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サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


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35/75

35話 閉店後のご褒美──レイリンの誘い

 メニャータの街は、新年の余韻を残しながら、徐々に落ち着きを取り戻していた。


 ──とはいえ、店の厨房はまだほんのりと温かい。


 寸胴鍋の底にうっすらと残ったスープの香り。

 今日一日使った菜箸、まな板の木目に残るスープの色。

 カウンター越しに響いていた客の笑い声の余韻。


 それら全部が、まだ俺の身体の中で揺れている。


「……ふぅ。今日も一日、お疲れさま」


 レイリンが肩を回しながら言った。


 あどけない笑顔のまま、だけどどこか充足感があって、

 “開業二日目の看板娘”とは思えないほど堂々として見える。


「ほんと、よく働いたな……俺たち」


「ねっ。だけど……やっぱり嬉しいよね。

 こんなにたくさんの人が来てくれたなんて」


 彼女は胸に手を当てる。


 その仕草はいつもの元気さとは違う。

 どこか、少しだけしんみりとした温度。


「チュンシーちゃんも、すっごく喜んでたし……

 マリーちゃんも、また食べに来てくれるって」


「そうだな。……ありがたい話だよ」


 ふたりで店内を見回す。


 客のいない店は広く感じる。

 特に今日は、慌ただしく忙しかったぶん、余白の静けさが胸に染みた。


 ふたりで掃除をして、食器を片付けて、

 暖簾を下ろし終えたのは、夜の深い時間だった。


 雪は静かに降り続けている。


「さて……寝るか?」


 俺がそう言うと、レイリンは首を横に振った。


「ううん。ロン、今日は……がんばったでしょ?」


「……まぁ、俺なりにはな」


「なら、ご褒美あげたいなって思って」


「ご褒美……?」


 レイリンは目を細めて笑った。


 その笑顔は、今日一日のどの笑顔より柔らかい。


 ――ほんの少しだけ、大人っぽい。


「ロン。どこか、行きたいところある?」


「行きたいところ……?」


 いきなり振られて、返事に詰まる。


 メニャータに来てから、

 俺は店と森と街を往復しただけだ。


 だけど胸の奥に、ひとつだけ引っかかっていた場所がある。


(……セイスイ。

 ゲーム最強のキャラのひとり。

 闇属性の怪物)


 そしてレイリンの話に出てきた

 “助けてくれた人”。


 俺が知りすぎている名前。


 その店が、街のどこかにある。


 迷った。

 でも、言葉は自然と口から出た。


「……酒、飲める場所とか……あるのか?」


「あるよ。あるから聞いたの」


「……なるほど」


 レイリンはコートを手に取り、ふわりと羽織った。


「じゃあ……行こ?」


「どこに?」


「お酒の飲めるお店だよ」


 やっぱりか。


 直感は当たっていた。


 レイリンは暖簾の下りた店の鍵を閉め、

 くるりとこちらを向いて、嬉しそうに言う。


「セイスイさんのお店。

 “バー・ミスティカ”っていうの。

 わたし、前に……助けてもらったから」


 小さく息を呑む。


(やっぱり……セイスイの店、あったんだ)


 ゲームにそんな店はなかった。

 彼女はバトルキャラで、酒を扱うイベントCGはあっても、

 「店を経営する」なんて描かれたことはない。


 けれどこの世界では──

 キャラたちが、生きている。


「ちょっとだけ、寄りたいの。

 お礼も、ちゃんと言えてなかったから……ね?」


 レイリンの頬が、冬の夜気で少し赤く染まる。


 それは寒さのせいだけじゃないのかもしれない。


「よし。行こうか」


「うん!」


 街灯の光に照らされながら歩き出す。

 雪を踏む音が、さりさりと規則正しく鳴る。


 店の賑わいを終えたあとの二人きりの帰り道は、

 戦いとも厨房とも違う、不思議な静けさをまとっていた。


「ロン、今日は……楽しかったね。

 忙しかったけど……ずっと笑ってた気がする」


「俺も。あんなに人が来てくれるとは思ってなかった」


「ふふっ。レイリンの接客、効いたでしょ?」


「レイリンのおかげだよ」


「……うん、ロンのラーメンもね」


 互いの言葉に、ふっと沈黙が落ちる。


 その沈黙が、なぜか心地よい。


 風が吹いて、レイリンの紺色の髪が揺れた。

 その横顔を見ると、胸の奥が少し熱くなる。


 恋に落ちそうなわけじゃない。

 ただ、心の距離が近づいているのは分かった。


 気づかないふりをして、俺は口を開く。


「セイスイって……どういう人なんだ?」


「強いよ。すっごく。

 わたしひとりじゃ絶対に太刀打ちできなかった」


「……やっぱりな」


「でもね、それだけじゃないの。

 あの人、すごく綺麗で……ちょっと怖いけど、優しい」


 レイリンは少し照れながら笑う。


「“困ったときは店に来なさい”って言ってくれて……

 今日も、その……ロンと一緒に来れたらなって」


「……そうか」


 言葉が少しだけ胸に染みた。


(困ったとき……か)


 この世界に何があるか分からない。

 頼れる相手がいるのは、心強すぎるほど心強い。


 雪の街を抜け、少し暗くなった路地へと入る。


 街灯が減り、代わりに紫の光が道を照らし始めた。


「……あっ、あれ」


 レイリンが指さした先に、

 妖しく美しい光を放つ看板があった。


 《BAR MYSTICAバー・ミスティカ


 金と紫を基調にした看板には、

 夜の蝶のような紋章が輝いている。


 店の前に立っただけで、

 温度がひとつ変わったように感じた。


 扉の隙間から漂う香り。

 酒の芳醇な匂いと、魔法のような甘い気配。


(……これが、セイスイの世界)


「ロン、入ろ?」


 レイリンが微笑む。


「ああ」


 ドアを押した瞬間──

 紫と金の光がゆらりと揺れ、

 店内の空気が外へとこぼれ出た。


 その空気は、

 まるで歓迎の抱擁のように温かかった。


「いらっしゃい──」


 低く、艶のある声が響く。


 店の奥、特等席とも言える豪奢な台座に、彼女は優雅に腰掛けていた。

 揺らめく紫の光は、まるで彼女の魔力が具現化したかのようなネオンサイン。

 

 彼女の手には、なみなみと注がれた琥珀色の酒が入った朱色の杯。

 それは客人に振る舞うためのものか、それとも彼女自身が楽しむためのものか。


 紫銀の長い髪が揺れ、金のアクセサリーが光を受けて、夜の蝶のようにきらめく。


 ――セイスイ。


 ゲームで最強と謳われた“酔華の魔女”。


 その本物が、こちらを見て微笑んでいた。


「レイリン。よく来たわね。

 ……その子は?」


 セイスイの瞳が俺を射抜いた。


 その瞬間、背筋に冷たい電流が走る。


 破壊力も、気迫も、ゲームの数値では測れない。


(……これが、UR格の圧か)


 飲み込まれそうになった俺の腕を、

 レイリンがそっと掴んだ。


「紹介するね。

 わたしの……一緒にお店やってる人。

 ロンだよ」


 セイスイは小さく目を細めた。


「ふふ。なるほど……面白い子ね」


 その声音は妖しく、

 そして──どこか優しかった。


「さぁ、座りなさい。

 せっかく来たんだから……

 “最初の一杯”は、わたしが奢ってあげる。」


 その言葉に、

 俺とレイリンは静かに席につく。


 夜はまだ長く、

 セイスイの紫の魔法に満ちていた。

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