75話 店外騒動──本当のバイブスを見せる時
店の扉を開けた瞬間、
冬の空気は刺すように冷たかった。
その冷気の中、
数名が魔導水晶をこちらに向け、
揶揄するように口元を歪めている。
「出てきたぞ」
「謝罪動画、撮らせてもらおうか」
「有名人なら責任取るんだよな?」
ざわざわと空気が濁る。
ハーチナは、
その中心へと歩み出る。
肩は震えている。
足も少し力が入っていない。
だけど、決して後ずさらない。
俺はすぐ後ろに、
レイリンは横に控えて立つ。
マネージャーが緊張で顔を引きつらせながらついてくる。
(……こいつら、ハーチナが“光”だから集まってきたんだな。
嫉妬や憎しみは、光の近くに集まりやすい)
でもそれを、
今のハーチナに投げつけるのは酷だ。
そっと彼女の横に並んだ。
「大丈夫だ。
何か言われても、俺が止める」
ハーチナが小さくうなずく。
◆ ◆ ◆
そのとき――
前に立つ男が声を荒げた。
「勝手に撮るなよ! 店内で迷惑だって言われてるぞ!」
「映り込んで不快だったんだけど?」
「炎上商法かよ。フォロワー稼ぎたいだけだろ」
口々に責められ、
ハーチナの肩がひくりと揺れた。
だが――
次の瞬間。
ハーチナは深く息を吸い、
人混みの真ん中で頭を下げた。
「ごめんなさいっっ!!
わたし……楽しくて……
でも、周りへの気配りができてなかった……!
本当に、ごめんなさい!!」
静寂。
それは、
まったく予想してなかった“誠意”だった。
ハーチナはさらに続ける。
「わたし……みんなが楽しんでくれると思って……
調子に乗ってた。
映り込んで嫌な思いをした人がいるなら、それはわたしの責任。
動画も……必要なら消します!」
その言葉に、
俺の胸の奥が熱くなる。
この子は強い。
“光”であり続けようとしている。
しかし――
全員がそれを受け入れるわけではなかった。
「謝ればいいってもんじゃねーんだよ」
「本当かよ?どうせ反省してないだろ」
「炎上したから焦ってるだけだろ」
先頭の男が、
さらに踏み込んできた。
明らかにハーチナを揺さぶろうとする意図がある。
レイリンが眉をひそめる。
「……ロン、ちょっと危なくない?」
「大丈夫」
俺は一歩、前に出た。
「おい。
謝ってんのに、これ以上何がしたい?」
男が俺を睨む。
「なんだお前、関係者か?」
「料理作ってる。文句あんなら俺にも言え」
「は? あ? なんだその態度――」
男が胸ぐらに手を伸ばした瞬間。
レイリンが小さく舌を打った。
「……言ったよね。暗いのナシでって」
その言葉と同時に、
レイリンの魔力がふわりと溢れ、
冷たい夜気が一変した。
炎が渦を描き、
男の手が空中で止まる。
「ひっ……!?」
レイリンは静かに微笑んだ。
「手を出すなら……炎につつまれるよ」
男が尻もちをつき、
群衆がざわついた。
だが、
この場を根本から変えたのは――
ハーチナの一歩だった。
「やめて!!」
俺とレイリンの横を抜け、
ハーチナが前に立つ。
瞳が潤んでいるが、
その光は確かな強さを帯びている。
「わたし……守られてばかりじゃダメだよね。
だから、言わせてください!」
ざわ……と人々の視線が集まる。
ハーチナは胸に手を当て、言う。
「わたし、インフルエンサーっていうのは……
“バイブスぶちあげる”って、
みんなを幸せにできるって、そう思ってた。
だけど……今日、すごく間違えちゃった。
でも……逃げたくない」
涙を拭い、
ハーチナは続ける。
「わたしの光が……
誰かを傷つけるなら、それは本物の光じゃない。
今日は、本当の意味で……
“バイブスぶちあげる”のがどんなことか……
分かった気がするの」
言葉が風に溶けるように静かに響く。
人々の怒気が、
少しずつ、だが確実に薄れていく。
「だから、
見ていてほしいの。
わたし……ここから変わるから!」
そして彼女は振り返り、
俺たちに言った。
「ロンさん……レイリンちゃん……
わたし……
この店のラーメン、もっともっと広めたい。
今度はちゃんと、みんなが気持ちよく……!」
レイリンが目を潤ませて笑う。
「うん。
それが……本当の“光”だよ」
俺も肩をすくめた。
「よし。
じゃあ次の撮影は、ルール決めてからやろうな。
炎上しない方法、いくらでもある」
ハーチナはぱっと笑顔を咲かせた。
「それ、バイブスぶちあがる~~~っ!!」
その瞬間――
群衆の数人が吹き出した。
「なんだよ……本物じゃん」
「悪い子じゃないんだな」
「まぁ……がんばれよ」
空気が軟らかく変わっていく。
影が、光に押し返されていく。
ハーチナは、
涙をこぼしながら笑った。
「……わたし、ちゃんと……伝わったかな……?」
彼女の頭を軽く撫でた。
「ああ。
今のは……本物のバイブスだったよ」
そして――
この騒動をきっかけに、
ハーチナの“本当の成長”が始まる。




