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失恋(転生)令嬢と失恋王子、やけくそワルツで伝説になる。

掲載日:2026/01/11

「私はリックさまをお慕いしています!

 いいこと!? 今日からあなたと私はライバルですからねっ!

 これまでのように馴れ馴れしく話しかけてきませんように!!」


 二人きりの裏庭。

 ノエミ・フラッツィ伯爵令嬢はレースの付いた扇子を目の前にいる少女にビシッと突き付け、高らかに宣言をした。

 目の前にいる少女――ミナ・カーシェン男爵令嬢。ふわふわのキャラメル色の髪に桃色の瞳、守ってあげたくなるヒロインそのものといった容姿を持っている。

 彼女は何を言われているのかわからないと言わんばかりだ。ただただ口をあんぐり開けてぽかんとしていた。

 その表情を見て、ノエミは達成感を覚える。


(い、言い切ったー! ゲーム通りのセリフを言い切ったわ!)


 ここはとある乙女ゲームの世界。

 ノエミは『ライバル令嬢ノエミ・フラッツィ』に転生する前は、現代世界に生きる病弱な少女だった。

 病院のベッドで乙女ゲームをやりながらそのまま死んでいった記憶がある。ステータスを上げ、攻略キャラの登場するポイントに移動しては好感度を上げ、フラグを立ててイベントを楽しんだ。好感度や選択肢によって変わるセリフを聞いた。かなりやりこんだゲームである。


 その中に出てくるライバル令嬢、ノエミ。

 彼女はヒロインの友人ポジションなのだが、攻略対象である侯爵令息リック・サンドストレームの好感度が一定以上にあると冒頭の通りに『ライバル宣言』をしてくる。

 これまで仲が良かったノエミとヒロインは冷戦状態になるのだ。

 転生令嬢であるノエミはゲーム通りにそのイベントをこなしたところだった。


「ノ、ノエミ様、あたしはそんな――」

「お黙りなさい! とにかく、今後は気安く私には話しかけないでね!」


 ミナの言葉を遮り、「ふんっ」と鼻を鳴らして踵を返すノエミ。

 ずかずかと大股になって庭園を後にするのだった。


(ああああごめんねごめんね、ごめんねミナ~~~!!)


 去りながらノエミは心の中で滝のような涙を流す。

 これはゲーム通りだからと思いながらその場を去っていった。


 今後、ミナに対するリックの好感度が一定以上に上がるか特定のイベントをこなせば、ノエミがミナに対して『敗北宣言』をし、謝罪をして仲直り。

 一方、条件を達成できなければ、ノエミとリックが親密になりミナが負けた形になってしまう。ノエミが「何だか色々ごめんなさいね(意訳:リック様と良い感じになったので仲直りしましょ)」と言い、自動的に冷戦状態が解かれる。

 後者の場合、ゲーム中のノエミの発言に対してプレイヤーとしては「はあ? なんだこいつ」と思ったものだが、他のライバル令嬢の態度もほぼ同じだった。これはゲームの仕様上しょうがない。

 ゲームに登場するライバル令嬢はノエミの他にあと二人いる。

 ノエミはダンスが得意な体力枠のライバル。あとの二人は文学枠と流行オシャレ枠だ。

 友人関係でいる間は、どの令嬢も本当にいい子なのだが――ライバルフラグが立った途端に、『女の嫌な部分』を見せてくるのがプレイヤー間では賛否両論だった。

 前世のノエミは賛否どちらでもなかったが、三人とほぼ同時期に冷戦状態へ突入した時は流石に悲鳴を上げた。

 そんなことを思い出しながら、小さく息を吐く。


(まぁ、何故かミナの友達は私しかいないみたいなのよね。

 ……他の二人と一緒にいるのを見ないから、多分出会ってないんだろうな……)


