泥棒の猫 3
翌朝、寒さに目を覚ますと、ヨルの姿はなかった。
カーテンの隙間から零れ入る太陽の高さに、今が昼近いことを感じながら、リビングを見回すと、圭吾の財布が散々荒らされて転がっていた。
札束が何枚かと、意外に何かと必要な場面があるので作った名刺が一枚、なくなっていた。
別に腹などは立たないが、どういったつもりでヨルが出ていたのかは気になった。
圭吾は頭をかきながら起き上がり、財布からだらしなく飛び出したレシートや残りの札束をしまうと、それと毛布の上に投げ捨てた。
いつもと同じ毎日の始まりだ。圭吾は欠伸を一つつくと顔を洗いに洗面へ向かった。
公共機関から連絡が入ったのは、ヨルがいなくなってから三日後の事だった。彼女の持っていた名刺から、圭吾が彼女の保護者にあたると判断されたらしい。
これが電話連絡や書簡での呼び出しであれば、圭吾は足を向けなかったかも知れないが、直接に役人が部屋まで押しかけたので、圭吾としても逃げようがなかった。
車の中で、見知らぬ人間に、散々「アナタは無責任だ」という主旨の小言を聞かされ続け、圭吾はやや辟易とした。反論しようとも珍しく思いはしたが、相手はヨルが彼の名刺を持っていた事実を、まるで鬼の首でもとったかのように突きつけ、半ば決め付けで頭ごなしに非難してくるのだ。
そうとうストレス溜まってるんだな。
圭吾は「アンタみたいな人、最近増えて困ってるんだよね~、うちも」という言葉を最後に、耳を塞ぎ外を見た。ふと、こういうときに「黙れ」の能力を使ってもいいかもしれないと思う。
いくらかの金と引き換えに手元に戻ってきたヨルは、悪びれもせずに建物の外の光が眩しいと目を細めながら背伸びをした。
「盗み、働いたって?」
「そう。悪い?」
ヨルはまるで体中が痛いとでも言わんばかりに、あちこち体を伸ばしながら圭吾の前を歩いた。
「独りで?」
「ううん。その道のプロと」
「泥棒って事?」
「そう、彼ならまだこの箱の中に入れられてるわ」
ヨルはわざと「彼」を強調するアクセントでそういうと、試すような目で圭吾を振り返った。
「ね、お金で何とかなるんなら、彼もこの箱から出してやってくれない?」
駆け引きを楽しむような口調に、圭吾は眉をひそめポケットに両手を突っ込む。
「どうして、俺が」
「できないの?」
「できるよ。ただ、そんな気分じゃないだけだ」
「私が、その彼と一緒だったから?」
ヨルはそういうと、口の端をニヤリとあげて立ち止まった。直接には表現しない、行間の男と女のやり取りの匂いが、圭吾には鼻についた。
どうでもいい、と思う反面、そんな事を自分が気にすると思われているのが腹立たしかった。
どうしてやろうか考える。
考える圭吾をあの瞳が覗き込む。
「お金で何でも買えるんでしょ?」
「そうはいわないよ。ただ、金で世界が動いてるってだけだ」
「意味、違うの?」
「全然違う」
金で買えないものがあるのは知っている。例えば寿命や運命だ。だが、だといって金を否定する気にはなれない。なぜなら、金で世の中が動いている事実には変わりないのだから。
「でも、彼を買うことはできるでしょ?」
「できるけど」
圭吾はヨルを蹴飛ばすように、歩き始めた。彼女は「きゃっ」と縁起がかった声を上げ、左へよけると慌てて圭吾の後を追って走り出す。
「ちょっと待ってよ~。ヤキモチやいてんの?」
違うといったところで、認めはしまい。圭吾はそう見当をつけると振り返らずに歩き続けた。
しばらく彼女の不満の声が後頭部にすがり付いていた、が、うちの前につくころ
「……」
鍵を開け、ドアノブをまわした。振り返ると、ヨルの姿は再び消えていた。