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サービス終了したゲームの世界で、俺はまだラーメンを作っている  作者: アザネ


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24/77

24話 最初のお客さん──ベル・チュンシー

 扉の前で凍ったように立ち尽くしている少女を見て、

 レイリンは弾かれたように声を上げた。


「ち、チュンシーちゃん!? なんでここに──!」


「ひ、ひゃいっ!!?」


 チュンシーは肩を跳ねさせ、

 まるで猫みたいに背中の毛……いや、尻尾がふくらんだ。


 細い両手で大きな旗付きの杖をぎゅっと抱え、

 全体重がつま先に乗ったまま動けなくなっている。


「れ、レイリンさまが……レイリンさまが……

 きょうから、お店を開店って聞いて……っ」


 言葉が途中で迷子になる。

 でも気持ちだけは、溢れすぎて止まらない。


 その様子を見て、レイリンは慌てて駆け寄った。


「もう、泣きそうな顔して……!

 でも、来てくれて嬉しいよチュンシーちゃん!」


「ひゃっ……ひゃいっ!?!?

 れ、レイリンさまっ! 手っ、手を……っ!

 わ、わたし今、心臓が……たぶん……止んじゃう……!」


 いや止んだら困る。


 見ているこっちが心配になるほど顔が真っ赤で、

 ツインテールまで震えていた。


 リス亜人の少女。

 風の加護を受けた軽やかな脚。

 町で人気の呼び込み娘で、回復スキルも扱える“優秀な従業員”。


(うわ、本物のチュンシーだ……

 こんな近くで見ると……思ったより、ずっと小さい)


 身長はレイリンより少し低く、

 けれど存在感は驚くほど明るい。


 その明るさが今は緊張で空回りしている。


「あ、あのっ……!

 あの……! れ、レイリンさま……!

 ラーメン……もう食べても……いいのでしょうかっ……!」


 勇気を振り絞った声に、レイリンはふわっと笑った。


「もちろんっ!

 でも、そんなに緊張しなくていいんだよ?」


「む、無理ですっ!!

 レイリンさまのお店の……っ、れ、レイリンさまの店の、

 “最初のお客”になるなんて……!

 そ、そんな……光栄すぎて……っ!」


(……そんなに……?)


 レイリンは少し困ったように笑い、

 チュンシーの背中をそっと撫でた。


「じゃあ……席、座ろっか?

 ね、大丈夫。ほら、ゆっくりで」


「ひゃ、ひゃい……っ」


 チュンシーは、

 スカートの裾を両手で摘んでお辞儀しながら席に向かった。


 ちょこちょこ歩くたびに靴音が軽く跳ねる。

 尻尾もきゅっと上向きに揺れていて、

 緊張を隠せていないのが可愛らしかった。


 ──席についた途端。


 チュンシーの鼻がふるふるっと動いた。


「……この匂い……っ」


 瞳がぱっと輝く。


(やっぱり鼻が利くんだな……)


 湯気の向こうで、

 チュンシーの赤い瞳が俺の方へ向く。


「これ……きっとおいしい……!

 まだ食べてないのに分かります……!」


 純粋すぎる反応に、

 こっちが嬉しくなる。


「ふふっ、じゃあロン。

 一杯、お願いできる?」


 レイリンが、まるで儀式の始まりみたいに微笑む。


「ああ。任せてくれ」


 俺は、仕込みを思い出しながら動いた。


 寸胴の蓋を開けると、

 ふわりと立つ湯気にチュンシーの肩がびくっと跳ねる。


「わぁ……っ」


 声が漏れた。


 まず麺を湯へ。

 時間を見計らい、ザルで持ち上げて湯切り。

 丼へスープを注ぐと、

 黄金の表面がゆらりと揺れる。


 モンスターの肉と葉を慎重に盛り付け、

 最後に香味油をひとさじ。


(……よし)


 初めての“他人のための一杯”。


 両手で丁寧に載せ、チュンシーの前へ。


「お待たせ」


 チュンシーの赤い瞳が、ぱちぱち瞬いた。


 両手を胸の前でぎゅっと握り、

 息を呑んで──


「い、いただきます……!!」


 丼を両手で抱え込むように持つ。

 小動物らしい仕草が可愛い。


 箸を震えながら取り、

 麺を口に運んだ瞬間──


「…………っっ!!!???」


 尻尾が、

 ぴょこん!!

