30話 大晦日の夜──“年越し一杯”が街を温める
冬素材で仕込んだ新しいスープは、
湯が沸くたびにふわりと立ち上がり、
店中に“冬だけの旨味”を沁み渡らせた。
骨の甘い香り、
カルキノスの旨味、
コカトリスの冷気が残す澄んだ余韻。
――今年最後の、特別な一杯だ。
鍋の向こうでレイリンがくすっと笑った。
「ねぇ、ロン……今日、すごくいい匂いだよ」
「ああ。森で頑張ったかいがあったな」
そこへ、勢いよく厨房の扉が開く。
「さーて! 海で鍛えたこの両腕、今日はいちばん忙しくなる予感!」
ペスカーナ・マリーネが、
セーラーハットをきゅっと押さえながら入ってきた。
その目は、冬の海のように澄んで、
波のように勢いがある。
「マリー、頼りにしてる」
「もちろんっ! レイリンとロンさんの店ですもの!」
日が暮れ、街に灯りが灯りはじめた頃――
お客が、ひとり、またひとりと店に吸い寄せられていった。
「年越しラーメンだって?」
「この香り……たまらないな」
「今年の締めにあったまろう!」
雪の中から続々と客が流れ込む。
湯気、湯気、湯気。
小さな店は、湯気と声と笑顔でいっぱいになった。
「レイリンさん、お水お願い!」
「はーいっ! こちらどうぞっ!」
「マリー、三番卓追加!」
「任せてです隊長っ!」
厨房は熱い。
でも、その熱はどこか懐かしくて、心地よかった。
ラーメンを作るたび、
“街の年越し”そのものを作っているような気さえした。
スープを注ぎ、麺を泳がせ、具材を整える。
(……悪くないな)
こんな夜に、
こんな場所で、
こんなふうにラーメンを作っている自分を――
不思議と誇らしく思えた。
深夜。
屋台の灯りもひとつ、またひとつ消え始める。
最後のお客が去り、静かになった店内に、
余韻の湯気だけがふわりと残る。
「ふぅ……今日、すっごい働いたね」
レイリンが壁にもたれながら笑った。
頬はほんのり赤く、湯気と同じ温度をまとっている。
「マリー、最後まで助かった。ありがとう」
「へへっ。ふたりの店、なんか好きだからさ! また来るね!」
マリーは明るく手を振り、
雪の中へ駆けていった。
店じまいを終えると、
レイリンがそっと外へ出た。
静かな雪。
遠くで、年越しの鐘がゆっくり鳴り始める。
商店街の屋根に積もる雪が、
月明かりに淡く輝いていた。
「ロン……今年、いろいろあったね」
雪の夜気に溶けるような、小さな声。
その横顔は、
この一年のすべてを受け止めて
来年にそっと渡そうとするような柔らかさを帯びていた。
俺は何も言えなかった。
でも、心の中では静かに分かっていた。
この世界で、
この店で、
この仲間たちと――
湯気と笑顔のある日々を積み重ねていきたい、と。
鐘の音が止む。
代わりに――
温かいラーメンの香りが、
聖夜でも年越しでもない、
**“メニャータの新しい一年”**をそっと迎えにきた。
年越しそばの代わりに、
年越しラーメンの湯気が、静かに街に流れていく。
その湯気は、
確かにメニャータの冬を温めていた。




