55話 森の夜明け──三姉妹の再会と新しい蜜の香り
黒蜜寄草の核が砕け、森に静寂が戻ってから、しばらく。
甘く濁った香りは嘘のように消え、代わりに清らかな風が吹き抜けていく。
夜の森なのに、どこか“夜明け”の気配がした。
レイリンが大きく息を吸いこみ、微笑む。
「……うん。森が、ちゃんと息をしてる」
剣を納めながら、俺の胸の奥にあった重みがすっと消えていくのを感じた。
メルは顔を光に向けて、まるで祈るように目を閉じている。
「……よかった……本当に……よかった……」
涙の跡が頬を伝っているが、その表情は晴れ晴れとしていた。
すると――
バサッ、バササッ!!
風を切る音とともに、小柄な影が二つ飛び込んできた。
「メルっっ!!」
「メルーーーっ!!」
森の奥から駆け寄ってきたのは、黄色と緑の装束を着た二人の少女。
どちらもメルと同じ透明な羽を持ち、蜂を模した耳飾りが揺れている。
姉たち――
メニャータ養蜂園の“蜂蜜三姉妹”の長女と次女だ。
長女ルナは落ち着いた顔の美人で、緑色の髪が柔らかく揺れる。
次女ミアは活発で、金茶の髪をポニーテールにまとめていた。
二人はメルを見つけるなり同時に抱きついた。
「無事だったのねメル!!」
「よかったぁぁぁ!!
森の異変が酷くて……メルが戻ってこなくて……!」
メルは急に挟まれるように抱きしめられて、むぐっと声を詰まらせた。
「ふ、ふたりとも……! ちょ、ちょっと……くるしい……!」
それでも、声は嬉しさでいっぱいだった。
しばらく抱き合っていた三姉妹だが、やがてルナが俺たちのほうへ向き直る。
「助けてくれて……本当にありがとうございました。
巣が荒らされ、養蜂園も大混乱で……
森の奥は危険すぎて、わたしたちだけじゃ近づけませんでした」
ミアも深々と頭を下げる。
「黒蜜寄草……あんなものが咲いてたなんて……
ロンさんたちがいなかったら、森はもう……」
(そんな礼儀正しくされるほどのことじゃないんだけどな……)
思わず頬をかく。
レイリンは、やわらかく笑って言う。
「いいの。メルちゃんの必死さが伝わったから。
私たちも、ほっとけなかっただけ」
メルは少し照れたように、指をもじもじ動かす。
「えへへ……
だって……森も、お姉ちゃんたちも大好きだし……
お客さんに喜んでもらいたいし……
あのままじゃ嫌で……」
「メルは、本当にがんばり屋さんね」
ルナが娘を見守る母のような目で微笑む。
ミアはメルの頭をわしゃわしゃ撫で回した。
「よく泣かないで頑張ったじゃん! 偉い偉い!」
「ちょ、ミアお姉ちゃん、子ども扱いしないでー!」
その光景は――
巣喰い甲蜂と死闘を繰り広げていた姿とは似ても似つかない、
とても温かい“家族”そのものだった。
その時。
「ほら、見て!」
レイリンが蜜洞の中央を指差した。
崩れ落ちた黒い花の跡地から、
光の粒が舞い上がっている。
その中心――
小さな“黄金色の芽”が出ていた。
メルが目を輝かせる。
「これ……“純蜜花”……!」
ルナも息を呑む。
「黒蜜寄草が消えると、ごく稀に芽を出すのよ。
森の魔力が浄化される時にだけ現れる……特別な花」
ミアが腕を組む。
「これが咲けば……超高純度の“再生蜜”が採れる!
森の回復も早まる……!」
レイリンが驚いたように俺へ囁く。
「ロン、この花……
ひとつ咲くだけで、養蜂園の一年分の高級蜜に匹敵するよ……!」
(そんなすごいのか!?)
メルは涙を浮かべながら花の前に膝をつく。
「よかった……本当に……よかった……
森が、また……生き返る……!」
三姉妹はそっと手を取り合い、
黄金の芽を囲むように輪を作った。
その光景を少し離れて見守った。
(これは……もう完全に“夜明け”だな)
森の暗闇に、黄金色の光がゆっくりと満ちていく。
蜂たちが羽音で小さなハミングを奏で、
風が蜜の香りを運ぶ。
それは――
森と養蜂園の再生を祝福する音色だった。
しばらくして、メルが俺たちの方へ振り返った。
「ロンさん、レイリンさん!」
「ん?」
「お礼……させてください!」
メルは胸を張って言った。
「養蜂園に戻ったら……
わたし、お二人のために、
特製“甘露ハチミツラーメン” を作りますっ!」
レイリンが目を輝かせる。
「えっ……そんなの絶対おいしいじゃん!!」
思わず笑った。
「楽しみにしてるよ」
三姉妹とともに歩き出すと、
森には新しい蜜の香りが満ち始めていた。
――夜が明ければ、養蜂園はきっと笑顔で溢れる。
そう思えるほど、
静かでやさしい光が森の奥から差し込んでいた。




