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CQ、CQ。
もう誰も、助けにこなくてもいいよ。
何処に行っても、きっと終わりばかりだ。
あたらしい終わりが、増えるだけだ。
結局、夜は懐中電灯はつけずに外へ出た。
少しの光だけあっても、あまり役に立たない。
とはいえ、ほとんど生物のいなくなったこの地で、あまり危険な動物がいるとは思えない。
それでも懐中電灯を点けていたのは、ただ単に夜が怖かっただけ。
「うわ、結構星は出てるよ」
コハルが首をぐっと反らして夜空を見上げる。
つられてリュウも見上げれば、白い点々がきらきら光っていた。
しっかりと見たことは無かったが、こうして灯もないこの町の空は、とても星が多い。
キャンプで山に泊まったときは、仲間とのおしゃべりに夢中で、気がついたら朝になっていた。
クラスの女生徒は星がきれいと話をしていたことを聞いたことがある。
きらきら、宝石みたい、とても素敵、と。
リュウも何度か試しに、夜中に布団から抜け出して夜空を見上げてみたことがあるけれど、それほど綺麗とは思えなかった。
太陽の光をとりこんだ、サイダーのシュワシュワとした泡の方が、随分と綺麗だと思う。
「ほら、北斗七星」
「どれ?」
「あのひしゃく形のやつ」
こはるの指を追えば、ようやく見つけられる。
これだけ多い星の中からどうしてすぐに分かったのか、リュウにはわからなかった。
「あれが、かみのけ座」
「ははっ、なにそれ」
きいたことのない言葉ばかりだ。
多分学校か何かで習うんだろうが、リュウは内容についてはあまり興味が沸かなかった。
やはり今でも、それほど綺麗とは思えない。
けれど星で形をつくって遊ぶのは結構、楽しいなと思ったり。
「こはるは勉強好きだった?」
「あんまり、でも星座は好きだった」
「ふーん……」
「リュウは勉強きらい?」
「うん」
即答したリュウに、こはるは苦笑する。
「先生とかけっこしてる方が楽しいのにさ、席に着け、さあこれ書いてみろ、やれ解いてみろ、だって。楽しいほうがいいに決まってるのにさあ、わざわざつまんないことしなきゃいけないのかなって」
「つまり遊ぶことが好きなんだね」
「そのとーり!」
けらけらと笑い声が二人分。
朽ちかけた廃墟に響き合い、砂と化した大地の向こう、どこまでも届きそうな気がした。
反響が重なり合うところ、地平線。
さっき日没前、少しだけ確認してみた。こはるの言うとおり、靴のマークの看板から海まで37歩。
たどり着いたところは、やっぱり砂だった。
この砂の海は歩きにくいけど、水のように上を歩いたって沈んだりしないだろう。
今なら外国へいけるかもしれない。
外国だけじゃない、どこへでも行けそうな気がする。
「ねえこはる」
「ん?」
「ちょっと明日さ、行ってみようか」
「……」
リュウはあえて、どこへ、とは言わない。
この巨大な砂場と化した世界でいける場所、そして目的は限られている。
食料……は当面大丈夫だ。
問題は水だが、工場の奥に雨水を少しだけ貯めておいている。
ならば何を探しに行くのか。わざわざ、体力を消耗してまで。
こはるはわかっていた。
ずっと、言い出すのを恐れていたから。
「……誰か、いるといいね」
それがこはるの返事だった。
食料を少し、そして水。
まるで遠足みたいだと言ったリュウに、こはるは肩をすくめて苦笑した。
遠足は遠い方が好きだけれど、今回はただ隣町にいくだけ。
それでもこの状況では、行くだけで大冒険だ。
方角は少し残っている看板や建物の残がいでなんとかわかる。
コンクリートで固められ、どこまでも続いていくと思っていた丈夫で頑丈そうな道路は、人間と同じで真っ先に消えてしまった。
砂になってしまえば道なんて無いも同然、それでもかろうじて行き先へ向かうための情報は残っているわけだ。
しかしまったく危険が無いとも限らない、もしかしたらこの町に戻ってこれないかもしれないという不安があってか、
町を出てみようか、とはどちらからも言い出せなかった。
「もし誰かを見つけたからって、その誰かを頼るつもりはないけどさ」
「うん」
「どうしてこんなことになったのか、俺たちは何も知らないだろう」
もしかしたら、この現象がどうして起こってるのか情報をもっているかもしれない。
それがわかれば、この状況を切り抜けるための手法も分かりそうな気がする。
少しでも長く、生きれるかもしれない。
「……砂になって死ぬことしか、まだ知らないんだ」
前に親戚の誰かが死んだとき、火葬されて白い骨だけになり、土の下に入るのだということを知った。
静かな儀式を経て、大勢の人に見送られ自分も親も、そうやって死んでいくのだと思っていた。
けれど今起こっていることはその知識をあっさり裏切った。
火葬もせずに人は白い砂になる。
苦しんだか、あるいは痛くはないのか体験していない限りわからないけれど。
少なくともひとつだけ、はっきりしていた。
自分の意思にかかわらず、人は簡単に、あっけなく死ぬことはできるのだ。
「南って、どっち?」
「お菓子屋さんあった方」
「トーイ?それとも……」
「アラサキの方」
この町にはお菓子屋さん、と呼べる店が二つあった。
ひとつは誕生日の時にケーキを買う洋菓子専門の「トーイ」という店。
少し怖いおじさんが店先に立っていた子供たちの溜まり場、「荒崎駄菓子店」。
アラサキ、と通称で呼ばれていたその店は、お小遣いを貯めた子供たちがたむろしていた場所だった。
