暴発
はるか昔、世界は混沌としていた。
人間は戦争に明け暮れ、その敵意や恐怖から魔物という存在が生まれ、恐怖を食らうために
人間を襲うという悪循環。
それを断ち切るため、ある人間の高僧が自らの力で三人の魔物を生み出した。
それが、エヴォル、ドンジェン、結の三体である。
高僧は彼女たちに、各地の魔物たちを集めて統率し、魔物の被害を少しでも軽減させるように命じた。
彼女たちは三つの地方それぞれに赴き、比較的穏和な魔物たちをまとめ上げ、人間を脅かそうとする魔物たちと戦い、遂に陰の存在にまで追い詰めた。
そして今日に至る。
というような話を道すがら月夜に聞かされた。
「つまり、女神っていうのは、『良い魔物』ってことなんだな」
「人間から見ればね」
まあ、確かに魔物側からすれば、良い、だけで片付けられる話じゃねぇか。
「じゃあ、お前たちも、女神の仲間なのか?」
女神たちは人間を脅かす魔物と敵対してる。なら逆に人間を襲ってない魔物は女神の下で戦ってる仲間、ってことだろうか。
だが、月夜は首を振って、
「メイレンはアスラ様の部下だけど、あたしは別
誰の下にもついてないわ」
それをメイレンが補足する。
「魔物の中にも個人で好き勝手にやってる奴はいっぱいいるよ
人間に危害さえ加えなけりゃ女神様たちに目をつけられることもないしな
でも·····」
メイレンは月夜をじとっと見て、
「姐さんは結構無茶して全員から目つけられてるよ
この間だって、エヴォル地方の人間の城ぶっ壊したらしいじゃん?」
「あれは向こうが百パーセント悪いから大丈夫」
月夜はきっぱり言う。
って、こいつそんなことしてたのか·····。
深く突っ込んで聞いてみたかったが、その前にメイレンが声を上げる。
「お、着いたぞ」
と、言うが、見渡す限り、草原か岩場。目立つものは丘くらい。建物らしきものはない。
俺はかなり不思議そうな顔をしてたのだろう。月夜が顔を覗き込んできて、
「バセット、あんた、女神様がお城とかお社とかに住んでるとか思ってたんでしょ」
「違うのか?」
聞くと、メイレンが説明してくれた。
「そういうところに住む奴もいるけど
俺たち純粋な魔物って、姿を消せるから、人間や野獣に襲われる心配ってのがないし、暑さ寒さもあんま感じないから、家が必要ないんだよ」
なるほど。
「だから、アスラ様もどっかその辺にいると思うよ」
どっかその辺にいる女神様って何だよ。なんか、様付けしてるわりには扱いがぞんざいな気がするぞ。
とりあえず俺たちは丘に向かって適当に歩き出す。
「あ、いた!」
月夜が前方を指差した。
俺はその指の先を見て、絶句した。
丘の麓にある岩に腰かけて、白黒の熊のような魔物と話している女性が、多分アスラさんだろう。
とんでもない美人だった。
年は、二十後半ってところか。林檎みたいに真っ赤な唇に、猫のような瞳。それがかなり色っぽい。
スタイルも抜群で、着てる服はすっげえ大胆。肩が出たタイトなワンピースでミニスカートな上に裾にスリットまであって、太股がほぼ露になっている。
正直、ものすごく目のやり場に困る見た目だった。
とか思ってると月夜に脇腹を小突かれて、
「バセットってば
『すっげえ美人でナイスバディ!
服もやばすぎて目のやり場に困るぜ、げへへへへ』
とか思ってるんでしょ」
「思ってねぇよ!!」
言い回しは違うが、内容は大体合ってるのが腹立つ。
当のアスラさんはまだこっちに気付いてないようだが。
「アスラ様···」
メイレンが声をかけながら近づいていくと、
「!」
アスラさんが突然眉間をおさえてうずくまった。
具合が悪いのか?
俺も駆け寄ろうとしたが、月夜に袖を引かれて立ち止まった。
「離れろ」
「へ?」
次の瞬間、
「い···ぎきいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
アスラさんが奇声を上げたかと思うと、上空にぶっ飛んだ。