第3話:見えていたはずの景色(前編)
「……一ノ瀬、何を探しているの?」
資料室の扉を開けた瞬間、冷泉が呆れたように言った。
だが一ノ瀬は答えない。
棚から段ボールを引きずり出し、中身を床にぶちまける。
紙、紙、紙。
埃が舞う中、彼は膝をついた。
「違和感の正体だよ……!」
「違和感?」
冷泉が腕を組む。
「“関わりがない”人間のことを、あそこまで具体的に語れるはずがない」
一ノ瀬は手を止めない。
「大迫さんは言った。“思い出もない”“話したこともない”って」
「ええ」
「なのに、“いつも保健室にいた”と断言した」
一ノ瀬の声が低くなる。
「これは、おかしい」
静寂。
「……記憶の補完かもしれないわ」
「違う」
即答だった。
一冊の冊子を引き抜く。
「人は、“見ていないもの”は覚えていない」
床に広げる。
『平成九年度・校内平面図』
「でも――“見慣れた風景”は、無意識でも記憶に残る」
指が、二階をなぞる。
「三年B組……ここ」
そのまま下へ。
「……保健室」
さらに横へ。
「そして――購買部」
冷泉の視線が鋭くなる。
「それだけじゃ弱いわね」
「ああ。だからこれだ」
一ノ瀬は別の箱から冊子を引き抜く。
古びた学級新聞。
ページをめくる。
一枚。
また一枚。
そこに繰り返し現れる同じ少年。
「……大迫さん」
焼きそばパンを掲げて笑っている。
同じ場所。
似た構図。
掲載頻度が異様に高い。
「彼は“ここにいた時間が長い”」
図面を指で叩く。
「つまり、この位置に繰り返し立っていた」
指が、一直線に伸びる。
「この視線の先に――」
保健室の窓。
空気が変わる。
「……見えていたのね」
冷泉が呟く。
「ああ」
一ノ瀬が頷く。
「毎日、無意識に」
目を細める。
「列に並びながら、何気なく外を見る」
「その視界の端に――」
一拍。
「彼がいた」
言葉が落ちる。
「でも“存在”として認識されなかった」
拳が震える。
「ただの“風景”として処理された」
冷泉が小さく息を吐く。
「……だから“関わっていない”と思い込んでいる」
「ああ」
一ノ瀬の声が低くなる。
「でも記憶には残った」
「“見えていた”から」
沈黙。
重い理解が落ちる。
「……それでも」
冷泉が言う。
「それだけじゃ、“いた証拠”にはならない」
「わかってる」
一ノ瀬は再び書類を漁る。
その時。
「……待って」
冷泉の声。
床に落ちていた紙を拾い上げる。
「これ……」
見覚えのある紙。
山根先生が持っていた、出席簿のコピー。
その裏面に。
かすれた手書き。
『校歌練習 録音テープ 音楽準備室』
「……!」
一ノ瀬の動きが止まる。
「最初から……残していたのか」
小さく呟く。
「思い出せなかったんじゃない」
震える声。
「辿り着いてほしかったんだ」
一ノ瀬が立ち上がる。
「行こう」
「場所は?」
「音楽準備室。校歌練習の記録なら、そこにあるはずだ」
迷いのない声。
「……合理的ね」
二人は資料室を飛び出した。
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ここから先は後編へと続きます。
成瀬健一が「どこにいたのか」、そしてその証拠が明らかになります。
この続きは第3話(後編)にて。




