73話 撮影開始──インフルエンサーの光と影
店の前にできた人だかりは、もはや“行列”というレベルではなかった。
ハーチナが魔導水晶を向けるたび、歓声が起こり、
光導板には光のエフェクトが飛び交う。
「じゃあ店長さーん!
撮影しながら“鬼盛りラーメン↑↑”作っちゃってくださーい♡」
「いや勝手に撮影すんな……って言っても無駄なんだよな」
俺は観念し、厨房へ戻った。
鍋に火をかけ、麺をほぐす。
ハーチナはその手元をライブ配信でアップにする。
光導板にコメントが流れる。
《きた鬼盛り!》《職人の手つきやん》《盛れ盛れ!》《スープうまそう!》
《ハーチナの声かわいい》《店長手がキレイ》《レイリンちゃん映せ!》
レイリンは照れて隅っこに隠れたが、
ハーチナは遠慮なしに魔導水晶を向けてくる。
「レイリーン♡ 今日も天使〜〜♡
この店、可愛い子しかいない説〜〜!」
「や、やめてよハーチナさん……!」
レイリンの頬が赤くなる。
光導板のコメント欄が爆発する。
《レイリン可愛い!!》《彼女?》《付き合ってる?》
《メンドラ美女多すぎ問題》《店行くしかなくね?》
……おい、変な勘違い生むなよ。
俺が盛り付けに集中していると、
ハーチナがいきなり厨房に飛び込んできた。
「店長〜、その盛り、もっと“アゲ↑↑”でいこ!」
「アゲって言われてもな……」
「ほらぁ、こう!!」
ハーチナは俺の横に並び、麺の山の角度まで指定してくる。
しかも魔導水晶で撮影しながら。
「見て見てフォロワーちゃん♡
店長、アゲ盛りチャレンジ中だよ〜〜!」
(……俺はいつからチャレンジ参加させられてんだ)
だが配信はすさまじい反響だ。
《麺の角度120点》《鬼盛りすぎwww》《これは映える!》
《店長イケメン?》《レイリンの笑顔尊い》《ハーチナ最高!》
数分で、視聴者数がとんでもない数に跳ね上がる。
「ハーチナ……すげぇな」
俺がつぶやくと、
ハーチナは得意げに鼻を鳴らし、
「まあね♡ あたしのバイブスは光だから〜!
みんなを照らしちゃうの!」
――この瞬間。
俺は初めて少しだけ“バイブス”の意味が分かった気がした。
光のように人を照らし、
空気ごと明るくする力。
ハーチナにはそれがある。
◆ ◆ ◆
「できたぞ、鬼盛りラーメン。
……崩れないように持てよ?」
俺が丼を差し出すと、
ハーチナは瞳をキラキラさせた。
「うっそ、なにこれ!
え、まって、写真で見たのより100倍かわいい!!♡♡」
魔導水晶のシャッター音が止まらない。
撮る角度、照明、丼の高さ――
ハーチナはまるで芸術家のように撮影を続けた。
そのたびにコメントが流れ、
光導板がうねるほどの勢いで盛り上がる。
レイリンは感心して言った。
「すごい……こんなに人を引きつけるなんて……
まるで魔法みたいだよ」
確かに。
これは別の意味で“光魔法”だ。
しかし――
その“光”が強ければ強いほど、影も大きくなる。
店の外で、小さなざわめきが聞こえた。
「……ハーチナいるらしいぞ」
「撮影OKって言ってたっけ?」
「勝手に店映して大丈夫なの?」
「炎上しても知らないぞ」
囁く声が混じり始める。
レイリンが不安げに俺を見る。
「ロン……ちょっと、雰囲気変わってきてない?」
「ああ……気づいてる」
ハーチナ自身は無邪気だ。
でも光導板というものは、本人が意図しなくても
“悪意”や“嫉妬”を呼び寄せることがある。
その証拠に、光導板にも一部こんなコメントが流れ始めた。
《また店の迷惑考えないの?》《肖像権どうしてるん?》
《客の顔映るぞ》《ハーチナって配慮足りなくね?》
ハーチナは気づいていない。
光の中心で笑い続けている。
その姿は眩しいほどで、だからこそ危なっかしい。
俺は声をかけた。
「ハーチナ、ちょっと待て。店の外……」
だが彼女は楽しさが勝っているみたいで、
俺の言葉より撮影のほうが先に動いた。
「はーいみんな!! 次は店長さんと“ラーメン愛のポーズ♡”いくよ〜!」
「いや、だから聞けって……!」
俺が制止しようとした、その瞬間。
店の外から強い光が差し込み、
扉が勢いよく開いた。
「ハーチナ様っ!! もう勝手に飛び出しちゃダメです!!」
白いジャケットを着た
ハーチナ専属スタッフらしき人物が飛び込んできた。
店内の空気が一変する。
ハーチナは驚いて目を丸くした。
「あ、マネージャー……?」
スタッフは深いため息をつき、俺に頭を下げた。
「本当に申し訳ありません! ハーチナは……
悪気はないんですが、度々こうして……」
言いかけて、光導板を一度見て絶句した。
視聴者数はとんでもない数字になっている。
そして、批判コメントも増えつつある。
ハーチナの瞳が揺れた。
「……あれ? みんな、楽しんでくれてたんじゃないの……?」
今まで一度も曇らなかった笑顔に、
わずかな影が差す。
俺はその表情を見て、胸が締め付けられた。
(……そうか。
この子も、ただ“強く見せてるだけ”なんだ)
光の強さに隠れて見えなかったけれど、
ハーチナは“誰よりも傷つきやすい”のかもしれない。




