51話 ハチミツ三姉妹──末っ子メルの“接客力”
メニャータ養蜂園の奥へ進むほど、
花畑の香りは濃くなっていく。
甘さに草の匂いが混じり、さらに奥には――
“魔力の粒子”みたいな気配も漂っていた。
その中心で、メルが軽やかに飛びながら振り返る。
「えへへ〜、ここが私たち三姉妹のお仕事場なんです!」
三姉妹。
そういえば、メルは三姉妹の末っ子。
しかし、姉達の記憶はない。
園内を見渡してもメル以外の姿は見えない。
「今日は、お姉ちゃんたちは?」
レイリンが尋ねると、メルは頬を指でつつきながら答えた。
「えっと、今日は街の方までお届けに行ってて……
お店とか、薬師さんとかに“魔蜜”を配達してるんです」
なるほど。
その間、この広い養蜂園を一人で見回っているわけか。
(明るいだけじゃなくて……けっこう頑張り屋なんだな)
メルは胸の前で手を組み、誇らしげに続ける。
「だから今日は、園の案内も、魔蜜の説明も、全部わたしが担当なんです!
おもてなし、がんばりますねっ!」
言葉の後ろで、薄い翅がきらっと揺れる。
まるで“期待してて!”とでも言ってるようだ。
丘を少し下ると、
大小さまざまな木の箱――蜂の巣箱――が整然と並んでいた。
その周りには淡金の蜂が飛び回っている。
こちらに敵意はなく、むしろ穏やかで、
花の香りの延長線上で漂ってくる温度にも似ていた。
メルは、巣箱の前でくるりとターンすると、
両手に持った杖をぱんっと地面に軽く突く。
「じゃあまずは、挨拶から!
ミッケさんたち、ただいまです〜!」
蜂……いや、“魔蜂”たちが、
ピピッ、ピルル、と高い音で返事をする。
レイリンが驚いて声を漏らした。
「返事した……!?」
メルは胸を張って、えっへんと鼻を鳴らす。
「みんな、とっても賢いんですよ!
ちゃんと名前もわかるんです〜!」
「名前まであるのか?」
「もちろんです!
この子はミッケさん、この子はハニーちゃんで……あ、この子は!」
メルはふと巣箱の影を指差した。
そこには、少し大きめの魔蜂が揺れていた。
腹の部分が丸くて、金色の模様が特に鮮やか。
「この子は“ブンブン丸”さんです!」
思わず吹き出しそうになった。
(……そのネーミングセンス……)
レイリンは肩を震わせながらも微笑む。
「……メルって、三姉妹の中で一番明るいでしょ?」
「はいっ!みんな優しいですけど、
わたしが一番元気!ってお姉ちゃんたちに言われます!」
その声が本当に太陽みたいで、
聞いてるこちらも元気になる。
メルは巣箱から少し離れ、
花の咲く細道へ案内してくれた。
風が吹くたびに、
黄色い花粉と甘い香りがふわりと舞う。
「そういえば……さっき挨拶した時、
なんだか身体が軽くなったんだけど……」
俺が言うと、メルはぱぁっと顔を輝かせる。
「気づきました!?
あれ、わたしのスキルなんです!」
手に持つ杖の先端から、
ほんのり甘い香りが漂った。
「挨拶は元気に!
っていって、
お客様の元気が減ってたら、ちょびっと回復できるんです!」
「確かに、じんわり回復した気がした」
「えへへ〜。
接客はいつもお客様を見ながらだから……
“疲れてないかな?”って気配がわかるんですよ」
その言葉に、レイリンが「わかるわかる」と頷く。
「なんか接客業って、そういうのあるよね。
お客さんの表情見ただけで、大体の気持ちがわかるっていうか」
メルはさらに続ける。
「お店のお手伝いを小さいころからしてたので……
“誰かの元気をちょっとだけ増やしてあげたいな”って思って、
スキルが育ったみたいなんです!」
その口ぶりは誇らしげというより、
純粋に「嬉しい」と言っているようだった。
歩いていくと、
果樹と蜜花の間にテーブルと木のベンチが並べられた場所があった。
メルがくるっと振り向く。
「ここは、わたしたち三姉妹のおもてなしスペースです!
旅人さんや、出荷のお客さんが来たときに、
お茶と簡単なお菓子を出すんです〜!」
ベンチの上には、
蜜色のシートが敷かれていて、
どこか“手作り感”があって温かい。
レイリンが席に腰を下ろしながら尋ねた。
「三姉妹って……どんな感じなの?」
メルは嬉しそうに語り始めた。
「えっと……!
長女のルナは優しくて……すっごく面倒見がいいです。
いつも“メルは元気だねぇ”って頭を撫でてくれるんですよ」
目がつい細められ、表情が柔らかくなる。
「次女のミアは……ちょっと怖いけど……
ほんとはとっても優しくて……
料理や蜜の加工を全部教えてくれた人なんです!」
レイリンが「素敵な家族だね」と笑う。
メルは照れながら頷いた。
「はい!
わたし、一番ちびっこだから、まだまだお手伝いも下手だけど……
みんなの役に立ちたくて……がんばってます!」
その言葉に嘘はひとつもなくて、
純粋でまっすぐで、
聞いている方が胸を打たれる。
俺はふと、ベンチの上の小さな飾りに目をやった。
蜜蝋で作られた小さな花。
その横に――小さなラベル。
「“おもてなしの心をもって”……?」
レイリンが不思議そうに首をかしげる。
メルは慌てて手を振った。
「“おもてなしの心をもって”っていうのは……
敵をちょっとびっくりさせる攻撃なんですけど……
ほんとは……“歓迎したい”って気持ちのほうが大きいんです!」
(攻撃スキルまで接客由来か……)
内心笑ってしまった。
その時だった。
――ふわり。
遠くの花畑で、影がひとつ揺れた。
レイリンも気づいたらしく、
視線をそちらへ向ける。
「メル……あれ、何?」
メルの表情から、すっと笑顔が消えた。
風が止まり、
甘い香りの奥に“ぴり”っとした気配が混じる。
「……あれは、妖花蜂です。
本来はおとなしいんですけど……
最近、魔花の奥に“何か”がいて……刺激されてるんです」
その声は、さっきまでの明るさとは違い、
小さく、でも確かな“不安”を含んでいた。
「だから……お姉ちゃんたちが不在の今日は、
私が見回らなきゃいけなくて……」
メルは杖をぎゅっと握る。
「ロンさん、レイリンさん……
奥を見に行く前に……お願いがあります」
翅が不安げに震えながらも、瞳だけはまっすぐだった。
「今日の“おもてなし”……
最後まで、私にさせてください」
花畑に吹いた風が、
まるで小さな決意を運ぶように揺れた。
次の瞬間――
蜂蜜色の少女は、静かに深呼吸した。
「ようこそ、メニャータ養蜂園へ。
どうか……私の大切な場所を見ていってください」
その姿は――
まさしく“接客力の化身”。
甘く柔らかな香りと共に、
メニャータ養蜂園の秘密へと続く物語はさらに深まっていく。




