人と人とのあはひに
人は、人のためのみに在るものではない。
されどまた、己れ一人のためのみに在るものでもない。
人と人とが交はるとき、
そこには必ず、目には見えぬ何ものかの往来がある。
ある者は言葉を与へ、
ある者は笑ひを与へ、
ある者は知恵を与へ、
ある者はただ、その傍らに居ることによつて、
ひとときの安らぎを与へる。
されば私は、人との交りを尊ぶ。
然れども、交りとは、一方が己れを削り、
他方がただそれを受け取るためにあるものではない。
私が君のために時を費し、
力を費し、
心を費すならば、
私は君より金銭を求めるものではない。
ただ、君と語ることの楽しさ、
君を知ることの喜び、
君と時を同じくすることの意味、
そのいづれか一つでも、
私のうちに残つてゐてほしいのである。
それすら失はれたとき、
交りはいつしか友情ではなく、
一方のみが負ふ務めとなる。
私は、人に必要とされぬことを恐れてゐるのではない。
むしろ恐るべきは、
必要とされるといふ理由だけによつて、
己れの時間を差し出しつづけ、
己れの心が既にそこを去つてゐることに、
自ら気づかぬことである。
君が私を必要とすることと、
私が君と共に在りたいと思ふこととは、
同じではない。
君にとつて私が益ある者であらうとも、
それのみをもつて、
私が君の傍らに在りつづけねばならぬ道理はない。
人の縁とは、契約ではない。
昨日まで美しかつたものが、
今日には色褪せることもある。
昨日まで待ち遠しかつた声が、
今日には心を動かさぬこともある。
それを薄情と呼ぶ者もあらう。
恩知らずと呼ぶ者もあらう。
されど、人の心が移ろふことを罪とするならば、
我々は生涯、過ぎ去つた昨日に仕へねばならぬ。
私はそれを望まない。
己れの価値を疑つて消えるのではない。
君の価値を貶めて去るのでもない。
ただ、君と私とのあひだにあつたものが、
もはや以前と同じ形ではないと知るのである。
ならば私は、無理にその場所へ居座るまい。
与へることが苦となり、
受け取るものもなく、
それでもなお昔の名残のみを理由として繋がるなら、
その縁は既に、縁そのものを守るための縁となつてゐる。
人は誰かの役に立つためだけに生きるのではない。
されど私は、
誰かと時を共にするならば、
そこに何ものかを見出したい。
笑ひでもよい。
安らぎでもよい。
刺激でもよい。
好奇心でもよい。
ただ黙つて同じ夜を過ごすことでもよい。
そこに互ひの何ものかがあるならば、
私はその縁を大切にしよう。
だが、もし何もなくなつたなら、
私は己れを責めず、
君を責めず、
ただ静かに席を立たうと思ふ。
別れとは、必ずしも憎しみではない。
時にはそれは、
終つたものを、終つたまま美しくしておくための、
最後の礼儀なのである。