 お互い他にも友人と呼べる相手はいる。

 けれど、ヒロインとライバル令嬢たちは『親友エンド』が用意されている関係だ。

 転生した身とは言え、ノエミにとってミナは既に特別な存在になっていた。


(……いい子だし、一緒にいて楽しいし、……普通に好きなんだよねぇ)


 友人としては大好きだ。

 ゲームや前世のこと抜きにそう思う。

 ただ、恋愛が絡むとこんなにも憎らしくなるとは思わなかった――。

 大きくため息をつきながら校内に戻る。

 廊下の向こう側から、一人の青年が歩いてきた。

 その姿を見て、ノエミの心臓がドキッと跳ねる。

 思わず立ち止まってしまうと、彼は不思議そうにノエミを見つめて首を傾げた。


「……あれ? ノエミ嬢? ……ミナは一緒じゃないの?」


 サラサラの黒髪。深い紫の目。

 面倒くさがりでやる気がなくてサボり魔。しかし、実力と才能はピカイチ。

 彼が持つ空気は穏やかで緊張感がなく、傍にいるとついつい力が抜けてしまう。

 ゲームの設定に倣い、彼が中庭で昼寝をしているのを見つけ出しては授業に出るように言う――そんなことを繰り返しているうちに、彼を自然と目で追うようになってしまった。

 気怠げな目で見つめられるとどうしても緊張してしまう。

 緊張を紛らわせるように長い紫の髪の毛を指で弄びながら、赤い目を気まずげに逸らす。


「さ、先程分かれたところですわ。……リック様、今日はまだ帰りませんの?」

「昼寝から起きたのがさっきなんだよね。で、ミナに教科書借りたの忘れてて、返そうと思って探してたんだよ。

 ……そうだ、ノエミ嬢。君から返してくれない?」


 仲が良いんだからいいでしょと言わんばかりの態度だった。

 普段なら喜んで請け負うところだが――先程ライバル宣言をしてきたばかりなのだ。

 ノエミは気まずさを隠しながら首を振った。


「ごめんなさい、今日はもうすぐ帰らないといけなくて」

「別に返すのは明日でも良いんだけど」

「――っ。ご、ごめんなさい!」


 そう言ってノエミは走り出し、リックの横を通り過ぎていった。

 リックはぽかんとしながら「え、何で?」と不思議そうに呟いていたが、ノエミにはそれを気にする余裕などなかった。


(ごめんなさいいいいい! 流石に今の状態で教科書を返すとか無理です、無理!!)



◇ ◇ ◇



 ノエミは屋敷に戻るやいなや自室に駆け込んだ。

 ベッドに倒れ込み、死んだように横になる。

 吸って、吐いて、と呼吸を繰り返すだけだ。


(ノエミとして生きてきたから当然なんだけど……。

 リック様のことをこんな風に好きになるなんて思わなかったわ。

 ……学園に入学するまでは、自分の役割だけをこなそうと思っていたのに……)


 乙女ゲームの世界だと知った時、ノエミは浮かれるばかりだった。

 魔法が使えるファンタジーな世界。

 授業やイベントの一環で戦闘はあるが、それはただの恋愛のエッセンス。世界を救うだの魔王を倒すだのという危険性は一切ない。

 ゲームの舞台となる貴族向けの魔法学園での時間は一年だけ。その間だけ、自分の役割を忘れなければ、悠々自適な伯爵令嬢ライフだった。


 しかし。

 リックと出会ってしまった。

 ゲームキャラクターとしてリックのことは好きだったが、それはあくまでも二次元の世界に限定したもの。

 ここがゲームの世界で、ゲームの内容を熟知しているノエミが本気でリックに恋をしてしまうなんて思わなかった。


(それでもちゃんと役割をこなして、ライバル宣言をしたんだから誰かに褒めて欲しいくらいだわ)


 実は、ギリギリまで迷っていた。

 ライバル宣言などせずに、他の攻略対象とくっつくように誘導すれば良いのでは、と。

 ただ、それは何となく卑怯だと思った。

 そして何故か――ミナが自分のリックへの気持ちを知らないまま彼と恋に落ちたら、と思うとたまらなかった。


(そうか~。私も好きなのよ、って知って欲しかったのか~……。

 ……それに、リック様と結ばれるためにはライバル宣言は必須だしね……。

 どっちしても卑怯だったわ、私は……)


 何となく見えてなかった自分の気持ちが見えてきて、迷った末にゲーム通りの行動をした自分に納得した。

 ごろりと仰向けになり、天井を見つめる。

 ふっと息を吸い込み、勢いをつけて起き上がった。


(でも!!)


