第3話:三十一人目の拍手(後編)
音楽室。
夕日が差し込み、長い影が床に伸びている。
「松井先生、このテープ……」
一ノ瀬が差し出す。
「あら……懐かしいわね」
松井先生はそれを見て、すぐに理解したように頷いた。
「再生すればいいのね」
カチリ、と音が鳴る。
――流れ出す声。
ピアノのない、むき出しの合唱。
少し不揃いで、それでもまっすぐな歌声。
「先生」
一ノ瀬が静かに問う。
「この録音は……」
最後まで言わずとも、伝わった。
松井先生は、ゆっくりと目を細める。
「……あの日ね」
静かな声。
「成瀬くんが、教室に来たのよ」
「……!」
空気が止まる。
「ほんの数時間だけ。体調が良くてね」
「山根先生が、車椅子で連れてきたの」
歌声が、教室の空気をそのまま運んでくる。
笑いそうになる声。
少し外れる音程。
生きている音。
「でも」
松井先生は続ける。
「彼は一番後ろにいた」
「みんなに気を遣わせたくないって」
「……」
「誰も、気づかなかった」
一ノ瀬の指が、強く握られる。
「だから山根先生は――」
一拍。
「マイクを、あの子の膝の上に置いたの」
「“ここにいた証拠を残そう”って」
歌が終わる。
椅子の音。
机を引く音。
誰かの笑い声。
そのすぐ側で。
――パチ。
小さな音。
――パチ……パチ。
震えるような拍手。
弱くて、遠くて。
それでも確かに、そこにある。
「……ッ」
一ノ瀬の呼吸が止まる。
「……いたんだ」
ぽつりと零れた。
涙が落ちる。
「彼は、ここにいた」
声が震える。
「同じ教室に」
「同じ時間に」
拳が、床に触れる。
「ずっと……見てたんだ……!」
喉が詰まる。
「みんなのことを……!」
息が乱れる。
「それなのに……!」
絞り出すように。
「見えていたのに……!」
声が震える。
「誰にも……見られなかった……!」
静寂。
テープは、そこで途切れた。
夕日だけが、静かに差し込んでいる。
冷泉が、ゆっくりと口を開く。
「……これで確定ね」
一ノ瀬は、顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
「山根先生が探しているもの」
一拍。
「それは、タイムカプセルじゃない」
「ああ」
一ノ瀬が頷く。
震えながらも、はっきりと。
「――届かなかった声だ」
光の中、埃が舞う。
「迎えに行こう、冷泉」
静かな声。
だが、強い。
「見えていたのに、誰にも届かなかった“遺言”を」
遺言部は――
ついに、その核心へ辿り着いた。
第3話(後編)を読んでいただきありがとうございます。
「見えていたのに、見られなかった存在」。
その事実に、少しでも何か感じていただけたなら嬉しいです。
次はいよいよ、山根先生のもとへ。
この“届かなかった声”を、遺言部がどう届けるのか――。
もし続きが気になった方は、ぜひ第4話も読んでいただけると嬉しいです。




