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サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


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77話 尾根を越える理由──エルフの村への道

朝の仕込みを終えたころだった。


湯気の残る厨房で、鍋を磨きながら、ふと違和感を覚えた。

いつもなら、店の裏手を抜ける風が、昼前になると一定の流れを作る。

木の看板を軽く揺らし、暖簾の端をふわりと持ち上げる、あの馴染みの風だ。


だがその日は――止まっていた。


風が、ない。


静かすぎる空気に、耳鳴りのような感覚が残る。

それは嵐の前触れとも違う、もっと不自然な「空白」だった。


「……変だな」


そう呟くと、荷をまとめていたレイリンが顔を上げた。


「ロンも、感じた?」

「感じたっていうか……風が、息してない感じだ」


レイリンは眉をひそめ、扉を少し開けて外を見た。

空は晴れている。雲も薄く、光も十分だ。

それなのに、空気だけが重く、動かない。


「この辺の風……エルフの森から流れてくるはずなんだけどね」


その言葉で、俺の中に引っかかりが生まれた。


エルフの森。

そして、その奥にある村。


俺たちが直接関わることは滅多にない場所だ。

閉じた土地、長命の民、外界の事情に深入りしない種族。


だが、風は嘘をつかない。

風が乱れるということは、源で何かが起きている。


そこへ、昼前の仕入れに来た行商人が、ぽつりと噂を落としていった。


「最近さ……尾根道の風が妙なんだよ」

「妙?」

「止まったと思ったら、急に逆流したりな。

 夜になると……詩みたいな声が、森から聞こえるって話もある」


レイリンと顔を見合わせる。


「詩、ね……」


行商人は肩をすくめて去っていったが、

その言葉は、店の空気に残ったままだった。


午後。

俺たちは明日の仕入れを前倒しで済ませることにした。


理由は単純だ。

――このまま放っておくと、もっと大きな異変になる。


「尾根、越えるんだよね」

「ああ。たぶん、風の源はそこだ」


レイリンは少しだけ迷うように視線を伏せたが、すぐに頷いた。


「……エルフの村は、歓迎されないかもしれないよ」

「それでも、行く価値はある」


そう言ったとき、

俺の胸の奥で、何かが微かに共鳴した気がした。


理由はわからない。

ただ、行かなければならないという感覚だけが、確かにあった。


町を抜け、岩肌の目立つ尾根道へと入る。

砂利混じりの斜面は歩きづらく、荷を背負うと足を取られる。


だが、不思議なことに――

風だけは、俺たちを拒まなかった。


「……変だな」

「うん。登るほど、風が“整ってる”」


本来なら、尾根は乱気流が起きやすい。

それなのに、今日は違う。


一定のリズムで吹き、

まるで道を示すように、進行方向だけをなぞっている。


(……導かれてる、か?)


そんな考えが頭をよぎるのを、振り払った。

だが、足取りは自然と速くなっていた。


途中、岩陰で休んだとき、

レイリンが小さく息を吐いた。


「ロンさ……」

「ん?」

「この風、ちょっと……懐かしくない?」


俺は答えに詰まった。


懐かしい、というより――

記憶に触れないのに、知っている感覚。


言葉にできないそれを、曖昧に頷くことで返した。


尾根の中腹を越えたころ、

空気が変わった。


冷たく、澄んでいて、

同時に、どこか張りつめている。


木々が増え、葉擦れの音が重なり始める。

その中に、確かに混じっていた。


――言葉にならない、旋律。


歌ではない。

誰かが詠んでいるようで、詠んでいない。


「……聞こえる?」

「うん。風が、何か運んでる」


レイリンの声は、少し緊張していた。


この先にあるものが、

歓迎か、拒絶か――まだわからない。


だが、もう引き返す理由はなかった。


尾根の向こう側。

森の入口が、薄い緑の靄の向こうに見え始める。


エルフの村へと続く道。


そこにはまだ、

誰が待っているのかも、

何が起きているのかも、明かされていない。


ただひとつ確かなのは――

この風が、俺たちを必要としているということだった。


俺は一歩、森へ踏み出す。


(……さて。

 どんな詩が、俺たちを待ってるんだか)


そうして、

エルフの村へと続く物語が、静かに始まった。


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