 ベッドの上に立ち、ノエミはにやりと笑う。

 その笑みは、まるで勝利を確信しているようだった。


(私の見立てではミナと明確にフラグが立っているのは間違いなくディーン王子よ!

 もうかなりイベントはこなしてるっぽいし、告白条件だって満たしてるはず!

 今日のミナの反応だって”え? あたしはディーン王子が好きなんですけど?”って反応に違いないわ!)


 そう考え、ノエミは声を殺して笑った。

 ディーン・ブライトウェル。この国の第一王子で、メイン攻略対象。

 幼い頃にミナと会っており、二人は無意識に惹かれ合う――という設定がある。王子と言うだけあって攻略難易度は高いが、強制イベントが多いので、それらを外さないこととステータス上げをサボらなければいけるはずである。

 ノエミは既にミナとディーンが何度も逢瀬を重ね、フラグに該当するイベントは発生しているようだ。


(王子とくっつくってことはリック様は失恋するってことで……それはそれで複雑……)


 複雑な心境である。

 リックには幸せになって欲しい。しかし、ゲームで見たリックの幸せのためにはミナは必要不可欠である。

 しかし――と、堂々巡りの思考に陥ってしまった。


 直後にメイドが「お嬢様」と呼びに来たおかげで思考は中断され、現実に戻ることが出来たのだった。



◇ ◇ ◇



 そして翌日。

 朝から、ミナとリックの姿を探す。

 リックは低血圧のため、朝見かけることは少ない。

 丁度視線の先――ミナがディーンと並んで歩いているのを見て、ノエミは目を輝かせた。


(ほーらねー! やっぱりミナはディーン王子といい感じなのよ!

 これで学園祭の後夜祭でディーン王子からミナが告白を受けるのは間違いなし!)


