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サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


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89話 夜の影──義賊ディルの顔

夜会前夜。

 街は不思議な浮つき方をしていた。


 灯りがいつもより多く、

 人の声も遅くまで途切れない。


 だが、賑やかな通りを一本外れると、

 そこには昼とは別の顔があった。


 店を早めに閉めたあと、

 仕込みの口実で裏路地を回っていた。


 ——正確に言えば、

 仕立て屋で聞いた言葉が、頭から離れなかった。


 “警備が厚い夜ほど、人は油断する”


 それが、

 ただの一般論だとは思えなかった。


 石畳の路地を抜けると、

 声が聞こえた。


「……約束と違うだろ」

「文句を言うな。夜会の“協力金”だ」


 薄暗い広場。

 街灯の影で、数人の男が言い争っている。


 相手は、明らかに立場が違った。


 片方は、役人の腕章をつけた男と、

 護衛らしき用心棒。


 もう片方は、

 布袋を抱えた細身の商人——

 いや、商人というより、

 生活の匂いが染みついた市井の人間だった。


「そんな金、聞いてない……!」

「聞いてなくても、払うんだよ」


 用心棒が一歩踏み出す。


 その瞬間だった。


 ——風が、止んだ。


 正確には、

 “別の流れ”に切り替わった。


 空気が張りつめ、

 次の瞬間——


 淡い光が、広場を包んだ。


「……なっ!?」


 役人が叫ぶ。


 光は槍のように鋭くはない。

 刃でも、炎でもない。


 だが、確実に“境界”だった。


 人と人の間に、

 侵せない線を引くような光。


(……結界?)


 俺は物陰から息を殺した。


 光の膜は、

 商人を包むように展開している。


 外から触れようとすると、

 ふわりと押し返される。


 用心棒が剣を抜いたが、

 刃は結界に弾かれ、

 衝撃だけが空に逃げた。


「何だこれは……!」


 その声に、

 静かな足音が重なった。


 屋根の上。


 月明かりを背に、

 一本の影が立っている。


 枝角のシルエット。


 間違いない。


(……フレデリコ)


 昼間の職人とは違う。

 だが、別人でもない。


 動きは無駄がなく、

 立ち姿に、迷いがない。


 彼が軽く手を振ると、

 結界の光が、ほんの少し強まった。


 ——《ティリングクロス》。


 その名が、

 自然と頭に浮かんだ。


 守るための光。


「……逃げなさい」


 フレデリコの声は低く、

 しかしよく通った。


 商人は、一瞬だけ戸惑ったあと、

 光の内側から、震える声で言った。


「で、でも……」

「いいから」


 その一言には、

 命令ではなく、確信があった。


 商人は袋を抱え直し、

 光の切れ目から路地へ走り去った。


 用心棒が追おうとするが、

 その前に、影が落ちる。


 フレデリコが、地面に降り立った。


 槍を構えている。


 だが、

 突きはしない。


 彼は、用心棒ではなく、

 役人の方を見た。


「夜会の“協力金”だそうだね」

「……な、何者だ!」


 フレデリコは答えない。


 代わりに、

 役人の足元へ、槍の石突きを軽く当てた。


 光が走る。


 ——役人の身体が、ぐらりと揺れた。


「……っ、力が……」


 用心棒は無事だ。

 だが、役人だけが、明らかに弱っている。


(……抑強扶弱)


 俺は、息を飲んだ。


 強い者を叩かない。

 まず、

 “弱っている側”を守り、

 “強さを振りかざす側”を無力化する。


 義賊、という言葉が、

 初めて現実味を持った。


「金は?」

 フレデリコが尋ねる。

「……な、何の……」

「奪わないよ」


 その言葉に、

 役人は目を見開いた。


「僕が欲しいのは、

 君たちが夜会で何をするつもりか、だ」


 沈黙。


 用心棒が一歩動くと、

 フレデリコは槍を向けた。


「無駄だ。

 今は、君の雇い主が“弱い側”だからね」


 役人は、歯を噛みしめ、

 やがて吐き捨てるように言った。


「……展示品の裏だ」

「《光輝の聖槍飾り》?」

「それは表向きだ……!」


 声が震えている。


「夜会の最中、

 奥の控え室で……

 書類の受け渡しがある」


 フレデリコの瞳が、細くなる。


「書類?」

「……売買記録だ。

 魔導資源の横流し……」


 そこまで聞いて、

 俺は確信した。


(狙いは宝じゃない)


 フレデリコは、

 証拠を奪うつもりだ。


 役人が、最後に言った。


「……だが、今夜は、

 君だけじゃないぞ」


「何?」


「別の怪盗が、

 動いてるって噂だ……」


 フレデリコは、わずかに眉を上げた。


「花の香りがした、とか」

「屋根に……猫の足跡が残ってた、とか……」


 その瞬間、

 空気が変わった。


 フレデリコは、

 小さく息を吐いた。


「……なるほど」


 彼は槍を引き、

 役人たちに背を向けた。


「今夜は、これで終わりだ」

「ま、待て……!」


 だが、

 光が消えると同時に、

 彼の姿も、夜に溶けていた。


 広場には、

 何も残らない。


 奪われた宝もない。

 倒れた死体もない。


 ただ、

 守られた命と、

 暴かれかけた闇だけが残った。


 俺は、路地の影から出た。


(……正義寄りの怪盗、か)


 しかも、

 単独じゃない。


 花。

 猫の足跡。


(……もう一人、いる)


 夜会は、

 思っていた以上に、

 危険で、面白い夜になりそうだ。


 俺は空を見上げた。


 月は、

 雲に半分隠れている。


 光と影が、

 交差する夜。


 そして——

 怪盗たちの舞台は、

 もう、始まっていた。


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