 と跳ね上がった。


 椅子の上で全身が弾んで、

 丼を落としそうになりながらも必死に支える。


「お、おいし……っ……!

 おいしすぎ……て……っ!!」


「え、えへへ……っ、本当……?」


 レイリンの瞳も潤み始めていた。


「おいしいです!!

 誇張なしに……っ!

 レイリンさまのお店が……ついに……ほんとうに……っ!」


 チュンシーの言葉が震えているのは、

 ラーメンの湯気のせいだけじゃなかった。


「ありがとう……ロン」


 レイリンが小さく呟く。


 俺は照れ隠しに厨房に向き直る。


「良かったよ。本当に」


 それは、

 今まででいちばん実感のある“成功”だった。


 チュンシーは丼の底まで綺麗に食べ終えると、

 両手でぎゅっと感謝の礼をした。


「ごちそうさまでしたっ!!

 ち、ちちち──チュンシーっ、また来ます!!

 で、でも……レイリンさまと……もっと話したい……っ!」


 そして、慌てたように腰のポーチをごそごそし始めた。


「わ、わわ……!

 れ、レイリンさまのお店なのに……っ!

 ちゃんと……ちゃんと、お支払いを……!」


「え? そ、そんな……初めての一杯だし……!」


「ダメです!!」


 チュンシーは勢いよく立ち上がった。

 尻尾がふわっと膨れている。


「レイリンさまのラーメンは……“価値”です!

 だから……ちゃんと“もらった気持ち”で返さないと……!」


 その言葉は、驚くほど強く真っ直ぐだった。


 そして──


「あっ……あった!」


 ポーチから取り出したのは、

 銀色に輝く硬貨。龍の紋章が刻印されたコイン


 メニャータで一般流通する貨幣──


《ゴクコイン》


 ゲームで何千回と見たあの硬貨を、

 今は少女の小さな手が握っている。


(……本物だ……)


 胸の奥がじんわり熱くなる。


 チュンシーは硬貨を両手で包み、

 レイリンへと差し出した。


「ひ、ひと……ひと杯分……お願いします!

 すっごく、おいしかったですっ!」


「……ありがとう、チュンシーちゃん」


 レイリンは両手で受け取り、

 硬貨を胸元でそっと抱いた。


 ただの支払いではない。

 この店が“店として認められた瞬間”だった。


 俺はふたりのやり取りを見ながら、

 胸の奥で静かに息をついた。


(……これで本当に、始まったんだな)


 厨房の隅に置かれた木箱に、

 レイリンがそっとゴクコインを落とし入れる。


 コトン。


 その小さな音が、

 店の空気を確かに変えた。


 “麺屋ドラゴンラーメン”は、

 最初の収益を得たのだ。


「ごちそうさまでした!!

 チュンシー、チュンシー絶対また来ます!!

 お、お店……がんばってください……っ!!」


「あ、ありがとう……っ!」


「ありがとう。またね」


 そうしてチュンシーは、

 リスの尻尾をぴこぴこ揺らしながら店を飛び出していった。


 扉のベルが軽く揺れて──


 チリン……と小さく鳴る。


 残ったのは、

 湯気の余韻と、温かい気持ちと、

 木箱に落ちた“1枚のゴクコイン”。


 レイリンが微笑みながら言った。


「ロン。

 これが……“うちの最初の売上”だよ」


「ああ。ちゃんと受け取った」


「うんっ!」


 ふたりの笑顔に、

 スープの湯気がふわりと絡んだ。


 湯気の向こう。

 厨房の奥。

 クリスマスの白い光。


そして──

麺屋ドラゴンラーメンは、

 確かに“動き始めた”。


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