 ノエミは口元を扇子で隠して、伯爵令嬢らしからぬ笑みを浮かべる。

 ゲームのラストは学園祭の後夜祭だ。

 そこで花火をバックに告白を受ける――というのがラストイベントだった。

 ――その前に別のイベントがあるのだが、ノエミの中からは完全に消えている。


 ふと、ディーンと並んで歩いているミナがノエミを振り返った。


「……あ、ノエミ様」


 バチ、と目が合う。

 ノエミはびくっと肩を震わせてから、「ふん」と顔を背けた。

 ゲームでもノエミはこういう態度だったのだから、これでいいはずだ。

 心がチクリと痛むのを感じながら、ミナを無視して教室へと向かった。


 ミナとは別のクラスだ。

 脇目も振らず、ズカズカと廊下を歩いていくと周囲の人間がさぁっと道を開けていく。周囲が思わず避けてしまうような雰囲気が、今のノエミになあった。

 他の人が避けてくれているなんて頭にないノエミは教室に入ろうとしたところで、誰かにぶつかる。


「きゃっ!?」

「おっと」


 バランスを崩して転びそうになったところで、誰かに体を支えられる。

 淑女らしからぬ行動をしてしまったと慌てて顔を上げ――凍りついてしまった。


「大丈夫? ノエミ嬢」

「リ、リック様?!」

「前見ないと危ないよ。気をつけてね」


 朝からリックがいるとは思わなかった。慌ててリックから離れ、ガバっと頭を下げる。


「も、申し訳ございません。考え事をしておりまして……」

「いいよ、気にしないで。

 でもさ、昨日からなんか様子がおかしいけど……何かあった? 大丈夫?」


 そう言ってリックが微かに首を傾げる。

 リックは常にポーカーフェイスで何を考えているのかよくわからない。けれど、今は恐らくノエミを心配しているのだろう。

 それが伝わってきて、ノエミの頬は自然と赤くなった。


「いえ、何も……大したことじゃありませんわ!」


 ノエミは無理をして笑う。

 昨日のミナの表情、朝のミナとディーン、そして目の前にいるリック――。

 あれこれ考えが駆け抜けていき、本当に昨日の行動は正しかったのかと迷いが生じていた。だからと言って、今更撤回もできないのだけど。

 リックはじーーーっとノエミを見つめる。

 何でもない顔をしてリックの視線を受け止めた。


「……。ふーん、ならいいけどね。

 ただ、そんなんだと俺が調子狂っちゃうから、早めにいつものノエミ嬢に戻ってね。――じゃ」


 ひらひらと手を振って去っていくリック様の背中を見送りながら、ノエミは呆然と立ち尽くす。


(調子が狂う……? それって、私の態度一つでリック様のペースが乱れるってこと!?)


 そんなことを考えた後、ノエミはぶんぶんと首を振った。

 流石にそれは考え過ぎだ。

 ゲームでは基本、好意はヒロインのみに向かう。現時点でノエミを意識しているのは有り得ない。

 ノエミは自分にそう言い聞かせつつも、どこか期待する自分を否定できないでいた。



◇ ◇ ◇



 『ライバル宣言』をしたものの、ノエミは生来の人の良さ故に嫌がらせらしい嫌がらせはほとんどできないまま、時は過ぎる。

 時折、ミナがノエミに恐る恐る話しかけてくるのを「ふん!」と鼻を鳴らして無視するのが精一杯だった。

 寂しそうに俯くミナの様子に心が痛むが、これも必要なことだと自分に言い聞かせていた。


 そんな中、いよいよゲームの最終イベントである学園祭が迫っていた。

 ノエミとミナの決着はまだついておらず、冷戦状態が続いている。

 状況に胸を痛めているものの、冷戦を解く決定打がないのだ。


(今日もディーン王子がミナに話しかけていたし、ミナも楽しそうにしていたし……王子エンディングは間違いないわ)


 ノエミは楽観的だった。

 あれから、昼寝をするリックを探しては授業に戻るように説得するという日々が続いている。リックは面倒くさそうにしながらもノエミの言うことを聞いてくれているし、魔法騎士としての才能と実力を開花させようとしていた。

 全てが順風満帆にのはず、だった――。


 その日。

 学園が管理している『魔の森』でのモンスター退治演習だった。

 魔法が使える貴族はいざという時に領地や民を守ったりするため、攻撃魔法が使えるように訓練することになっているのだ。学園の授業の中にもそういった講義や演習がいくつかある。

 ノエミは『魔の森』を目の前にして、足を止めた。


(あ、あら? このイベントって――……)


 ゲームのことを思い出す。

 ライバル令嬢の『敗北宣言』。すなわち自分の想いを諦めて、退くための宣言。

 そう、そのイベントは丁度こんな感じで始まっていた、ような……。


 ぼんやりしていると、森の方から悲鳴が上がった。

 猪の数倍はある大きな魔獣が森の中から突進してきたのだ。

 慌てふためく生徒たち。教師が「落ち着いて!」と叫ぶが、誰も聞いてはいなかった。


(そうだわ、このあと……)