「トーイ」は年に一~二回入るかどうかの店だから、いつもショーウィンドウから中を見るだけ。
白いクリームをまとった甘い匂いのするバースデーケーキは、けれどリュウは好きになれなかった。
誕生日はいつも弟のための日だ。
せっかくの自分のための誕生日だった日、先に蝋燭を吹き消してしまうし、
少し小突いただけで両親は烈火のごとくリュウを叱り付ける。
いわく、お兄ちゃんだから許してあげなさい、と。
弟なんか持つものじゃない、そういつも思っていた。
自分もだれかの弟だったらいいのにと、兄や姉のいる悪友を心底うらやましがった。
あるいは、一人っ子だったら精一杯甘えても許されるのだろうか、今でも時々、考えることがある。
肝心の両親も弟も、今ではいなくなってしまったのだ。彼らが砂になったと解った時の、スッと心が軽くなる感覚。
あれがホッとしてそう感じたのか、それとも大切な心がひとつ出て行ってしまっただけなのかまだわからない。
「南へ下っていこう。太陽を目印にすれば、多分迷わない」
「時間はわかる?」
「うん、少しは」
太陽の傾き。
原初の人間はそれを時間を区切るヒントとしていたようだが、気づけばどこかに時計のある今まで、もはや気にしたことなど無かった。
日が昇れば遊べる、沈めば帰る。
ただそれだけの存在だった。
太陽も、それまで照らしていた対象が急に居なくなってしまったことで、たいそう混乱しているに違いない。
生物、建物に当たる筈の強い光は、今地球をより直に照らしている状態だろう。
もしかしたらこはるの話していた、地球の核とやらも砂になってしまっているかもしれない。
あるいはまだ生きているのだろうか、この星だけは。
砂となった残骸は深く深く敷き詰められている。
町を出てもどこまでも続く白い砂。
植物なんて到底生えそうも無いし、もちろん水もない。
それでも遠くで薄気味悪い蜃気楼が何かを映そうとして、静かにゆらゆらうごめいている。
――――静かなのは蜃気楼ではなく、この世界だ。
脅かすものがもはやどこにも無い代わり、どこまでも孤独だ。二人で独りの、孤独。
今や砂になる現象は脅威でも何でもない。
圧倒的な、“それ”という世界だ。
「ねえ、もし今、砂になったらどうする?」
こはるが問うたのは、「誰が砂になったらどうするか」という意味ではない。
こういう質問をするとき、いつもこはるはその主語を己自身に掛けている。
どういう意図なのかはわからないけれど。
つまり、今こはるが砂になったらどうするか、という質問だ。
「どうするかって……俺に止められるわけないだろ?」
「そう、だね……うん、そうだよね」
曖昧に笑う。こはるのその顔は、決して納得しているわけでもなさそうだった。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「うん……ちょっとね……」
戸惑いながら、こはるは勝手に話を終わらせようとしていた。
曖昧に始まった質問は、こはる自身で曖昧に終わりかけている。
出会ってからいつもそうだ。
自分が望む言葉がほしいくせに、勝手に切り出して勝手にがっかりする。
急に、リュウは腹が立ってきた。
暑いせいだ、朝ごはんを少ししか食べれなかったせいだ、ありとあらゆるものに転化しようとしても、怒りの矛先だけは微動だにしない。
自制の効かない、幼い感情。解っているけれど、それが余計に、苛立たせる。
なんだ、そっちからはじめた話じゃないか―――リュウは足元の砂を蹴りつけて怒鳴った。
「こはる、はっきり言ってくれないとわからないよ!」
「いや、別にいいんだって……」
「こはるが良くても、俺はいやなんだ!」
びくり、とこはるの肩が震え上がった。
多分、初めて見せたリュウの怒り顔。そこではっきり痛感する「他人」という壁の存在。
数日という少しの期間を一緒に生きたとは言え、リュウとこはるは全く他人だった。
多分、この砂になるという現象が起きなければ、出会うことも語り合うことも無かっただろう。
普通の友達になるという可能性も無かった。
だから、リュウはこはるを知ることに必死だった。
リュウとは対照的に、こはるは自分のことをあまりしゃべらないし、気持ちを素直に表すことも苦手のようだ。
だからリュウもこはるが何をしたいのか、あるいは考えているのかよくわからなくて、何度かもどかしい思いをしたこともある。
こはるは自分よりも頭がいいみたいだし、性格もおとなしいが優しい。
どちらかというとガサツなリュウをうまくサポートしてくれる。
リュウは、少なくとも出会ったのが、生き残ってくれていたのがこはるで良かったと心底思っていた。
それなのに、こはるはきっとそう思ってくれてはいないのだ。
ここにいるのは大人でもカミサマでもない、ただの子供二人だけなのに。
町から町へ。
普段なら何でもない外出だったかもしれないが、砂だらけの景観は圧倒的に恐怖感を視界に押し付ける。
まるで自分たちも砂の一部になるべきだと、思わせぶりに。
景色が語らずとも、ずっと疑問だった。
なぜ自分たちが砂にならないのか、むしろそれが不思議だった。
お互い、少し年の違うだけで何でもない人間だった。
理由もわからないし虚しくなるだけだと、ずっと考えないようにしてきた。
・・・ほかの町に行ってみようかなどと、口にするべきではなかった。
リュウはこはるの沈んだ気配を背後に感じ、小さくため息をついた。




