59話 焦熱の戦い──“とどめの一撃”の真価
砂煙が巻き上がる中、サンドストーカーの咆哮が断崖に響き渡った。
「来るぞッ──!!」
叫んだ直後、
獣たちは砂を跳ね散らし、一斉に飛びかかってくる。
六体……いや、奥の影も含めれば八に近い。
数が多い。
だが、怖気づく暇はなかった。
ウカが最前に立ち、刀を低く構えた。
「ふたりとも──後ろは任せた!」
レイリンが杖を握りしめる。
「うん!任せて!」
俺も剣を前に突き出し、防御姿勢をとる。
砂が舞い、視界が揺れる。
熱気の中でも、ウカの目だけは澄んでいた。
最初のサンドストーカーが、地面を割る勢いで突進してくる。
砂の中を潜るように滑り、
牙を剥いたまま一直線に──
「レイリン、今だ!」
「うんっ!」
レイリンが素早くスキルを放つ。
「秘密のスパイス」
淡い香辛料のような温かい魔力が、身体に染み込み
みんなの攻撃力があがった。
同時に、俺は声を張った。
「みんなを守る!!」
青い水気が盾のように広がり、
熱風の中で一瞬冷気を生んだ。
(これで前線は守れる……!)
サンドストーカーの突進を、
剣で受け止める。
ガァァッ!!
衝撃が腕に響き、
靴底が砂にめり込むほど後退した。
「ロン!!」
「大丈夫……まだ平気だ!」
防御力の上昇がなければ、今ので吹き飛ばされていた。
サンドストーカーが牙を押し出し、
さらに体重を乗せてくる。
だが──
「そこだッ!」
ウカが横から飛び込み、
獣の横腹に刀を滑り込ませた。
ガシュッ!!
鋼を切り裂くような軽い音と共に、
砂色の血が飛び散る。
一体目が崩れ落ちた。
(剣筋……速ぇ……!)
ウカの刀は軽い。
だが“軽さ”より“しなやかさ”が際立つ。
砂煙の中でもぶれず、迷わず、完全に的確。
旅人の剣ではない。
戦士の剣だ。
倒れた仲間の血に興奮したのか、
残りのサンドストーカーが一斉に跳びかかる。
三体が同時に俺へ。
二体がレイリンへ。
三体がウカへ。
「くそっ、分散してきやがる!」
レイリンが後退しながら叫ぶ。
「ロン、危ないっ!」
剣を前に出すが──
二方向からの突進に対し、間に合わない。
その瞬間。
「ロンさん!!」
ウカが横から入り、
刀の刃で軌道を弾くように叩きつけた。
金属とは違う、甲殻の硬い音が響く。
ガギィンッ!
「助かった……!」
「まだ来るよ!」
ウカはすぐに姿勢を低くし、次の一体に備える。
本当に……
この子の立ち回りはより戦闘慣れしている。
旅を続けて鍛えたというより、
“生き残るために体で覚えた動き”。
砂煙が渦を巻き、
視界が揺れるたびにウカの黒髪の三つ編みと赤い瞳が閃く。
レイリンは後方から声を上げた。
「元気の源!」
レイリンの光が俺の身体を満たし、
呼吸が楽になる。
痛みが引き、足取りが軽くなった。
「助かる……!」
レイリンの支援はテンポがいい。
炎の気配と香辛料の魔力が混ざり、
身体が熱く、軽くなる。
その間にもウカは前線で動き回っていた。
砂が爆ぜる。
サンドストーカーがウカの足元へ潜り込む。
だが。
「甘い!」
ウカは刀を反転させて、
跳びながら逆手斬りで切り裂いた。
ザシュン!!
その切り裂き方はまるで舞うようで、
砂煙すら味方にしているようだ。
(見た目以上に……強い。
ウカは“旅の戦士”とかじゃない。
本気で命を賭けた戦いを経験してきた動きだ)
さらに別の一体がレイリンへ走る──!
「させない!」
俺が剣を振り下ろし、
レイリンの前に壁となって立ちはだかった。
だがこの獣、固い。
牙で剣を受け止めて押し返してくる。
(くっ……!)
押し倒されそうになったその瞬間。
「ふたりとも……下がって!」
ウカの声が鋭く響く。
レイリンが炎で削った個体が、
弱った状態で俺の足元へ転がってきた。
それでも、荒い息をし、牙をむき、
まだ噛みつこうとする。
ウカの赤い瞳が鋭く細められる。
「……行くね」
その瞳は、さっきまでの温かい少女のものではなかった。
旅の少女が──
戦士の目になる。
刀が赤く熱を帯びるように輝く。
「はぁぁぁッ!とどめの一撃!!」
ウカの身体が残像を残し、
一瞬で俺たちの隣を通り過ぎた。
炎の弧が空に描かれ、
刀身に濃い火の気配が集まる。
ザシュンッッ!!
砂煙を切り裂く炎閃がサンドストーカーの首元に走る。
一瞬。
ただの一閃。
だが獣は反応もできず崩れ落ちた。
「す、すご……!」
レイリンが言葉を失う。
強すぎるのではなく、
“無駄が一切ない”。
炎と風と砂が混ざる断崖で、
最適の軌道だけを選び取った必殺の斬撃。
ウカは刀を軽く払って血糊を落とすと、
俺たちに向けて微笑んだ。
「ふたりのおかげだよ。
わたしひとりだったら……きっと押し負けてた」
「いや……あの斬撃は、ウカにしかできないよ」
ウカは照れたように頬を赤くする。
「えへへ……ありがと」
残るのは最後の一体。
最大の体格を持ち、甲殻が黒ずんだ個体だ。
レイリンの炎が牽制し、
俺が正面で受け止め、
ウカが横から切り込む。
三人のリズムが噛み合っていく。
(……これならいける)
やがて最後のサンドストーカーが呻きをあげ、
肩を落とした。
その瞬間、ウカが低く呟く。
「とどめ──入れるね」
炎が再び刀身に集まり、
ウカは砂煙を切り裂きながら疾走する。
ザアッ!!
炎閃が獣の心臓を貫き、
サンドストーカーは崩れ落ちた。
砂が静かに舞い落ちる。
戦いが終わった。
ウカは刀を納め、胸に手を当てた。
「ふぅ……間に合ってよかった……
キャラヴァンのみんなが安全で……本当に……よかった……」
その微笑みは、
戦士ではなく、
ただ“誰かを守れた少女”のものだった。
焦熱の断崖に風が吹き抜け、
砂煙がゆっくり晴れていく。
ウカの三つ編みが揺れ、
赤い瞳が夕陽の反射で少し潤んで見えた。
俺とレイリンは、その背中を静かに見守っていた。