 ノエミは動けなくなっていた。

 自分に向かってくる魔獣の恐ろしさ、この出来事の意味、これまでの記憶。

 それらが頭の中を支配してしまい、逃げるということも攻撃するということもできなくなっていた。


「ノエミ様ッ!!!!」


 悲鳴のような声を上げて、横からノエミを突き飛ばしたのはミナだった。

 ノエミのいた場所にミナが倒れ込む。

 ミナを振り返り、咄嗟に口を開いて出た言葉は、


「馬鹿なの!?」


 感謝ではなく、罵倒。

 なのに、ミナは笑った。

 魔獣が迫っているというのに、ミナはノエミを見つめて心の底から安堵した笑みを見せた。


「あたし、ノエミ様のこと、大好きですから」

「ミ――」


 名を呼ぼうとした瞬間、ガキンッ! と鈍い音が響いた。

 倒れ込んだミナと魔獣の間に立つ痩躯の青年。

 ――リック・サンドストレーム。

 彼は魔力を纏わせた細身の剣で、魔獣の牙を受け止め、突進を止める。

 次の瞬間、剣を覆う風の力が増し、一瞬にして魔獣を斬り伏せてしまった。


「全く……二人とも何してんだか。あれくらいどうにかできたでしょ。

 危なっかしくて見てらんないんだけど」


 何でもないように軽く笑うリック。

 その顔に見惚れていると、不意に誰かに抱きつかれた。


「ノエミ様ッ……良かった、良かったぁ……!」

「な、なんで……なんで助けたのよ! 私があなたに何をしたのか忘れたの?!」

「そんなの関係ないです! ノエミ様があたしを嫌いでも、あたしはノエミ様を無視するなんてできません!

 い、一ヶ月も、ずっと無視されて……さ、寂しくて、泣きそうでっ……。

 さっきの魔獣のせいで、もし、ノエミ様と二度とお話できなくなったらと思ったら……!」


 ミナが涙を流しながら、ぎゅうぎゅう抱き着いてくる。

 ノエミはミナの言葉を聞いて、ただ呆然としていた。


「……魔獣に襲われるところだったのに喧嘩してるの? ま、元気そうで良かったけど」


 リックが心配なのか冷やかしなのかわからない言葉を口にした。

 声に誘われて視線を向けると、リックは「しょうがないなぁ」と言わんばかりに肩を竦めている。

 彼の視線は真っ直ぐにミナに向かっており、紫の目は優しく穏やかに彼女を見つめていた。


(……ああ。最初から、私の入り込む隙なんてなかったのね……)


 そこで初めてノエミの目から涙が溢れた。

 ミナの体をゆっくりと抱き締め返す。応えるように、ミナの腕に力が込められた。


「ミナさん、あなたには敵わないわ……。本当にごめんなさい。馬鹿な私を許してちょうだい……。

 ……ねぇ、また前みたいに仲良くしてくださる……?」

「も、もちろんですっ……一ヶ月ぶん、たくさんお話してくださいね……!」


 ――それから、リック様をよろしくね。


 ミナだけに聞こえるように囁く。

 すると、ミナが顔を上げて目をまんまるにした。

 その目には戸惑いと罪悪感に揺れている。ノエミは無理をして笑い、「いいの」と囁いた。

 ミナはしばし迷うように視線を彷徨わせ、涙を流しながらこくりと頷く。


 ライバル令嬢ノエミの『敗北宣言』。

 彼女はゲーム通りの展開を意図せずにやりきったのだった。



◇ ◇ ◇



 花火が美しくも煩い後夜祭。

 リックとミナがバルコニーで見つめ合っているのを確認してから、逃げるように会場から出てきた。

 ノエミは誰もいない裏庭に向かい、ベンチに倒れ込んだ。

 その口からは魂が抜け出しかかっている。

 わかっていても、失恋は辛いものだ。


(……よくよく思い返してみれば、ディーン王子と仲良く見えたのは強制イベントのせいだわ……。

 ミナが自発的に王子に近付くことはほとんどなかったもの……。

 リック様とのイベントは基本授業中だったり、私は見ることができないものが多かった……)


 全てを自分の都合よく捉えていただけだった。

 そのことに気付き、ノエミは全力で項垂れているのだ。

 『ライバル宣言』などせずともミナはリックと結ばれていただろうし、そもそもリックがノエミと仲良くしてくれていたのは『ミナの友人』だったからだ。

 最早『ライバル宣言』をすることでリックとのフラグを立てようとしていた自分自身が滑稽ですらある。


「は~~~……なんでこんな勘違いをしてしまったのかしら……」


 長い溜息。自嘲気味な言葉。

 自分で自分を嘲笑うしかないのだ。


(けど、リック様が幸せになったので良しとしよう……!

