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サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


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65話 風門の庭──天才が抱える静寂

学院地下の魔力暴走が収束し、最低限の後始末を終えたあと。


シャンフ・メリアの案内で学院の上階へと戻ってきていた。


石造りの階段を抜け、重厚な扉を過ぎると――

視界がいきなり開ける。


「……わぁ」


レチリアが小さく息を呑んだ先にあったのは、

学院の中心から少し外れた場所に広がる、円形の庭園だった。


高い塔と塔の間に切り取られた空。

その中で、風が輪を描くように巡っている。


「ここは……?」


思わず尋ねるレチリアに、メリアは振り返る。


「《風門庭園》。

 風属性の魔法と、魔力循環の鍛錬に特化した場所よ」


庭の中央には、風見車を模した大きな魔導装置が据えられている。

その周囲を囲むように、白い石畳と緑の芝生。

ところどころに植えられた花木が、風に揺れて小さな音を立てていた。


頭上では、目に見えない風の流れが幾重にも重なり、

淡い魔力の層を作っている。


「風属性の素養がある者は、ここで“風に耳を澄ます”の。

 魔力を通す練習にもなるし……心を落ち着ける効果もあるわ」


シャンフはそう言うと、庭園の中央まで歩き、

杖を軽く地面へトン、と立てた。


空気が少しだけ引き締まる。


俺とレイリンは少し離れた石段に腰を下ろし、

二人の様子を見守ることにした。


レイリンが小声で囁く。


「……なんか、ここだけ空気が澄んでるね」


「うん。魔力の密度も違う。

 あの子の“ホームグラウンド”みたいな場所かもな」


レイリンは「なるほどね」と頷く。


その間に、庭園の中心――

メリアとレチリアの距離は、わずかに向かい合う位置で止まった。


風が二人の髪とローブの裾を揺らす。


メリアは真っ直ぐレチリアを見つめた。


「――まず、怒るわよ」


「ひゃっ……!」


いきなり告げられて、レチリアの肩が跳ねた。


メリアの声は静かだったが、

そこには先輩としての本気が宿っていた。


「今日、魔力溜まりの異常を報告せず、先に確かめに行った件。

 その上で、魔道書の制御に不安を抱えたまま前に出た件」


レチリアはみるみるうちに耳まで赤くなり、尻尾がしゅんと落ちる。


「も、もう……何も言えません……」


「そうね。

 本来なら、教官に強く叱責されてもおかしくない行動よ」


風が少しだけ強く吹き抜ける。


だが、次の言葉は少しだけ柔らかくなっていた。


「……でも」


メリアは視線を落とし、

ふっと息を吐いた。


「あなたは、それでも前に出た。

 あの場で、自分の魔法を信じて結界を張って……ローズウォーターを撃った」


レチリアの肩が、びくりと揺れる。


「こ、怖かったです……。

 魔道書、暴走するかもしれないし……

 失敗したら、みんなを巻き込むかもって……」


「そう。

 怖いのは当然」


メリアは一歩、レチリアに近づいた。


風が二人の間をすり抜け、

長いツインテールと淡い水色のショートヘアを揺らす。


「でも、覚えておいてちょうだい。

 ――魔道書を扱う者が、“恐怖だけ”を抱えたままでは魔法は安定しない」


「……“だけ”、ですか?」


「恐怖は、危険を察知させてくれる。

 だから無くす必要はないの。

 大事なのは、その隣に“信頼”を置けるかどうか」


メリアは自分の胸元を、杖の石突で軽くトン、と叩いた。


「魔道書を信じること。

 自分の積み重ねてきた鍛錬を信じること。

 そして――“自分の魔法が誰かを救う”と、本気で信じ抜くこと」


レチリアは俯いたまま、小さく拳を握りしめる。


「わたし……そんなに立派な魔法使いじゃ……」


「さっきのローズウォーター」


メリアの声が、ぴたりと重なる。


「生命体のコアに、きっちり入っていたわ」


「っ……」


「偶然じゃない。

 あれはあなたが、“守りたい誰か”を見て撃ったから――

 軌道が、結果として収束したの」


レチリアは顔を上げられず、唇を噛む。


その横顔は、泣き出しそうで、

それでもどこか嬉しそうでもあった。


メリアはそこで、少しだけ言葉を探すような表情をした。


そして、少しだけ視線を逸らしてから――

ぽつりと言った。


「……あなたの魔法は、美しいのよ」


「……え?」


「水の膜も、結界の展開も、

 ローズウォーターの軌道も――

 見ていて、無駄がなくて優しい」


メリアの頬が、ほんのわずかに赤くなった。


「そういう魔法を、“弱い”って言いたくないの。

 だから、もっと胸を張りなさい」


レチリアの瞳が、じわっと潤む。


「せ、先輩……そんなこと……言われたら……っ」


「泣かない」


「む、無理です……!」


「泣くなら後ろ向いて泣きなさい。

 風で飛ばしてあげるから」


「そ、そんなことしたら、みんなに見られちゃうじゃないですか……!」


「だから、早く拭きなさいと言ってるの」


ツン、とした口調なのに、

どこかくすぐったい優しさが滲んでいる。


レチリアは慌てて袖で目元を押さえ、必死に涙を堪えた。


