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第2話:欠番の少年と、見えていたはずの景色

放課後の商店街。


夕刻のチャイムが、遠くで鳴っていた。


「……また来たのかよ」


暖簾をくぐった瞬間、露骨に嫌そうな声が飛んでくる。


大迫クリーニング店。


店主の大迫は、スチームアイロンを握ったまま、二人を睨みつけていた。


「言っただろ。タイムカプセルはもうねえ。終わった話なんだよ」


だが、一ノ瀬は反論しなかった。


代わりに、静かに一枚の写真をカウンターに置く。


「今日はその話じゃありません」


古びた学級写真。


二十年前の三年B組。


「僕たちが知りたいのは――この写真の“外”です」


指が示したのは、写真の端。


窓の外。


ぼんやりと立っている、ひとりの少年。


「……成瀬健一」


大迫の手が、わずかに止まる。


「……ああ、いたな」


興味なさそうに吐き捨てる。


「でも、話すことなんて何もねえよ」


「何も、ですか?」


「修学旅行も来ねえ、体育祭も来ねえ。

いつも保健室か病院だ」


淡々と続く言葉。


「クラスの誰とも喋ってない。

思い出もない。……ただの欠番だ」


――欠番。


その言葉に、一ノ瀬の指がわずかに震えた。


「彼は……亡くなっているんですね?」


冷泉の問いに、大迫は視線を逸らす。


「二月の終わりだ。雪の日だったな」


短い沈黙。


「葬式には一応行ったよ。クラス全員でな」


そして――


「でもな」


大迫は、自嘲するように笑った。


「泣いてる奴なんて一人もいなかった」


「……」


「喋ったこともねえ奴が死んでも、実感なんて湧かねえよ」


その言葉は、あまりにも軽かった。


「帰りにマック寄ってさ、“明日テストだな”って話してた」


淡々とした現実。


「それが俺たちの三年間だ。あいつは最初からいなかった」


――その瞬間。


「……っ!!」


一ノ瀬の体が、びくりと震えた。


ぽたり、と。


涙がカウンターに落ちる。


「……いなかった?」


声が、低く震える。


「本当に、そう思っているんですか?」


「は?」


一ノ瀬が顔を上げた。


瞳が、異様な熱を帯びている。


「彼はそこにいたんです」


一歩、踏み出す。


「あなたが廊下を走る音を、笑い声を、全部聞いていた」


「……」


「保健室で、一人で」


言葉に、熱が宿る。


「その輪に入りたいと、思いながら……!」


気づけば、一ノ瀬は泣いていた。


それでも敬語は崩れない。


だが、その声には確かな怒りがあった。


「あなたは、本当に“見ていなかった”んですか?」


大迫は、何も言えなかった。


店内に、重たい沈黙が落ちる。


「……行きましょう」


冷泉が静かに言った。


「ここには、もう何もない」


外に出ると、冬の空気が刺さるように冷たかった。


歩道橋の上。


一ノ瀬は、手すりに掴まりながら俯いていた。


声は出さない。


だが、肩が震えている。


「……一ノ瀬」


冷泉は淡々と手帳を開く。


「大迫さんの言葉は合理的よ。

関わりがなければ、記憶も感情も生まれない」


「……違う」


一ノ瀬が、顔を上げた。


目は真っ赤だ。


だが、その奥には――別の光。


「違うよ、冷泉」


ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「“いなかった”んじゃない」


一拍、置いて。


「――“隣にいた”んだ」


「……何を言っているの?」


冷泉が眉をひそめる。


「矛盾がある」


一ノ瀬は即答した。


「大迫さんは言った。“関わりがない”って」


「ええ」


「じゃあ、どうして――」


一ノ瀬の声が、わずかに強くなる。


「彼が“いつも保健室にいた”って知っている?」


「……!」


冷泉の目が見開かれる。


「接点がないなら、“存在”ごと薄れるはずだ」


一ノ瀬は歩道橋の階段を駆け下りた。


「でも、覚えていた」


振り返る。


「それはつまり、“見えていた”ってことだ」


「一ノ瀬……まさか」


「資料室だ」


即答。


「二十年前の“構造”を調べる」


その瞳は、完全にスイッチが入っていた。


「彼がいた“場所”を特定する」


夕日が、長く影を伸ばす。


「必ず――見つけ出す」


そして。


遺言部は、過去へと潜り始める。


第2話を読んでいただきありがとうございます。


「いなかったはずの少年」が、なぜ記憶に残っているのか。

次話で、その“場所”と“証拠”に踏み込みます。


続きが気になった方は、ぜひ第3話も読んでいただけると嬉しいです。

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