 ゲーム通り、”二人なら、きっとどんな困難も乗り越え、幸せになれるはずだから”!)


 エピローグで流れる文章を思い出し、無理やり自分を納得させた。

 自分はただのライバルであり、ヒロインの親友。

 それ以下でもそれ以上でもない。攻略対象と結ばれるのはイレギュラーなこと。

 そう言い聞かせ、ノエミは顔を上げた。


「はあ……」


 すると、横からノエミに負けずとも劣らない大きく深い溜め息が聞こえてきた。

 ノエミは「え」と小さく声を上げ、恐る恐る隣を見る。


 裏庭にはベンチが二つ並んでいる。

 一方にはノエミが座っており、もう一方には――ディーンが座っていた。

 真っ白に燃え尽きたぜと言わんばかりの座り方と雰囲気である。

 その姿を見てノエミは硬直してしまった。


(……そ、そうか。ミナとリック様が結ばれたということは……ディーン王子はフラれたということ……!)


 ミナのことをディーンが好きだったのかどうかは――この様子を見れば一目瞭然だ。

 ゲーム知識があってある程度ダメージを軽減できているノエミよりもディーンの方がショックは大きいだろう。

 流石に彼と同じ場所にいるのは気まずいため、静かに立ち去ろうとした。

 しかし、立ち上がったタイミングでディーンが顔を上げ、ノエミに気付いてしまった。


「……あっ」


 目が合い、ノエミは小さく声を上げる。

 ディーンは目を丸くしてノエミを凝視していた。

 このまま無言で立ち去るのは流石に失礼だと思い、ノエミは姿勢を正し、スカートの裾を軽く持ち上げて礼をした。


「ディーン王子殿下にご挨拶申し上げます。

 殿下がいらしゃるとは知らず、大変失礼を――」

「あ、ノエミ嬢」

「へ?」


 ささっと立ち去るつもりが、ディーンがノエミの名を呼ぶものだから間の抜けた声を出してしまった。

 そっと視線を向けると、彼は何故か困ったように笑っている。


「すまない。ミナから君の話をよく聞いていたものだから……親近感があって……。

 私は気にしないから、そこにいてくれて構わないよ」


 笑うディーンの目が僅かに赤い。

 そのことに気付き、ノエミはハンカチを取り出した。

 ハンカチに氷水魔法をかけて軽く絞り、ディーンにそっと差し出す。


「殿下、失礼でなければ……こちらをお使いください」

「え? 私の顔に何かついてるかい?」

「……目が充血しているように見えます。少し冷やしてはいかがでしょう」


 彼は驚く目を見開き――苦笑しながら、ノエミが差し出したハンカチを受け取った。

 そして、ハンカチをそっと目に押し当てる。

 その様子を見つめ、何とも言えない気分になった。


(……泣くほど好きだったの。ミナのこと)


 プレイヤーとしてゲームを遊んでいたことを思い出して胸が痛んだ。

 攻略対象全員の好感度を上げておき、全員のイベントが回収できるタイミングでセーブをしていたことを思い出す。ゲーム上、彼らの好感度はマックスで、それでもヒロインと結ばれない未来があった。


(ううう、胸が痛い……。ゲームの中とは言え、こんな思いをさせてたのね……)


