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人と人とのあはひに

作者: 槭
掲載日:2026/10/25

人は、人のためのみに在るものではない。

されどまた、己れ一人のためのみに在るものでもない。


人と人とが交はるとき、

そこには必ず、目には見えぬ何ものかの往来がある。


ある者は言葉を与へ、

ある者は笑ひを与へ、

ある者は知恵を与へ、

ある者はただ、その傍らに居ることによつて、

ひとときの安らぎを与へる。


されば私は、人との交りを尊ぶ。


然れども、交りとは、一方が己れを削り、

他方がただそれを受け取るためにあるものではない。


私が君のために時を費し、

力を費し、

心を費すならば、

私は君より金銭を求めるものではない。


ただ、君と語ることの楽しさ、

君を知ることの喜び、

君と時を同じくすることの意味、

そのいづれか一つでも、

私のうちに残つてゐてほしいのである。


それすら失はれたとき、

交りはいつしか友情ではなく、

一方のみが負ふ務めとなる。


私は、人に必要とされぬことを恐れてゐるのではない。


むしろ恐るべきは、

必要とされるといふ理由だけによつて、

己れの時間を差し出しつづけ、

己れの心が既にそこを去つてゐることに、

自ら気づかぬことである。


君が私を必要とすることと、

私が君と共に在りたいと思ふこととは、

同じではない。


君にとつて私が益ある者であらうとも、

それのみをもつて、

私が君の傍らに在りつづけねばならぬ道理はない。


人の縁とは、契約ではない。


昨日まで美しかつたものが、

今日には色褪せることもある。


昨日まで待ち遠しかつた声が、

今日には心を動かさぬこともある。


それを薄情と呼ぶ者もあらう。

恩知らずと呼ぶ者もあらう。


されど、人の心が移ろふことを罪とするならば、

我々は生涯、過ぎ去つた昨日に仕へねばならぬ。


私はそれを望まない。


己れの価値を疑つて消えるのではない。


君の価値を貶めて去るのでもない。


ただ、君と私とのあひだにあつたものが、

もはや以前と同じ形ではないと知るのである。


ならば私は、無理にその場所へ居座るまい。


与へることが苦となり、

受け取るものもなく、

それでもなお昔の名残のみを理由として繋がるなら、

その縁は既に、縁そのものを守るための縁となつてゐる。


人は誰かの役に立つためだけに生きるのではない。


されど私は、

誰かと時を共にするならば、

そこに何ものかを見出したい。


笑ひでもよい。

安らぎでもよい。

刺激でもよい。

好奇心でもよい。

ただ黙つて同じ夜を過ごすことでもよい。


そこに互ひの何ものかがあるならば、

私はその縁を大切にしよう。


だが、もし何もなくなつたなら、

私は己れを責めず、

君を責めず、

ただ静かに席を立たうと思ふ。


別れとは、必ずしも憎しみではない。


時にはそれは、

終つたものを、終つたまま美しくしておくための、

最後の礼儀なのである。

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