表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/78

39話 天使が降りた朝──静けさと光の来訪

 セイスイのバーでの“地獄のフルコース酔い潰れ事件”から、数日が経った。


 あの夜のことをレイリンは、ことあるごとにくすっと笑ってからかった。

「ロン、あのときね、ほんとに“ぽよん”って崩れたんだよ? 漫画みたいに」

「……忘れていただけると助かる」

「むり~、一生の宝物~!」


 恥ずかしさで消え去りたい気持ちだったが、レイリンの笑顔があまりに楽しそうで、それ以上何も言えなかった。


 そんな、のどかな数日が流れ──


 その朝は、静かに始まった。


 ぴしり、と張りつめた冷気。

 外は一晩中雪が降り、世界を真っ白に塗り替えている。

 まだ客のいない厨房は、寸胴の中でスープが小さく呼吸するような音だけが響き、心地よい温度を保っていた。


 まかない用の鍋をかき混ぜながら、小さく息をついた。


(……ここで迎える、初めての“普通の朝”か)


 元日はもう過ぎ、街はゆっくりと正月モードから日常に戻り始めている。

 年越しの怒涛の来客も落ち着き、ようやく店にも静けさが戻った。


「ロン、おはよ!」


 階段を軽やかに降りてきたレイリンは、いつもより少しだけ明るい色の服を着ていた。

 中華風のデザインだが、正月の名残を感じる飾り紐が胸元に揺れる。


 派手すぎず、それでいて可愛らしい。

 自然と目が奪われてしまう。


「どう、かな……? ちょっとお正月っぽくしたんだけど……」

「似合ってるよ。すごく」


 俺が素直に言うと、レイリンは耳まで真っ赤にして

「そ、そう?……よかったぁ……」

 と、まるで子どもみたいに胸元の紐を触れながら照れていた。


 そんな空気の中──


 “チリン……”


 木製ベルが揺れた。


 まだ開店準備も完全には終えていない時間。

 レイリンと同時に振り返る。


 そこに立っていたのは──


 光をまとったような少女だった。


 ふわりと白金色の髪をなびかせ、

 背中には淡い光を帯びた羽。

 白いワンピースの裾には雪の結晶が落ちたようにきらめきが走る。


 彼女が一歩踏み出すたび、店の空気が温かく揺れるようだった。


「……あの……やってますか……?」


 声も、まるで鐘の音のように柔らかい。


 レイリンはぽかんと口を開け、

 俺は息を止めていた。


 天使みたい──そんな例えでは足りなかった。


(……マリル・アルヒー……!?)


 ゲームで人気を博した光属性亜人。

 限定UR版が登場したときはSNSも大騒ぎだった。


 だが、目の前にいるのは通常のマリル。

 おっとりした天使の看板娘タイプの、美しい亜人の女の子。


 だけど……限定URを知っている俺からすると、

 「天使が店に降りてきた」

 以外の言葉が見つからなかった。


「あ、あの……ラーメンの匂いが、して……つい……」


 頬を染めながら、マリルは胸の前で手をそっと重ねた。


 レイリンがはっとして、慌てて頭を下げる。


「いらっしゃいませっ! えっと、その……開店前だけど、入って大丈夫だよっ」


「……よかったぁ……ラーメン……だいすきで……」


 その一言だけで、店がぱぁっと明るくなった気がした。


 


 マリルは席にちょこんと座り、

 羽を畳んで、くるんと背筋を伸ばした。


「……もしよければ……味見……お願い、できたり……しますか……?」


 その瞬間──レイリンの表情が、ぴくっと変わる。


 驚き、そして……ほんの少しだけ、胸の奥にきゅっとした感情。


 マリルの柔らかい笑み。

 俺に向けられた“味見のお願い”。

 そして天使のような見た目。


 どれも自然にレイリンの心をざわつかせた。


(……かわいくて、きれいで……あんな子が味見したいとか……ずるい……)


 そんな声が、ぎゅっと飲み込まれた気配がした。


「もちろん、いいよ」

 俺が言うと、


「……っ! じゃ、じゃあ私が案内するね!」

 レイリンはカウンター奥から顔をのぞかせ、

 妙に張り切って湯気の上がる厨房側へ手招きした。


 内心むずむずしているのが伝わってくる。


(やきもち、か……?)


 その微妙な距離感が、なんだかちょっと可愛い。


 


 丼を温め、スープをひとすくいして、慎重にマリルの前へ置く。


「どうぞ。まだ試作だけど」


「……いただきます……」


 マリルは両手でそっとレンゲをすくい、

 目を閉じて──ひとくち。


 ぴくっ。


 雪明かりのように淡い表情が、ぱあっと光を宿した。


「……あ……」


 その一音だけで、レイリンは固まった。


 俺も、心臓を掴まれる。


「……しあわせ、です……」


 マリルは、胸の前で手を合わせて小さく震えた。


「……この香り……あったかい味……

 やさしくて……でも、すこし泣きたくなるくらい……

 ……おいしい、です……」


 レイリンは唇を引き結び、

 胸を押さえて、小さく息を吸った。


「ロン……なんか……ずるいよ……」


「え?」


「……こんなに喜んでくれるお客さん……反則でしょ……」


 マリルは気づかないまま、にこにこと丼を見つめていた。


 羽がふわりと震え、

 光の粒のように見える微細な輝きが店の空中に舞う。


 ただそこに彼女がいるだけで、

 店がまるで祝福されているみたいだった。


「……あの……もうひとくち、していい……ですか……?」


「もちろん」


「ふぁぁ……ありがとう、です……」


 マリルはまた丼へ顔を寄せ、

 幸せそうに湯気を吸い込んだ。


 レイリンはその横顔を見つめながら、

 むにゃっと頬を膨らませていた。


 


(……天使が来る朝って、こんなに騒がしいのかよ)


 思わず苦笑する。


 マリルはまだゆっくりと味わい続けている。

 レイリンはそわそわと落ち着かない。

 そして俺は……天使に店を褒められて胸の奥がくすぐったい。


 静かな朝に降り注いだのは、

 本物の“光”と、少しの“やきもち”と、

 そして……どこかくすぐったい幸福の気配だった。


 冬の冷たい空気の中で、

 店の窓から立ち上がる湯気だけが、

 やわらかく、静かに、空へ昇っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