 どうしても立ち去ることができず、ディーンの言葉に甘える形で元のベンチに腰を下ろした。

 しばし沈黙が落ちる。

 花火の音、花火を楽しむ声だけが聞こえてくる。


「……君とリックが結ばれて、私はミナと結ばれる、なんて浅はかなことを考えていたんだ」

「……え?」

「ミナはずっとリックのことを見ていたのに、どうして勘違いをしてしまったんだろう」


 目の上にハンカチを乗せたまま、ディーンが呟く。

 この話を聞いても良いものかと悩むものの、何も言えなかった。


「私が声をかけたら誰だって無視できないだろうに。本当に馬鹿だったよ。

 ――だが、この馬鹿さに今気付けて良かったとも思う。もっと未来であれば、許されない愚かさだ」


 否定もできないが、肯定だってできない。

 ノエミはぐっと手を握りしめ、そっとディーンを見つめた。


「でも、殿下は二人の気持ちを察して身を引いたじゃありませんか」

「それは当然というか、……プライドがそうさせたに過ぎない。今はこのザマさ」

「できない人もいるんです。殿下は素晴らしいですわ」

「……どうだろう。今は自分が情けなくて仕方ないが」

「私もです。ふふ、お仲間ですわね」


 王子に対して『仲間』とはなかなか不敬だが、ディーンがこれくらいで怒る人間ではないことは”知っている”。

 ディーンはノエミのセリフに驚いたようにハンカチを持ち上げ、ノエミを見る。

 ベンチ一つ分の距離を挟み、二人は見つめ合った。

 不意に、ディーンがふっと笑う。


「仲間……失恋仲間ということか?」

「ええ、そうです。成人を迎えていれば自棄酒(やけざけ)なるものを飲みたいのですが、生憎未成年ですから。こうして静かに落ち込むくらいしかできませんわね」


 ノエミも彼に合わせて笑った。

 前世は病気の上に未成年のまま死んだので酒の味は知らない。だが、この世界であればゆくゆくは酒の味を楽しむことができるだろう。

 ディーンは思案するように目を細めた。


「……ふむ。そう言えば、ノエミ嬢はダンスが得意だったな」

「え? は、はい、よくご存知で」

「ミナがよく自慢していたからね。――イヴソンの正規バージョンは踊れる?」

「は、はぁ、一応踊れます。ただ実力が釣り合うパートナーがいなくてちゃんと踊ったことはありませんけど……」


 イヴソンとは難易度の高いワルツである。

 曲自体は華やかで優雅で、とにかく人気があった。難易度の高い正規のダンスとは別に、誰にでも踊れるように易しいバージョンも考案されているほどだった。

 何故、ディーンが急にそんな話をしてくるのかがわからず、ひたすら頭上に「?」を浮かべていた。

 ディーンはベンチから立ち上がり、ノエミの前に立つと手を差し出した。


「自棄酒の代わりに自棄ワルツと行こう」


 ディーンのバックでバァンと花火が上がる。

 金髪碧眼の完璧な王子――まるでゲームに出てきそうなワンシーンだった。

 しかし、ノエミにとってはそれよりも彼が口にした言葉の方が重要だった。


「は、はああああ!??! イブソンの正規を?! 殿下とぉ?! 無理無理無理、いきなり無理です!」


 ノエミはその意味を理解するや否や、慌ただしく立ち上がってぶんぶんと首を振る。

 ディーンはノエミの言動を気に止めずに爽やかに笑った。


「ホールでダンスが始まるまでまだ一時間ある。私と君なら三十分ほど練習すれば楽勝だろう」

「いやいやいや、な、ななな、なんで?! こ、こんな心境で……!」

「こんな心境だからこそさ。何かにぶつけた方がいいと思わないか?」


 笑うディーンの目元はまだ赤い。

 きっと何か別のことをして気を紛らわせたいのだというのは、痛いくらいに伝わってくる。

 前世での申し訳なさもあり、受けざるを得なかった――。



◇ ◇ ◇



 そして一時間後。

 練習を終え、ノエミはディーンとともにダンスホールに訪れていた。

 いかにも王子様という出で立ちのディーン、夜空のような深い藍色のドレスを身につけたノエミ。

