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正直者

作者: 佐賀かおり

 江崎アツシの父、江崎正一は刑事だ。

 捜査一課に籍を置く刑事で犯行現場で一度(ひとたび)にらむとたちまち犯人を探り当て捕まえる事から『にらみの正一』と呼ばれる敏腕刑事だ。


 にらみの正一は根っからの刑事だ。

 街を歩けば鋭い眼光の為に犬に吠えられる。

 ベビーカーの赤ん坊にも泣かれた。

 張り込みの最中にコンビニに弁当を買いに行けば目つきの悪い不審人物として万引犯に間違われる。


 にらみの正一は家でも根っからの刑事だった。

 彼は息子のアツシの部屋で一度にらむと、たちまち隠されていた二十点の算数のテストを発見した。

 客間の畳の下に隠されていた妻のへそくりも見つけ出した。

 アツシが高校生の時は枕カバーの中に隠してあったエロ本も見つけたし、アツシの姉がカレシとのデートの為に密かに買っておいたスケスケのパンティも見つけ出して没収した。

 ちなみにパンティはその後、母が着用したそうだ。

  

 父はこのように家中の暗部(あんぶ)を白日の(もと)(さら)け出しては言った。


「俺に隠しごとをしても無駄だ」


 本当にそうだった。

 にらみの正一は家族にも(なさ)容赦(ようしゃ)がなかった。


 やがて観念した家族は皆、ウソをつく事や秘密を持つ事をやめた。


 そして十五年の月日が流れた。


「で、この十五年、一度もウソをついていないのか」

「ああ」


 アツシは職場の食堂で月見うどんを食べながら隣に座っている同僚に返事した。


「信じられないな、すごいよ」

 モテモテで三(また)している同僚には信じられない事だった。

 目を白黒させている同僚の横てアツシは不安げに言った。


「大丈夫かな」

 

 昼の休憩が終わり同僚とわかれた彼は一人、廊下を歩きながら(つぶや)く。


「不安だな」


 彼はこれからウソをつかなければならないのだ。


 アツシが診察室に入るとナースが近づいてきて言った。

「先生、お父様、もうお見えになっています。お通ししますか? 」

「うん、お願いするよ」

 程なくして診察室のドアが開き父が姿を見せた。

 アツシの前にある丸イスに腰掛けながら

「悪いな、手間をかけて」と言う。

「気にしないでいいよ」アツシは言った。


 父は先週、胃の調子が悪いと大学病院の勤務医であるアツシを訪ね、検査した。

 アツシの手元には、その検査結果がある。


 ステージ(フォー)の胃がんだった。

 手術しても治る見込みは無く余命半年と思われた。


「で、どうだった?」父の問いに

 アツシは意を決して言った。


「い、胃炎だったよ。く、薬を出すから飲んで」


 話したそばからダメと分かった。

 声はうわずっているし、二度、どもってしまった。

 自分の目が泳いでいるのも感じとれる。

 誰が見たってウソなのがバレバレだ。

 ましてや父は刑事なのだ。


 失敗してアツシはうなだれた。

 でも仕方がないのだ、十五年もウソとは無縁の生活を送って来たから上手にウソがつけないのは当たり前なのだ。


 診察室は静寂に包まれた。壁にかけられた時計の秒針がカチカチと動く音が聞こえる。


 すると父が口を開いた。


「そうか、大した事がなくて良かった」


 その言葉にアツシの感情は激しく揺れ動いた。


 なんでそんな事を言うのだ。

 昔のように『俺に隠しごとをしても無駄だ』と言えばいいじゃないか。

 なんで(だま)されているふりをするんだ。


 アツシの中で感情はふくれ上がったが、彼がその思いを吐露(とろ)することは無かった。


 代わりにアツシはボロボロと涙をこぼした。


 時計の秒針がカチカチと音を立てている。

 静寂に包まれた診察室で、幼子(おさなご)の様に泣く息子を『にらみの正一』は穏やかに笑って見ていた。





 


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