、春は首を傾げた。


「ひろくん、知ってるの?」


「知ってるも何も、大企業の一つの社長だった人の名前だよ。何でも、世界の約半分を支配しているとかいう噂があったほどだ。とりあえず、比べ物にならないほど超超超大金持ちってことだよ」


「だ、だった……って、今は違うのか?」


「十年くらい前に両親と長男が亡くなったんだ。だから、大企業の社長だった父親が亡くなって、天海家は父親の残した財産で生活してるんだと思う。今はお嬢さん一人なんだよ。お手伝いさんとかはいっぱいいるんだろうけど……」


 大翔は悲しそうに目を細める。


 その大翔の話を聞いて、俺は今まで天海のことを何も理解していなかったことに気が付いた。ずっと天海は何でもないように振舞っているけど、大体、昨日天海は何をしようとしていた?道路のど真ん中で、トラックが来ても突っ立ったままで……。俺と二人暮らしがしたいと言っていたのは、もしかすると家族がいなくなってしまったこっとを紛らわすためだったんじゃないのか……?


 もしそうなら、俺と天海は少し似ている。俺は、天海のことを少しだけでも分かってあげられるかもしれない。


 そう思うと、俺は居ても立ってもいられなくなった。


「……ごめん大翔、春。俺、帰るわ」


「えっ、帰るのか?まだ来たばっかりなのに」


「そ、そうだよ。真ちゃん、まだ一本も吸ってないよ?」


「ああ、悪い。でも今日は……帰らないとダメなんだ」


 俺は二人を真っ直ぐに見つめた。すると、大翔が静かに口を開いた。


「……はぁ。そんな目で見られたら、帰らせないわけにはいかなくなるだろ」


 そう言い、大翔は一息開けて俺に向き直った。


「行って来い。天海さんに会いに行くんだろ」


 大翔がそう言った後、春は優しく微笑んで言った。


「真ちゃんが行くんなら、僕は止めないよ。それが真ちゃんの意志だからね」


「……ああ、二人ともありがとう」


 それだけ言って、俺は自分の家へ走って帰った。


 ―――――――――――――――――――――――


 家に着くと、天海は玄関に立っていた。目が虚ろで、ぼーっと俺を見つめている。


「あ、天海……?ど、どうしたんだ?」


 俺が話しかけても天海は微動だにしない。

 しばらくの間沈黙が続いて、天海は口を開いた。


「……聞いちゃったんだね」


「え?」


 口元だけは笑っていたが、目は相変わらず虚ろだった。それが、とても不気味に思えた。


「私、ずぅっと聞いてたんだよ。まーくんが……不良友達と話してるの」


「えっ……でも、天海とは帰りに会わなかったぞ……?」


「ふふっ、やだなぁ。その場に居るわけないでしょ?……襟元、見たら分かると思うよ」


「え、襟元……?」


 そう言いながら、俺は恐る恐る襟元を見た。

 すると、そこには小さな機械が付いていた。


「こ、これって……」


「盗聴器だよ。これで、いつでもどこでもまーくんの声が聴き放題なんだよ?……それに、まーくんの近くにいる人の声も聞こえるの。一石二鳥だよね」


 そう言って、天海は目を細めてにっこりと笑った。


 その笑顔を見て、俺は背筋が凍った。

 その瞬間、逃げなきゃ……と思った。さっきまで分かってあげられるかもしれないと思っていたのに。俺と少し似ていると思ったのに。――――やっぱりダメだ。無理だ。俺じゃ、天海のことはきっと分かってあげられない。今の俺じゃ、恐怖しか感じられない。