 正装に身を包んだ二人は否が応でも人目を惹きつけ、これまでだったら有り得ない組み合わせに周囲がざわめく。

 特にノエミに対して視線がグサグサと突き刺さっていた。


「で、殿下、私やっぱり――」

「どこかのタイミングでイブソンを流してくれ」


 無視をされてしまった。

 ディーンの侍従が近付いてきたかと思ったらすぐ離れていき、曲を管理している部屋に行ってしまった。


(こ、こんなつもりじゃなかったわ……。

 王子はダンスはもちろん、リードも上手で全く問題はないけど……! でも……!)


 イブソンが流れるまで、二人はまるで準備体操のように気楽にダンスを踊ることになった。

 周囲にも二人が易易と踊っているのがわかるらしい。

 どんどん周囲から人が減っていき、二人のダンスを見守る人間まで現れ始めた。


「殿下、注目されてますわ……!」

「ああ、想定の範囲内だな。――ほら、ノエミ嬢。集中して」


 ノエミの言葉などどこ吹く風である。

 巧みなリードにより、イブソンを踊るための準備運動をキープする形になった。

 立場上、彼の言うことに従うしかないのだが――何だか癪である。


(”私が声をかけたら誰だって無視できない”って自嘲してたのはどこの誰よ?!)


 何とか仕返しをしたい気持ちが盛り上がってきたところで、イブソンが流れ始める。

 大衆向けに改良された易しいダンスではなく、正規のダンスを踊り始めた二人に対して一層視線が集まった。

 が、周囲の様子を気にするほどの余裕などはない。

 ダンスの難易度的にも、ディーンへのむかつき具合的にも。


(ここでアレンジ入れてやるわ! 喰らえ!)


 体の動きに合わせて、扇のようにスカートを翻す。長い紫髪がそれに合わせて揺れた。

 ディーンは急なアレンジに目を丸くし――しかし、すぐに対応してきた。ノエミが加えたアレンジを取り込んで、更にアレンジ返しをしてくるという荒業まで見せてくる。

 周囲が静かにどよめく。アレンジの応酬に気付いた人間もいるのだ。

 ディーンは涼しい顔をしていた。

 しかも、視線が「その程度?」と煽ってきている。

 ノエミはムキになって、持てる技術をフル活用してディーンを振り回し――いや、振り落とすつもりで踊った。しかし、ディーンはその全てを受け入れて、あまつさえ完成度を高めていく。

 ひたすらダンスとディーンに集中した。

 頭が空っぽになるほどに。


 そして、イブソンが終わった。

 気付けば、ほとんどの人間が二人を囲むようにして見守っており、拍手喝采だった。

 ノエミもディーンも目を丸くして見つめ合い、どちらともなく笑い合う。


 視界の端で、ミナとリックが並んで拍手をしている。

 その姿を見るのは、数時間前より辛くない。

 悔しいが、ディーンと『自棄ワルツ』を踊ったおかげ――。

 そう思ってディーンを見上げると彼もまたどこかすっきりした顔をしていた。

 少し汗の浮いた額。張り付く金髪。

 ぼうっと見つめてしまった。


(……本当に、王子様なのよねぇ)


 感慨深く思っていると、不意にディーンが手を差し出す。


「ノエミ嬢、もう一曲どうだろう?」

「――ええ。喜んで」


 失恋の傷が気にならなくなるくらいに踊り倒すのも悪くない。

 ノエミは笑ってディーンの手を取った。


 この夜のダンスが語り継がれ、『後夜祭でイブソンを正規バージョンで踊り切った男女は結ばれる』というよくわからない伝説が誕生するのだった――。

お読みくださって、ありがとうございます!

失恋した二人がヤケクソで踊るシーン、楽しんでいただけたら嬉しいです。

もし「面白かった!」と思っていただけましたら、ブクマや評価、リアクション、感想などで応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

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