72話 バイブス全開──ハーチナ
昼前の麺屋ドラゴンラーメンは、いつものように静かだった。
朝の仕込みを終え、俺とレイリンはようやく一息ついていたところだ。
湯気の立つ鍋、乾き始めた麺、ゆっくりと流れる時間。
正直、こういう穏やかな時間は久しぶりだった。
――その瞬間までは。
「おっはよーーー!! 麺屋ドラゴンラーメンちゃーーーん!!
今日もバイブス爆アゲでよろーーーっ!!!」
店のドアが爆風のように開き、
虹色の光が差し込んできた。
いや、光じゃない。
光そのものが歩いてきている。
淡いピンクと紫のショートヘア、頭にいくつもの可愛いリボン。
金とエメラルドのアイドル衣装が、店内の照明を反射してピカピカ光っている。
まるで舞台からそのまま飛び出してきたような、眩しい存在。
光のインフルエンサー――
ハーチナ。
(ゲームで見た姿そのまま……いや、数倍うるさいな、いや、数倍元気だ。
バイブスってなんやねん)
心の声が素で漏れる。
レイリンは一歩後ずさりして、小声で言った。
「ロン……あの子……なんか、すごい……というか……まぶしい……」
ハーチナはこちらに気づくと、ぱぁっと笑顔を広げた。
その一瞬、店内の空気がぱっと明るくなるほどの存在感。
「やっほー! 店長さーん! 今日、撮影してもいいー?
“ラーメン鬼盛り↑↑”の新企画で来ちゃった☆」
(鬼盛りって……誰が作ると思ってんだ)
しかし俺が断る暇すら与えず、
ハーチナはくるっとその場でターンして、魔導水晶を構えた。
「じつは今日ね〜、フォロワーちゃんたちに
“ 麺屋ドラゴンラーメンさんとコラボ撮影”するって言ってて〜!」
その瞬間、光導板(SNSみたいなもの)にはリアルタイムでコメントが溢れ始める。
《きた!!》《麺屋ドラゴンラーメン!》《バイブス!!》《ラーメン鬼盛り待ってた!》
《店長映せ!》《レイリンちゃん美人すぎ!!》《ハーチナ神!!》
うわ、もう店バレしてる。
というか俺の顔バレ秒読みだぞ。
レイリンは完全に混乱していた。
「え、えっ……あの……急に、こんな……!」
だがハーチナは気にしない。
むしろ、この反応を楽しんでいるようにすら見える。
「はいっ! それじゃまずは〜
『麺屋ドラゴンラーメンさん♡ バイブスチェック☆』
いってみよーーー!!」
(バイブスチェックって何だ!)
だが、言う間もなくハーチナは店内を自由に歩き回り、
「かわいい♡」
「おしゃれ♡」
「え、メニュー最高♡」
とテンションMAXで撮影していく。
俺もレイリンもついていけない。
ただ呆然と見守るしかない。
だが、驚くべきことが起きた。
店外から、ざわ……ざわ……と人の声。
通りが徐々に騒がしくなる。
「ねぇ、今ハーチナここにいるの?」
「やばい、マジで?」
「生配信で言ってたよ!」
「うそ、麺屋ドラゴンラーメンってこの店?」
あっという間に若者が押し寄せ、
店の前がまるでライブ会場の入り口のように騒がしくなる。
レイリンが目を丸くした。
「す、すごい……! あっという間にこんな人が……!」
俺は腕を組みながら肩をすくめる。
「何者なんだよ、あの子……」
レイリンがひと言。
「……わかんないけど、強い」
確かに。
魔法の強さとかじゃなく、存在感が異常だ。
ハーチナはそんな騒ぎなどお構いなしに、
俺の前にやってきてニッと笑った。
「店長さん! “鬼盛りラーメン↑↑” 作ってほしいの!
バイブスが爆発するやつねっ☆」
「……普通のラーメンじゃダメか?」
「ダメ♡ 盛ってこ! 盛りまくってこ!!
あたしのフォロワーちゃんは“盛りが命”なんだから〜♡」
(盛りが命って……)
俺は深いため息をつく。
だが、レイリンはなんだか楽しそうに笑っていた。
「ロン、作ってあげようよ。
なんか……店が生き返ったみたいだよ」
そう言われると弱い。
確かに、客が来てくれるのはありがたい。
「……わかったよ」
俺が頷くと、ハーチナは歓声を上げた。
「キターーー!!!
さすが店長♡ バイブス上げていこーー!!」
そのまま彼女は魔導水晶に向けてこう叫んだ。
「みんなぁ〜〜!! 麺屋ドラゴンラーメンさん、神対応!!
“鬼盛りラーメン↑↑” 作ってくれるってーーー!!
今日のバイブス、過去一確定っ!!」
店の前から歓声が上がる。
俺はそれを聞きながら、
ふと心の中でつぶやいた。
(……やっぱりバイブスって何やねん)
だが、ハーチナの笑顔を見て思う。
この子が言うなら、なんか悪くない気がしてきた。
その瞬間、
メンドラ食堂は“冒険ではなく、光の騒動”に巻き込まれたのだった。




