57話 刀の少女──ウカの“キャラヴァン・ハート”
焦熱の断崖の岩場を進むにつれ、風の温度がわずかに変わった。
熱を帯びた空気の中に、どこか乾いた草の匂いと、砂に混じる香辛料のような香りが漂ってくる。
ウカがくるりと振り返り、俺とレイリンを指さした。
「ちょっと足元気をつけてね。この先、砂が深くて滑りやすいから」
少女の声は明るいが、歩き方は完全に戦士のそれだった。
砂の密度を見極め、崩れやすい岩の角度に目を走らせ、危険な場所は軽く石を蹴って確かめる。
(ウカ……やっぱり旅人なんて気軽なレベルじゃないな)
大きなザックはぎっしりで、ゆるく揺れるたびに中から金属音や木のぶつかる音がした。
テント、鍋、縄、薬、保存食具、そして巨大な片刃刀。
一人で小さなキャラヴァンを運んでいるような装備量だ。
レイリンが半ば呆れたように尋ねた。
「ウカちゃん、その荷物全部ひとりで運んでるの?
重そう……いや、絶対重いでしょ……?」
ウカは当たり前のように答えた。
「うん。三日ぶんくらいの生活道具だよ。
キャラヴァンから少し離れてるときは、全部自分で持つのが普通だからね」
「普通じゃないよ……!」
レイリンは額に手を当てたが、ウカは気にした様子もなく軽い足取りで前へ進む。
やがて道幅が広い場所に出た。
砂の丘の向こうには、休憩場所として使われるらしい岩陰が広がっている。
ウカはそこで荷物を降ろし、汗をぬぐった。
「ふぅ……やっと着いた」
「ここ、いつも使うのか?」
俺が尋ねると、ウカはこくんと頷いた。
「うん。隊商の人たちがよく通る道だから。
危ない時期は、魔物を追い払ったり、崩れそうな場所を補強したり……」
レイリンが目を瞬かせる。
「ウカちゃん……もしかして護衛みたいなこと、してる?」
「ん……まぁ、そんな感じかな。
旅の途中で会った人たちに頼まれて、手伝ってるうちに……自然と」
ウカは照れたように笑った。
「わたし、強いわけじゃないんだけどね。
でも、誰かを“守りたい”って気持ちは、ちょっとだけ人より強いんだと思う」
その言い方は穏やかだったが、
“本当に危険な目に何度もあったことがある”
と直感でわかる重みがあった。
その時だった。
ザザッ──と砂が動く音が聞こえた。
周囲に目を向ける前に、ウカが一歩前へ出た。
「来るよ――!」
砂の斜面を裂くように、飛び跳ねる影が二つ。
丸く盛り上がった砂丘が急に割れ、
“牙の生えた砂犬”と呼ばれる魔物が姿を現した。
レイリンが驚き、すぐに詠唱の準備を取る。
(とはいえ……これはそこまで強い魔物じゃない。
でも、この勢いだと当たりどころが悪けりゃ危険だ)
俺も剣に手をかけた瞬間――
ウカが自分の胸にそっと手を当てた。
「火の仲間がいる……?」
ウカの瞳が、まっすぐ俺とレイリンを見据えた。
「ふたりとも……火の気を持ってるよね?」
レイリンは頷く。
「うん。私、火属性。ロンは……まぁ、水だけどね。
火の仲間を“支援する”の得意なの?」
レイリンがそう言うと、ウカは嬉しそうに笑った。
「うん!
わたし、“火の仲間の鼓動”を……感じられるんだ。
誰かが闘ってる時、その火をもっと強くしてあげられるの」
その直後、ウカの周囲にふわりと赤い膜のような気配が広がった。
「キャラヴァン・ハート……!」
小さくつぶやくと同時に、
彼女の胸から淡い鼓動が伝わり、
火属性であるレイリンの身体がかすかに光った。
レイリンの炎が、まるで“引き上げられる”ように強まる。
(これが……《キャラヴァン・ハート》か)
火の味方の攻撃力を底上げする――
ゲームでもたしかにそんなスキルだった。
ただ現実で見ると、ただのバフじゃない。
“火属性の仲間と心を繋げる”
そんな不思議な温かさがあった。
ウカが刀を構えながら言う。
「行くよ、ふたりとも!」
サンドゲイル一体が、レイリンに飛びかかる――!
「任せて!」
レイリンが張り詰めた声で攻撃を放つと、
キャラヴァン・ハートの効果で火属性の攻撃が一段濃く、鋭く輝いた。
サンドゲイルは空中で焼かれるように転げ落ち、砂煙をあげて倒れた。
もう一体が俺へ牙を向けて突進してくる。
「おらぁっ!」
俺が剣を抜き、横薙ぎに水気をまとわせて斬り払う。
レイリンの強化も働いたのか、いつもより手応えが軽い。
魔物は悲鳴とともに砂に沈み、消えていった。
戦いが終わると、ウカは息を整えつつ、微笑んだ。
「よかった……ふたりとも、怪我してない?」
レイリンは腕を回しながら、感心したように言った。
「ウカちゃん……すごいね。
あのスキル、ただ強化するだけじゃなくて……
“炎”が燃えやすくなる感じがした」
ウカは胸に手を当てた。
「うん。
わたし、火の人を見るとね……
その人の“心の炎”がどんな形してるか、少しだけわかるの」
「炎の……形?」
俺が聞くと、ウカは恥ずかしそうに笑った。
「レイリンさんは……まっすぐで、明るい炎。
ロンさんは……静かだけど芯の通った青い炎。
……支えたくなる炎」
(俺が“青い炎”……?
妙な比喩だけど……なんだろう、悪い気はしない)
レイリンは照れ隠しのように肩をすくめる。
「なんかこの子……危なっかしいけど、放っておけないね……」
「へへ……ありがとう」
ウカは巨大ザックを背負い直し、刀を腰に戻した。
明るく、軽やかで。
けれどその目には、確かな強さが宿っていた。
“仲間を支えるための旅人”
その言葉は、彼女の立ち姿を見れば納得できた。
俺たちは自然と、ウカの後について歩き始めた。
焦熱の断崖道。
赤い砂が夕日に照らされ、三つの影がゆっくりと伸びていく。
ウカの旅はまだ続く。
そして――その先には、また新しい物語が待っている気がした。




