43話 冬の海の小冒険──氷化モンスターの巣へ
海辺の村を抜けると、潮の匂いが一段と濃くなった。
冬の海は、音まで冷たい。
ザァァァァ……
波が砕ける音は、まるで氷を割るように鋭く響く。
「さぁ、行くぜ。
“氷化ども”は、あの岩場の向こうに巣を作ってる」
先頭を歩くラントの足取りは軽い。
しっぽがピンと立ち、海風のリズムに合わせて揺れる。
レイリンはその後ろを歩きながら、寒そうに肩をすくめた。
「わ、波しぶきが……冷たい……!
でも、海ってすごくきれいなんだね」
「ああ。冬の海は厳しいけど、嘘つかない海なんだよ」
ラントが笑う。
その声に、強さと誇りが滲んでいた。
(ラント……本当にこの海が好きなんだな)
そんなことを思っていると──
足元がふっと白く光った。
「ロン、レイリン、気をつけろ」
ラントの声が低く響く。
次の瞬間──
ザバッ!
浅瀬の海面を割り、
黒い塊がひとつ、雪の中から飛び出した。
どろり。
ずるり。
闇色の粘液に、白い氷が斑模様のように張りつく異形。
「ひ、氷化ドロドロ……!」
レイリンが息を呑む。
「お、おそってくる……!」
闇と水の魔物がこちらに向かって、
粘性の身体を揺らしながら迫ってくる。
「よーし、肩慣らしにはちょうどいいや!」
ラントが両足をぐっと踏み込んだ。
海風が、その身体の周りに巻き起こる。
(来た……!
“型”の構え……!)
俺の心臓が跳ねた。
ゲームでは、
水属性パーティを最速に変える伝説のスキル
リアルのラントは──
ゲーム以上に速かった。
「行くぜッ!」
バッ!!
ラントの姿が消えたかのようだった。
氷化ドロドロのすぐ横に、
彼女はすでに移動していた。
「獣人拳法──組手ッ!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
氷化ドロドロの身体に、連撃が炸裂した。
粘性の身体が砕け、飛び散る氷片が光を反射する。
「すっ、すごい……本当に速い……!」
レイリンの目が丸くなる。
だが──
砕け散った破片が、すぐに再構築され始めた。
「まだだよ! これしぶといんだ!」
ラントの叫びと同時に、
氷化ドロドロがレイリンへと伸び上がる。
「っ……!」
「レイリン!!」
俺の身体が勝手に動いた。
胸の奥で、
スープを飲んだ時のような――熱が弾けた。
「──“俺に任せろ”!」
叫んだ瞬間、
腕が勝手に前へ走る。
海風と潮の香りを切り裂く、
鋭い一撃。
バシュッ!!
青い水属性の光が走り、
氷化ドロドロの核に命中した。
魔物の動きが、一瞬止まる。
「ロン……すご……!」
「まだよレイリン! 一歩下がって!」
ラントが叫ぶ。
「体勢立て直す前に決めろ!
あとはアンタらの番だ!」
息が荒くなる。
(やれる……!)
振り返り、レイリンの名前を呼んだ。
「レイリン!」
「うんっ!」
レイリンの手が光る。
「“元気の源”!」
白い光の粒が舞い、
身体に優しい力が満ちる。
「……ありがとう」
「ロンなら、もっとできるよ!」
魔物が再び形を取り戻す前に、
三人は一斉に飛び込んだ。
ラントが側面から速攻で削り、
レイリンが支援と回復、
俺が正面から切り込む。
単純だけど──
今の俺たちには最強の連携だった。
「とどめッ!」
ラントの拳が氷化ドロドロの核を砕いた瞬間、
魔物は一気に霧散し、
海風の中へと溶けていった。
残ったのは、
白く輝く“氷化海藻”と“潮凍り貝”。
「よしっ、冬の海の最高素材だね!」
ラントが笑う。
レイリンは胸に手を当てながら、息を整える。
「ロン……すごかったね……
あんな動き、できるんだね……」
「いや……俺、まだまだだよ。
正直、ラントの速さについていくので精いっぱいで……」
「へへっ、悪ぃな!
アタイの拳、ちょっとクセ強いんだわ!」
三人で笑い合う。
そのとき、海の向こうに夕日が落ち始めていた。
波に反射する光が揺れ、
空は金と橙の境目を染めている。
「……きれい」
レイリンが呟く。
風に髪が揺れ、
その表情は、海と同じくらい静かで優しかった。
「海って、こんなに……
怖いだけじゃないんだね」
「そうだよ」
ラントが頷く。
「怖くて、厳しくて……
でも、ちゃんと向き合えば、応えてくれる。
アタイはそれが好きなんだ」
潮風がラントのしっぽを揺らした。
(ラント……本当にかっこいいな)
「ほら帰るぞ!
レイリンのラーメンとロンのスープで、腹を満たしてくれよ!」
「もちろん!」
「帰ろう、ロン!」
海の幸を抱え、三人は村へ戻り始める。
冬の海は荒れていたけど──
今日の冒険は、どこか温かかった。