 俺はゆっくりと、一歩だけ下がった。


「――――どこに行くの?」


 天海から笑顔が消えた。


 途端に、体中から一気に冷や汗が流れだした。俺は恐怖で身体が動かなくなり、全身の震えが止まらず、ガタガタと震えていた。


「どうして逃げるの?私、お腹空いたな。まーくん、ご飯作ってよ。またまーくんの料理が食べたいな」


 天海が俺の方へゆっくりと近づいてくる。

 一歩、また一歩と近づいてくるたび、俺は必死に一歩ずつ下がった。何歩か下がったところで、ドアに背中が当たった。


 俺は天海と目を逸らさずに、手を後ろに回してドアノブに手をかけた。

 それに気が付いた天海は、俺に向かって走り手を伸ばしてきた。


「……っ!」


 俺はドアノブを回して、ドアを開けて飛び出した。すんでのところで天海をかわした。

 俺は天海に追い付かれないように必死で走って逃げた。


「……どうして……どうして逃げるの?私は、まーくんには何もしないよ。本当だよ。だって好きだもん。大好きだから……」


 背中から天海の悲しげな声が聞こえる。それでも、俺は振り向かずに走り続けた。




 しばらくして、声は聞こえなくなった。大分と家から離れたと思う。気が付くと、俺は天海を助けた場所である舞原大通りに来ていた。

 舞原大通りは、デパートやスーパーなどが立ち並ぶ、この町で一番栄えている場所だった。


 ……天海は、きっと自殺をするつもりでここに訪れたんだ。ここは車の通行は多いけど、人が大勢集まる場所でもある。どうして天海がここで自殺しようとしたのか……それはさすがに俺には分からないけど、多分、自分が苦しんでるってことをみんなに知ってほしかったんだと思う。俺も昔そうだったから。


「……やっぱり、そこだけは似てるんだよなぁ」


 ぽつりと、独り言を呟いた。


 同じ場所で自殺未遂をしたこと、両親がいないこと――――それが、俺と天海の共通点だった。


 俺なら天海のことを分かってあげられるかもしれない……。そう思っても、やっぱり俺は天海が時々怖くて仕方がない。まだ知り合って二日だし、全然天海のことを知らないだけなんだろうけど、それでも怖い。このまま家に戻らないわけにはいかないけど、戻ったところで天海がどういう反応をするのかが分からない。


「分からない……ばっかりも言ってられないか」


 俺は覚悟を決めて、来た道を戻ることにした。


 さっきは怖くてつい逃げてきてしまったけど、天海だってヤンデレなところを除けば普通の女の子なんだし。きっと、話せば分かってくれると思う。うん、大丈夫、大丈夫。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は自分の家に帰ってきた。

 玄関を開けても、天海の姿はなかった。けれど、リビングの方から微かにすすり泣く声が聞こえてきた。


「……天海?」


 俺はリビングの扉を静かに開ける。すると、天海はソファに座りながら泣いていた。


「うぅ……まーくん……ひっく……まーくん……」


 何度も何度もまーくん、まーくんと言いながら泣き続けている天海を見て、俺は罪悪感に苛まれた。

 俺は天海に近づいていって、天海の隣に静かに座った。


「……まーくん……?」


 天海は涙でグシャグシャな顔を上げた。そこには、さっきのような虚ろな目はなかった。


「……ただいま。ごめんな、天海。もうどこにも行ったりしないから」


 俺は精一杯微笑んで見せた。すると、天海は俺の胸に抱きついてきた。


「ううぅ、ごめんね、ごめんなさいまーくん。まーくんが嫌なら盗聴とか盗撮とか止めるから。だから、嫌いにならないで、ずっと私の傍にいてほしい……」


「ああ、約束する。大体、俺は別に天海のこと嫌いになってないから」


「……本当に?」


 そう言い、天海は俺の胸から顔を上げて俺を見上げた。


「本当に。嫌いなら、わざわざここに戻ってきたりしない」


「……ふふっ、そうだね。そうだよね」


 天海に少し笑顔が戻った。やっぱり、女の子は笑ってるのが一番可愛い。


「……よし。天海、お腹空いてるんだろ?何が食べたい?」


「えーっと……カレー!」


「えっ!また?」


「まーくんのカレー気に入ったんだもん!もう一回食べたい!」


「いいけど……。じゃあ、カレーの作り方教えてやるから横で見てろ」


「えっ、本当!?やったー!」


 天海はそう言って、さっきよりも強く俺を抱きしめた。


「わっ!ちょ、ちょっと、そろそろ離れろって……」


「えへへっ。まーくん大好き!」


 天海はしばらく俺から離れなかったが、俺は別に嫌な感じはしなかった。俺も段々、天海を受け入れているのかもしれない。

 そう思うと、この二人暮らしもそんなに悪くないと思った。

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