表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第6話 :言葉の調律(中編)

12月22日。

 放課後のグラウンドには、冬の西日を受けて、サッカー部員たちの影が長く伸びていた。


 その光景を、部室棟の屋上から双眼鏡越しに観察している男がいる。


「……右足首のテーピングが昨日より一巻き多い。踏み込みに僅かなラグ。集中力は限界に近いね」


 一ノ瀬涙は、静かに呟いた。


「彼の中で、“行く未来”と“置いていく何か”が、ちょうど拮抗してる。……五分五分だ」


 隣では、折りたたみ椅子に腰掛けた冷泉凛が、本のページをめくる手を止めずに言った。


「分析はいいから、さっさと協力者を捕まえなさい。不審者として通報される前にね」


「ひどい言い草だな……」


 一ノ瀬は苦笑しながらも、屋上を飛び出した。



 グラウンド脇。

 練習を終えたサッカー部員たちが引き上げてくる中、目当ての人物を見つける。


「佐々木くん、少しいいかな」


「うおっ!? ……なんだ一ノ瀬か」


 呆れた顔をしながらも、佐々木は人気のない用具倉庫の裏へと付き合ってくれた。


「瀬戸のことだろ?」


「話が早くて助かるよ」


 佐々木は肩をすくめた。


「……あいつ、昨日からずっと変だよ。練習中もさ、有馬がいつも座ってたベンチを何回も見てんだ。でも当然いないから、そのたびに露骨にテンション落としてる」


「……なるほど」


「なのにさ、本人は『見送りに来るな』って言ってんだぜ? 自分で切ってんのに、未練タラタラ。ほんとバカだよな」


 一ノ瀬は、ふっと笑った。


「自己犠牲という名の独りよがり、か」


 そして、静かに問いかける。


「佐々木くん。サッカーで一番難しいプレーって何だと思う?」


「は? ……そりゃスルーパスだろ。相手の未来の動きにピンポイントで合わせるやつ。強すぎても弱すぎてもダメなやつ」


「それだよ」


 一ノ瀬の目が、鋭く光る。


「二十四日の夜、僕がその“パス”を出す。君には、その起点になってほしい」


「……は?」


「瀬戸くんを、確実にある一点へ誘導する。そのために、君の協力が必要なんだ」


 少しの沈黙のあと、佐々木は大きく息を吐いた。


「……面白そうじゃん。やるよ」



 一方、遺言部の部室。


 そこでは、まったく別の戦いが行われていた。


「……これはダメね」


 冷泉凛は、机の上に置かれた便箋を見下ろし、そう断じた。


 有馬詩織の書いた手紙。

 そこには、「さようなら」と「ごめんね」が何度も繰り返されていた。


「あなたのこの文章、全部“逃げ”よ」


「……っ」


「『ごめんね』は自己保身。『さようなら』は思考停止。どちらも、相手に何も残さない」


 冷泉の言葉は冷たい。

 だが、その一つ一つが的確だった。


「私は、彼に迷惑をかけたくなくて……」


「それがもう迷惑なのよ」


 即答だった。


「あなたは彼の人生を“勝手に守ろうとしている”。それは優しさじゃない。ただの支配よ」


「……!」


 有馬の呼吸が乱れる。


「いい? 言葉はね、相手の未来に影響を与える“力”なの」


 冷泉は一歩、距離を詰めた。


「だったら、その力を最大効率で使いなさい。中途半端な感情で濁すな」


 そう言って、机の上の便箋をまとめて破り捨てた。


「……っ、あ……」


「書き直しなさい」


 静かに、だが絶対的に逆らえない声音だった。


「あなたが本当に伝えたいものは何? “別れ”じゃないでしょ」


 有馬は震える手で、ペンを握り直した。


「……私は……」


 言葉が出ない。


「怖いんです。伝えた後に、何かが変わってしまうのが」


「変わればいいじゃない」


 冷泉はあっさりと言った。


「変わらない関係なんて、最初から死んでいるのと同じよ」


 その言葉に、有馬の目が大きく揺れる。


「あなたの“好き”は、そんなに軽いものなの?」


 静かな問い。


「違います……!」


 絞り出すような声だった。


「じゃあ書きなさい」


 冷泉は紅茶を差し出した。


「彼を肯定する言葉を。彼がどこへ行っても、自分を見失わないための“核”になる言葉を」


 有馬は、ゆっくりと頷いた。


 そして——ペンが、動き出す。



 23日の夜。


 一ノ瀬は、机いっぱいに地図と時刻表を広げていた。


「……瀬戸くんは、有馬さんから逃げる。でも、“自分の問題”からは逃げない」


「だから、そこを突くのね」


「うん。彼のプライドと好奇心を利用する」


 一ノ瀬は一枚の紙を取り出した。


「偽の脅迫状だよ。彼が無視できない内容にしてある」


「最低ね」


「最高の褒め言葉だ」


 冷泉は小さく息を吐いた。


「で、有馬さんは?」


「あなたに任せる」


「当然よ」


 そう言って、冷泉は一通の封筒を机に置いた。


 真っ白な封筒。


「……三行よ」


「三行?」


「ええ。それ以上は蛇足だって、彼女が自分で気づいたわ」


 一ノ瀬は、それを見て小さく笑った。


「いいね。完璧だ」


「ええ。残酷なほどにね」



 12月24日。


 すべてが動き出す日。


 一ノ瀬、冷泉、有馬。


 三人の視線が、同じ未来を見据えていた。


「……準備はいい?」


 一ノ瀬が問いかける。


「ええ」


「……はい」


 震えながらも、有馬は頷いた。


 その手には、“遺言”ではない手紙が握られている。


 それは——


 未来へと投げるための、たった三行の言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