手品師の猫 1
次にヨルを見かけたのは、公園の一角で圭吾が占いの店を開けていたときだった。
歓楽街の端にあるその公園は発展場として有名で、しばしば圭吾自身、声をかけられることもあったが、他の盛り場に比べ治安は良く、圭吾はこの年の春あたりから時々ここに店を広げていた。
広さは猫の額ほど、ビルとビルの間のその公園には、遊具はなく、数脚のベンチしかない。灯りと言っても入り口と、中央の時計台の街灯以外はみな壊されていて、その機能を果たしておらず、圭吾の50円の看板はおかげでよく目立った。
冬に向かう季節だというのに、夜の闇が深まるにつれ、この公園の空気は重い熱に満たされてきていた。ベンチも全て埋められているらしく、そこかしこの茂みからも人の絡み合う気配を感じる。性急で、欲望を隠そうとしない気配だ。
圭吾は特にそれを気持ちの悪いものとも、下品なものとも思わず、ただそこにある事実として認識していた。発展場とは、そういう場所なのだ。
実際、同性愛という、マイノリティーに属する彼らの出会いは、きっとそんなに簡単なものではないのだろう。風俗ともなると、圭吾はよくはわからないが存在するのかどうかすら危うい。だから、彼らにとってはこういう発展場という場所が必要になるのだろうが、それが屋外ともなると、季節を選ばざるをえないのではないかと、他人事ながら心配だった。
ここに店を置くようになったのは、たまたま他の場所で視てやった客が同性愛者で、そういった者達は悩みを抱えているものが多いから、ぜひ一度この公園で店を出してほしいといわれたのがきっかけだった。
なるほど、ここでの商売は他よりもやりやすかった。
自分の性癖にまだまだ割り切れない人間もいれば、家族関係に悩むものも少なくない。どちらかといえば、悩みを抱えていない人間の方はこの公園には少ないのではないかと思うほど、客の入りは良かった。
ただ、それも分母と分子の割合での話で、この分母自体が減ってしまえば、自ずと分子も減るのが目に見えており、年末に向けて商売を本気でするのなら、ここでの今年の商売は今日で終わりにしたほうがいいのかもしれない。そう、もし、本気で商売にしているのであれば、の話だが。
圭吾は父親の血を感じさせる自分の思考回路に気がつき、思わず苦笑した。
父親の望んだ能力のおかげで、自分の人生はこんなにも無味乾燥なものになったというのに、やはり自分は彼の息子なのだ。
そろそろ、今夜は早いが店じまいしようか、そう思って看板の灯りのスイッチに手を伸ばしかけた時だった。
「すみません」
数メートル先からかけられた声。顔を上げる。自分にかけられたものか確信はなかったから、返事はせずにじっと目を凝らす。
「占い、お願いできますか?」
若い男の声だった。光の届かぬ影の中からの声だ。白い何かが見えた。
「どうぞ」
圭吾は短く声をかける。男の声は「よかった」と心持ちほっとした様子で呟くと、一歩進み出てきた。
闇を仄かに照らす灯りに、その白と声が近付いてくる。
そして、男がすっかりその姿を現したとき、白も圭吾に姿を晒した。
暗闇に見えた白は、男に寄り添うヨルだった。