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泥棒の猫 2

 進化という言葉がある。昨今は子どものゲームでも使われるようになった言葉だ。普く生物はそれを繰り返し、時の流れに寄り添いながら自らを、正確に言うと自らのDNAをもった子孫の能力をより優れたものに変化させ、自分が生きた証を繋ぐのだ。

 圭吾にとってその進化こそが、DNAという逃れようもない先祖から降りかけられる呪いだった。


「それ、難しい話?」


 ヨルは少し顔をしかめる。圭吾は「簡単な話だよ」と諭す。


「つまりは、俺の持つDNAの一族はその進化を意識的にできる一族なんだ」


「意識的?」


 圭吾は頷く。抱けと言わんばかりに自分に身を寄せるヨルに、意地でも触れまいと所存なくした手を頭の下で組んで、ごろりと仰向けになった。

 無表情の天井を見つめる。両親の顔が浮かんだ。どちらも冴えない、死人の顔だ。


「しかも、その能力はすべて受け継がれる。普通、進化の過程では退化するものもあってしかるべきなんだけど、それは、ないんだ。どんな能力であれ、全て、子孫に背負わされる。そして、その子孫も女なら初潮、男なら初めて夢精した後からはいつでも、自分の代から持つ能力を選び得ることができるんだ」


 できるだけ簡単に話したつもりだが、ヨルにはぴんと来なかったらしい。圭吾の胸にそのしなやかな腕を乗せて、言葉を一つ一つ辞書から拾うように口にする。


「つまり……ご先祖の力プラス、一個なにか力を持つって事?」


「まぁ、そういうこと」


「それって、何でもいいの?」


 ほぼ、何でもありだな、と思いながら圭吾は目を閉じた。物心ついたときから繰り返し聞かされた一族の悲劇は、思い出さずとも気さえ抜けば鮮明な色と生臭さをもって圭吾を飲みこむ。


「抽象的なのは、ダメだな。世界を滅ぼす、とか、逆に救う、とか。何をもってそうするのかわかんないだろ?」


「じゃ、例えば?」


 ヨルがようやく話にのってきたらしい。弾む声に、圭吾は彼女の顔を横目でちらりと見た。好奇心に輝く瞳は幼ささえ感じさせ、思わず頬を緩めそうになる。


「例えば……俺の祖母の能力はこれだった」


 ヨルの背中の向こうに見えるテレビを見る。再びゆっくりとテレビのスイッチに意識を集中させる。

 次の瞬間、暗闇に、青白い光が生まれた。

 ヨルが驚き振り返る。慌ててリモコンを探す視線に、圭吾は苦笑した。


「祖母は、若いころ戦争で足を亡くしたんだ。それで、この能力を望んだらしい」


「この能力って」


「手に触れなくても物を動かす力」


 映画やテレビではなんだか長ったらしい横文字の名前がこの能力につけられていたようにも思うが、圭吾は覚えていなかった。


「すごいじゃない!」


 興奮するヨルの声に


「別に、今の時代、リモコンあるし」


 とかわすように返答をする。実際、圭吾はこの能力を別段便利とは思っていなかった。普通に生活していて、こんな能力さして必要ない。せいぜい、このリモコンのないテレビの、電源を入れたりチャンネルを変えるくらいだ。


「他にもあるの? 幾つくらいあるの?」


 ヨルはそのまま眠ろうとする圭吾の肩をたたいた。痛くはないがうっとおしい。圭吾は小さくため息をつく。


「自分でもよくわからないよ。数えたこともないし、試したこともない。確かなのはせいぜい祖父母の代くらいまでのだよ」


 人の過去を覗く能力。未来を予知する能力。物を遠隔から動かす能力。そして、両親と父方の祖父の能力だ。


「お兄さんの一族って凄いんだね」


 ヨルのうっとりとした声が、夜に染み込んで滲んだ。一族、その単語に重苦しさを感じ、胸の奥底に潜む汚泥のような感情がかき回される。

 圭吾は思わず軽く唇をかむと、吐き捨てるように呟いた。


「生き残りは俺だけだけどな」


「え? どうして? 進化っていうなら、飛びぬけた一族じゃん。どうして生き物として最強の進化をする一族がラス1なわけ?」


「進化ゆえに、だよ」


 圭吾はそういうと、今度はしっかりヨルに背を向けて丸まった。毛布がよれて、ヨルが「寒い」と背中にしがみつき爪を立てる。


「どういうこと? だって、生きるための進化でしょ? 子孫を繁栄させるための力でしょ? なのに。もしかして、あのお金に関係あるの?」


 うるさいと思った。

 もう、これ以上何も言葉にしたくないと思った。

 確かなのは、圭吾の一族がこれまでにどのような選択をし、どれだけの能力を手に入れようが、世の中が金で動いていると言うことに変わりないという事と、自分は一人ぼっちと言う事実だけだ。


「ねぇ、教えてよ! それじゃ、お兄さんの選んだ能力ってなんなの? どうして何でも手に入るのにちっとも嬉しそうじゃないの?」


「黙れ。もう、朝まで口をきくな」


 思わず口走っていた。

 とたん、ヨルの声はピタリとやんだ。まるでテレビの音量を上げたかのように、薄っぺらな画面向こうからの笑い声が耳にクリアに入ってくる。

 もしかしたら……。振り返る。ヨルは声が出ないのか、口を何度か不満げに歪めていた。きっと、コレも先祖の誰かの能力だ。

 変な能力を必要とした時代もあったんだな。

 圭吾は妙に感心すると、怒った様子で背をむけ丸まるヨルを見つめた。

 そして、その背中に答えの代わりにそっと囁く。


「進化したって無駄なんだよ。世の中は所詮、金だからさ」


 ヨルの体がピクリと動いた気がした。しかし、振り向く気配はなく、圭吾はゆっくり肺の中の空気を抜くと、闇の底に沈むように目を閉じた。

 リモコンのないテレビの電源が手のひらを閉じるように、静かに消えた。

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