69話 風と花の共鳴──百花斉放
魔力塔地下――
霧幻呪獣は、再生と崩壊を繰り返しながら、
なおも蠢いていた。
メリアの《マンドラゴラの×××》で霧の流れは乱れ、
俺とレイリンの連携で攻撃は通る――
だが決定打には至らない。
その時、呪獣の中心で“核”が露わになりかけた。
霧の奥、赤紫に脈打つ魔力の結晶。
まさしく呪獣の心臓部。
レチリアが息を呑んだ。
「……あれ……封印核……?」
メリアが鋭く頷く。
「ええ。あれを砕かない限り、何度でも再生するわ」
俺が拳を構え、レイリンがつづいた。
「なら、割るだけだ!」
「気をつけて、ロン。
あの再生速度……普通の硬度じゃないよ!」
霧幻呪獣が再生のために周囲から霧を吸い込み始めた瞬間――
メリアが叫ぶ。
「レチリア! 拘束を!」
「は、はいっ!」
レチリアは震える手で魔導書を広げる。
だが、震えているのは恐怖ではなかった。
覚悟だ。
魔導書のページが風でめくれ、
青白い魔力が立ち上る。
「《水の魔道書・序》……
拘束陣、展開――っ!!」
床に巨大な水紋の陣が広がり、
呪獣の足元(霧だから足がどこか不明だが)を絡め取った。
霧が軋む音を立てて拘束される。
「くっ……まだ……!」
レチリアの額から汗が落ちる。
呪獣が暴れ、青い紋章がひび割れる。
俺が一歩前へ出た。
「任せとけ!」
霧の触手が襲いかかる――
その瞬間、レイリンが手を前に突き出した。
「《秘密のスパイス》!!
ロン、今だよ!」
「俺に任せろ~らぁッ!!」
攻撃力が跳ね上がり、
俺の拳が水の気流をまといながら呪獣の腕を砕いた。
霧が弾け飛ぶ。
レチリアはその隙にさらに詠唱を重ねた。
「核を……露出させます……!!
ローズウォーター――!」
二連射の水弾が呪獣の膜を破り、
核の表面を完全に露わにする。
霧幻呪獣が苦しげに唸る。
シャンフの瞳が鋭く輝く。
「……今。
これ以上の好機はないわ」
杖を握りしめた手が、ほんの僅か震えていた。
疲労だけじゃない。
“仲間に頼る戦い”は、彼女にはまだ慣れていなかった。
その時――
後方から声が響く。
「せ、先輩!!」
レチリアだ。
必死に拘束陣を維持しながら叫んでいる。
「わたし……
先輩の力になりたいんです!!
どうか……やってください、先輩!!」
その声には迷いがなかった。
メリアは息を呑む。
胸の奥が揺れる。
“応援される側”なんて、
考えたことがなかった。
ずっと――
才能ゆえに孤立し、
頼りにされ、
守る側に立ち続けてきた。
だが今。
頼っていい、と言ってくれる後輩がいる。
「レチリア……あなた……」
呪獣の霧が拘束を押し返し、
水紋が八方にひび割れる。
時間は、もう残されていない。
メリアは息を吸った。
胸の奥の硬い部分が、少しだけ溶けるのを感じた。
「……ええ。
あなたの応援……確かに受け取ったわ」
レチリアの瞳が大きく開く。
その輝きは、霧の闇を照らす灯火のようだった。
――そして、シャンフ・メリアは杖を高く掲げた。
花弁のような風が舞い上がる。
風の渦が光り、宝石の杖先が蒼白く輝く。
「――《花葬》」
空気が震え、
風と花が融合した巨大な魔法陣が広がる。
レイリンが息を飲んだ。
「こんな……大規模な魔法……!」
呪獣の核が震える。
霧の触手が悲鳴のようにのたうつ。
メリアは静かに言う。
「風よ――花の記憶よ――
この身に宿りし全ての力で、散りなさい」
魔方陣が花開くように展開し――
風の花嵐が呪獣を包み込んだ。
霧が裂け、
黒い霧が蒼風によって削られる。
核が震え、
悲鳴のような音を上げた。
俺が前で支え、
レイリンが全力で強化を重ねる。
レチリアが拘束を解かずに叫ぶ。
「先輩……行ってください!!」
メリアは言葉を返さず、
ただ杖を振り抜いた。
花弁の嵐が核を切り裂き――
呪獣は光の粒となって散った。
静寂。
霧が晴れ、
地下に透き通った風が流れ込む。
俺が肩で息をし、
レイリンも床に手をつきながら笑う。
レチリアは拘束陣を解除し、
その場にへたり込みながら涙をこぼした。
「……先輩……よかった……っ」
メリアは歩み寄り、
腰を落としてレチリアの頭をそっと撫でた。
「……よく頑張ったわ、レチリア。
あなたがいなかったら……私は届かなかった」
レチリアの涙がさらに溢れる。
その横で、俺とレイリンは微笑ましそうに見ていた。
やがて階段から教師たちが駆け込み、
状況を確認し、封印の修復に移る。
事態は――
完全に収束した。
だが、レチリアは涙で濡れた目を拭きながら、
そっとメリアの袖を掴んだ。
「先輩……わたし……もっと先輩の力になりたいです……!」
メリアは一瞬言葉を失ったが、
すぐに顔を背けながら呟いた。
「……そう。
だったら……これからも、ついてきなさい。
私の後輩なんだから」
照れ隠しの声。
けれど、その背中はどこか軽くなっていた。
――こうして、学院を救った風と花の共鳴は幕を閉じた。




