48話 使い魔たちの反応──恋の火種に揺れる闇の球体
ルビルの黒い翼が夕暮れの街角へ消えていき、
その影が完全に見えなくなったころ――
ようやく肩の力を抜いた。
「び、びっくりした……」
レイリンが胸に手を当てる。
「ルビル・マルク……あれは迫力あったな……」
俺も息を吐き出しながら呟く。
だが――落ち着いたのはほんの一瞬だった。
ふたりは気づく。
「……レイリン」
「うん、見えてる。気のせいじゃないね」
店の入口付近に、
ふわり……と光が三つ。
さっき出ていったばかりの、
ルビルの使い魔たち。
そのうち二体が――
なぜか店の前で“残っていた”。
一体は入口に張りついたまま、
もう一体は窓ににゅっと貼りつき、店内を覗き込んでいる。
そして三体目は――
「ちょ……なんで鍋の真上に浮かんでんだよ!?」
俺は慌てて火を弱める。
鍋の真上で、
ぷかん……と酔ったように漂う使い魔。
レイリンは苦笑しつつ言った。
「……完全に“気になる”って顔だね、これ」
どうやら三体とも、
ここに残る理由があったらしい。
俺は思わず眉をひそめる。
(ルビルは気づいてないのか……?
それとも勝手に離れたんだろうか)
三体の使い魔は、
それぞれ違う個性を持っているようで――
すでに店内を自由に飛び回り始めていた。
俺とレイリンは、
ひとつひとつの動きを注意深く観察する。
⸻
■1体目──むすっと顔の“警戒型使い魔”
入口に張りついている使い魔は、
明らかに怒っていた。
ぷんすこ顔で、店内をぐるりと監視し、
ときどき俺を睨みつける。
レイリンがそっと近づく。
「なにその顔……完全に番犬なんだけど」
むすっと顔は、
レイリンの声に反応したようにホバリングしながら、
ピルナが座っていた席のほうを向いた。
俺は小さく頷く。
(……ピルナの“恋の感情”の残り香を感じ取ってるんだな)
恋心を持つ亜人小悪魔の魔力は、
ときどき強い“余韻”として残る。
魔力感知能力の高い使い魔たちは、
その痕跡を追っているのかもしれない。
すると――
むすっと顔が、突然ぷるぷると震えた。
(え……怒ってる?)
と俺が思った瞬間、
ふわりと鍋の香りが入口の方へ流れた。
――途端。
むす顔が、とろけた。
ぷにゃぁ……
という、ゆるゆるの表情。
レイリン「……懐いたね」
俺「早ぇよ……」
⸻
■2体目──好奇心の塊“探知型使い魔”
窓に張りついていた使い魔は、
完全に研究者モードだった。
席、器、調味料、厨房道具、
すべてをじーーっと観察する。
ときどき跳ねたり、回転したり、
動きがとにかく落ち着かない。
俺はそっと手を差し出してみる。
「興味あるのか?」
その瞬間――
“!!??!!”
凄まじい勢いで近づいてきた。
「お、おわッ!?」
顔のすぐ横まで来て、
俺の目、髪、胸元、鍋を興味津々で覗き込む。
レイリンが笑いながら言う。
「これ……料理に興味あるタイプだね」
(召喚士の使い魔って、料理に反応するのか……?)
俺は不思議に思った。
その時――
スープの蒸気が使い魔にふわりとかかった。
次の瞬間。
使い魔の目が、
キッラキラに輝く。
まるで
“これ!!!うまい!!!!”
と訴えているようだった。
ビュンビュンと体を揺らし、鍋の周りを飛び回る。
レイリン「完全に堕ちたね……」
俺「食い物には弱いんだな……」
⸻
■3体目──とろけ顔の“感応型使い魔”
そして三体目は――
鍋の真上で、ぼんやり浮かんでいた。
目がとろんとし、
今にも寝落ちしそうなほどのうっとり顔。
(……こっちはこっちで、どうしたんだ?)
俺が鍋の蓋を少し開けると、
白湯スープの香りがふわりと広がる。
その瞬間。
「…………(とろ〜ん)」
使い魔の表情が……
完全に恋する顔になった。
レイリンは吹き出す。
「ははっ……!ピルナちゃんより早く落ちてるじゃん!」
俺も思わず笑った。
「使い魔って……こんな顔するんだな……」
さらにこの“とろけ型使い魔”は、
ふよふよと移動して、ピルナが座っていた席の上へ。
残ったスープのしずくを見つめて――
切ない顔をする。
(……ピルナの気持ち、ちゃんと届いてるな)
俺は胸が温かくなるのを感じた。
⸻
■三体が店の中央で“意思表示”する
ひとしきり動き回ったあと、
三体は揃って店の中央へ集まった。
そこで――
ぺこん。
全員が、一斉に小さく頭を下げるように体を傾けた。
レイリン「これって……」
俺「たぶん……お礼、だな」
使い魔たちは言葉を発さない。
けれど――
・ピルナがここで流した涙の意味
・ラーメンの温かさ
・この店の空気
それらを“理解した”かのような動きだった。
そしてまるで、
「主を脅かす敵じゃなかった」
そう伝えるように。
⸻
■そして、ピルナの方角を見つめて去る
使い魔たちはゆっくりと出口へ向かう。
むすっと型はまだ少し怖い顔だが、
さっきよりは明らかに柔らかい。
好奇心型は鍋を名残惜しそうに振り返り、
とろけ型はふにゃふにゃしながら漂う。
そして――
三体とも、
“ピルナが歩いていった方向”
をしばらく見つめた。
そのあと、
ふわりと身体を揺らし、
夜の通りへ溶けるように消えていった。
レイリンがぽつりと言う。
「……これ、ピルナちゃん、案外いけるんじゃない?」
俺も頷く。
「使い魔たち……ピルナを敵だとは思ってない。
むしろ、少し興味を持ってた」
店内には、
ラーメンの香りと、
使い魔たちが残していった微かな魔力の余韻。
こうして――
ピルナの恋と、ラーメンの温かさが結びついた瞬間、
小さな火種が確かに灯った。