その背を、メリアはそっと見つめる。


――少しだけ、照れくさそうに。



石段のほうでは、俺とレイリンが小声で話していた。


「……あの子、本当に素直じゃないね」

レイリンがくすっと笑う。


「褒めたいのに、八割くらいツンになってるな」


「でもレチリアちゃんには、ちゃんと伝わってる感じ」


「だな。あれはあれで、“あの二人の形”なんだろう」


二人が見守る中、

風門庭園の空気はどこか柔らかくなっていく。


レチリアは目を拭き終えて、

まだ少し赤い顔でメリアを見上げた。


「……あの、先輩」


「なに?」


「わたし……先輩みたいに、強くなれますか?」


正面からぶつけられたその問いに、

シャンフは一瞬だけ目を丸くした。


そして、少し遠い空を見上げる。


風が、彼女のローブを揺らす。


「――どうかしらね」


「えっ」


レチリアが思わず変な声を出す。


シャンフは、ほんの少し苦笑した。


「私みたいになる必要はないわ。

 私は、私の道をひとりで歩いてきたから」


その言葉には、微かな陰りがあった。


「魔力が強すぎるとね……

 周りの人たちが、一歩引いてしまうの。

 “頼もしい”より先に、“怖い”って思われることも多いわ」


レチリアの表情が曇る。


「そんな……先輩の魔法、わたし、大好きです」


「ありがとう」


メリアは短く礼を言ったが、

瞳の奥には、過去の記憶が反射していた。


「昔、私がまだ同期と一緒に訓練を受けていた頃――

 訓練場の結界を、うっかり壊してしまったことがあるの」


「えっ……」


「みんな、逃げたわ。

 “すごい”って言ってくれた人もいたけど、

 それ以上に、“危ない”って顔をしていた」


風が少し冷たくなる。


「……だから、決めたの。

 誰かの足を引っ張るくらいなら、自分ひとりで戦うって」


レチリアの喉が、ごくりと鳴る。


「でも、今日――」


メリアは、そっとレチリアの顔を見た。


「あなたが前に出て、

 ロンさんとレイリンさんが支えて、

 あの生命体を一緒に止めたのを見て……」


風が、少し柔らかくなった。


「“ひとりで守る必要なんてないんだ”って、

 ……少しだけ、思えたの」


レチリアの目に、再び涙がにじむ。


今度は、嬉しさのほうが強い涙だった。


「先輩……」


「だから――」


メリアは咳払いを一つして、

いつもの少しきつめの表情に戻る。


「あなたは、あなたの道を行きなさい。

 私みたいに“ひとりで抱え込む天才”にならなくていい」


「て、天才って……自分で言いました?」


レチリアが思わずツッコミを入れると、

メリアは露骨に目を逸らした。


「事実を述べただけよ」


その耳が、うっすら赤い。


石段からそれを見ていたレイリンが、小声で笑う。


「ね、ロン。

 あの子、自分で、天才って名乗りたいけど、

 “認めざるを得ない実績”があるパターンだね」


「言うな言うな、聞こえたら面倒くさい」


俺は肩をすくめる。


風門庭園の上空には、青空と薄い雲。

その間を、細い風の道がいくつも走っている。


メリアはそれを見上げ、

ふと真剣な口調で言った。


「……この学院に、また異変が起きるかもしれない」


レチリアが表情を引き締める。


「地下の魔力暴走は、ただの前兆。

 いま上層部が追っている“魔力霧”の情報も気になる。

 ……ユリシス・ルースの残した研究の一部だという噂もあるし」


ユリシスの名が出た瞬間、

レチリアの瞳には尊敬と不安が混ざった。


「魔法体系を塗り替えた天才が、

 何かの“実験”で失敗していて――

 その残滓が、学院に影響を与えているのだとしたら」


メリアは杖を握り直す。


「そのとき、私はきっと前に出る。

 でも――」


彼女はレチリアを、しっかりと見つめた。


「その時のために、あなたにも強くなっていてほしいの。

 “守られる側”じゃなく、“隣で戦う仲間”として」


レチリアは、一瞬きょとんとした顔になり――

次の瞬間、頬を真っ赤にして、尻尾をぶんぶん振った。


「は、はいっ!!

 が、がんばります……っ!

 先輩の隣にいても恥ずかしくない魔法使いになります!!」


メリアはあからさまに目を逸らしながら、ぼそりと呟く。


「……別に、隣にいてほしいなんて言ってないけど」


「今、言いましたよね!? 言ってましたよね!?」


「うるさいわね。

 ほら、風門の空気を感じる練習をしなさい。

 魔道書は、あとで見てあげるから」


「……はいっ!」


レチリアは嬉しそうに庭の中央へ走り出し、

両腕を広げて風の流れに身を任せた。


その背中を、メリアは少しだけ柔らかい表情で見守る。


俺はその横顔を眺めながら、ふと思った。


(強すぎるからこそ、ひとりになった天才。

 でも今は、“ひとりのままではいない天才”になりかけている)


レイリンが隣で呟く。


「……ああいう先輩、ちょっと憧れるなぁ」


「レイリンがやると、ツン部分がゼロになりそうだけどな」


「それはそれでいいでしょ?」


風が笑い声を運んでいく。


――風門の庭。

そこは、天才が抱えていた静寂に、

初めて“仲間の気配”が混ざり始めた場所だった。




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