74話 炎上の兆し──光の裏側に潜む影
店内の空気は、さっきまでの明るさとはまるで違う色を帯びていた。
ハーチナのマネージャーは深く頭を下げたまま、
視線だけで魔導水晶を確認している。
光導板には、
光みたいに流れていた肯定コメントとは違う、
刺すような文字が混じり始めていた。
《迷惑だろ》《店に許可取ってんの?》《周りの客映ってるぞ》
《こういう売名うざい》《ハーチナって空気読めないの?》
《バイブスとか言ってる場合じゃなくね》
ハーチナの笑顔が、目に見えて固まった。
「……え? なんで……?
だって、みんな……さっきまで“最高!”“可愛い!”って……」
レイリンがそっと横に寄り添う。
「ハーチナさん…… 光導板ってね、
光だけの場所じゃないんだよ」
ハーチナは震える声でつぶやく。
「わたし……悪いことしてた……?」
マネージャーが即座に否定する。
「違います。あなたは悪くない。
ただ……撮影の範囲とか、配慮が足りなかっただけで……
それは、注意すべき点で……」
でも、ハーチナにはもう聞こえていないようだった。
彼女の視線は、魔導水晶に釘付けだ。
《やっぱり炎上芸》《迷惑系インフルエンサー》
《調子乗りすぎ》《光属性(笑)》《うざい》
光のように称賛が集まったのと同じ速度で、
影も押し寄せてくる。
その落差が、ハーチナの心を容赦なく削っていた。
◆ ◆ ◆
一歩前に出てハーチナに向かい言った。
「ハーチナ、そんな顔してまで見るもんじゃねぇ」
ハーチナは、びくっと肩を震わせた。
「で、でも……みんなの声を聞かないと……
あたし、フォロワーに応えないと……」
「そんな義務、どこにもねぇよ」
言葉が少し強くなったのは分かっている。
でも、今の彼女には優しさだけじゃ届かない気がした。
さらに続けた。
「お前が楽しんでるとき、みんなも楽しんでた。
今のこれは……ただの“反応の揺り戻し”だ。
光導板じゃよくあることだ」
レイリンも頷く。
「ハーチナさん、
あなたが“光”だから、
そのぶん影も濃くなっちゃうの」
ハーチナは唇を噛む。
「光……? わたしが……?」
「そうだよ」
レイリンは優しく微笑んだ。
「さっき、あなたが声を出すだけで、
店の空気が変わった。
それって……ほんものの光だよ」
ハーチナの目が揺れた。
だが――そのとき、店の外で突然叫び声が上がった。
「おい、ここか!? ハーチナが炎上してるって店!」
「映されて迷惑したんだけど!」
「てか、勝手に撮っていいと思ってんの?」
何人かが店の外で魔導水晶を構えている。
ハーチナの顔から血の気が引いた。
マネージャーがハッとして彼女を庇う。
「すぐ外出ます! ハーチナ様は裏へ!」
「いやっ……待って……」
ハーチナは俺たちを見た。
「……まさか……わたしのせいで……お店……」
その瞳には、完全な“怯え”が宿っていた。
俺は即答した。
「違ぇよ。
この店で騒ぎになってるのは……
お前のせいじゃなくて、
お前を利用しようとしてる奴らのせいだ」
ハーチナは涙を浮かべながら、俺の胸に問いかけるように言った。
「……わたし……迷惑じゃないの……?」
「迷惑じゃねぇよ。
店で一番の鬼盛り作ってやったろ」
「……っ」
「それとな。
俺はまだ、お前の“バイブスぶちあげ”ってやつの意味、
全部は分かってねぇけど――
少なくとも、お前が笑ってるほうが、
店が明るくなるのは分かる」
レイリンも力強く言った。
「だから……戻ってきて。
ハーチナさんの光で。
“暗いのナシで!”でしょ?」
ハーチナの胸に刺さったようだった。
彼女は涙を指で拭い、
深く息を吸った。
「……わたし、逃げない」
そしてマネージャーに向き直る。
「裏に隠れるより、ちゃんと説明する。
撮影に映った人が嫌なら謝る。
店に迷惑がかかったなら責任取る。
だって……」
俺はレイリンを見つめ、微笑んだ。
「わたし、光だから。
暗いのナシで……いかなきゃでしょ?」
レイリンが涙ぐみ、俺は思わず笑った。
(……強ぇな、この子)
だがその強さはまだ脆い。
無理をしているのも分かる。
そして――
その脆さに付け込む影は、まだ外にいる。
店の前に集まった群衆が、
だんだん“敵意”の色を濃くしていた。
「出てこいよハーチナ!」
「動画消せ!」
「この店も炎上じゃね!?」
光導板の影が、ついに現実を侵食し始めた。
◆ ◆ ◆
ハーチナは一歩、店の入口に向かった。
震えていたが、それでも歩みを止めない。
俺は後ろから肩に手を置いた。
「行くなら一緒に行く。
お前ひとりじゃねぇからな」
レイリンも並ぶ。
「暗いのナシで、ね?」
ハーチナは泣き笑いの顔で、うなずいた。
扉に手がかかる。
“光”が影に踏み込む瞬間――
俺は胸の奥で決意した。
(――絶対に守る)




