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5.(最終話)

 ゆっくりと振り返ると、少し離れた場所にはハロルドが立っていた。以前よりもどことなく大人びた気がする。


「4年ぶりだね」


 彼は静かに言った。その声は、あの頃のままだった。


「……ハル……いったい……どうして? ……なぜ……ここに?」


 問いかける声が途切れ途切れになってしまう。


「君に会いに来た」


 簡潔な答だった。その真っ直ぐな視線から目を逸らすことができない。


 二人の間に沈黙が下り、風が丘を吹き抜け、かすかな葉擦れの音だけが響く。しばらく見つめ合った後、彼が視線を左方向へと向け、釣られてそちらを眺める。遠くにハミルトン家の屋敷が木々の合間から小さく見えた。


「君のところも、どうやら落ち着いたようだね」


「ええ。……ありがとう。あなたやあなたのご両親が陰でいろいろと手助けしてくださっていたと、父から聞いたわ」


 それを知った昨夜、私がどれほど嬉しかったことか……。私を、そしてハミルトン家を見捨てず、密かに支援してくれていたなんて。


「たいしたことはできていないよ。君の頑張りに比べたら――」

「私はなにもできなかったわ」


 思わず彼の言葉を遮ってしまった。抑えきれずに口から零れ出ていた。


「なんにもできなかった」


 そう繰り返して顔を逸らすと、彼は距離を詰めてきた。触れるほど近くに寄ったので、思わずその顔を見上げる。


「君のご両親は、君が家のすべてを取り仕切ってくれていたから、家内の憂いは一切なく、外でやるべきことを存分にやれたと言っていたよ。アレクとユーニスさんも、子供たちの生活や教育をすべて君まかせにしてしまって、申し訳なかったそうだ」


 ハロルドは続けた。彼がこれほど話し続けるなど滅多にないため戸惑う。


「アレクがこうも言っていた。自分たちがほとんど家にいなくても、子供たちに家の状況を説明し、両親がなぜ留守がちであり、どのようなことをするために、どこでなにをしているのかを説明してくれていたから、子供たちもきちんと把握できていた、とね。君は君のできることをちゃんとやっていたんだ」


「……そう言ってもらえると、救われる気がするわ。……でも……そもそも、こんな羽目に陥った原因を作ったのは私だから──」

「それは違う」


 今度はハロルドが私の言葉を遮った。語調も強かったので、それにも私は驚いた。


「もしも君が鉱床を見つけなかったとしても、あんなことをするような奴は、なにかしらの理由を見つけて追い落とそうとしてきただろう。魔法石は彼らが工作しやすかっただけだ」

「そうだとしても、でも思ってしまうの。いっそ魔法なんて使えなければよかったって」


 ハロルドが首を横に振る。


「ねえ、フィー、君の魔法がなかったら困っていたのは僕だ」


 意味がわからず、私は首を傾げる。するとハロルドは、私の目を覗き込んできた。


「君は20年前にもっとすごい魔法を使ったよ」

「なんのこと?」

「フィーは僕と初めて会ったときのことを覚えている?」

「初めて? ……いいえ、わからないわ。……いつなのかしら?」

「僕が5歳だったから、フィーはあのときは3歳だね。この丘で会ったんだ。隣の領主にピクニックに招待されたからと、父にここに連れてこられて、君と初めて会った。今日みたいに青空で、気持ちのいい日だったな。……フィーは、僕が父に引き取られた事情は知っているんだよね?」

「少しだけ」

「そうか。……父に引き取られて、おかげで僕は救われた。……身体はね。けれどあのころの僕は、心が死にかけていたんだ。父はそれに気付いたものの、結婚もしていなかったのにいきなり5歳児の父親になってしまって、どう対処したものかわからなかったらしい。君のお父上に相談したそうだ。それで君に引き合わされた。君はなぜだかこんな僕に懐いて、それ以降は四六時中僕の後ろを付いて回って、半年くらい経ったときだったかな、僕を大好きだと言ってくれた」


 ハロルドが笑いかけてきた。あのいつもの笑顔だ。


「そのおかげで、僕はこうして今も生きていられる。すごい魔法だろう?」


 なんと答えていいものかわからなくなってしまった。言葉を詰まらせていると、ハロルドの指が私の目元を拭う。自分がいつの間にか泣いていたのだと気付かされる。


 私はどうにか微笑み返すことができた。


「それ、本当に私の魔法だったのかしら?」

「間違いないよ。僕が保証する」

「ハルがこんなにおしゃべりするの、初めて聞いたわ」

「ああ、そうだね。1年分くらい話したかもしれないな。でもまだ3年分ある」

「あなたがそんな冗談を言うだなんて」


 私は声を上げて笑ってしまった。ハロルドが頭を掻く。

 この4年間で私の心に積もった(おり)が、少しずつ軽くなっていくような気がした。


「ところで、フィーに相談があるんだ」

「なあに?」

「うちの領都をどう思う? 以前出かけたときには、とても気に入っていたようだったけれど、変わらない?」

「ええ」

「本当に?」

「本当よ」


 質問の意図が掴めないまま、思っている通りに答える。使用人が最小限になった我が家ではなにかと人手が足らず、ときに私も隣の領都まで買い物に赴くようになったのでよく知っている。人が多く賑やかだが、王都のように騒がしくない。治安もいいので、外出時も安心だ。そう説明した


「ならば、あの街に住むようになってもいいだろうか?」

「住む予定なの?」


 フィッツウィリアム家の本邸は、領都から少しばかり離れた場所にある。屋敷になにかあったのだろうかと疑問に思った。


 彼は少し間を置いてから答える。


「領都に家を買ったんだ。小さな家だけどね」

「え?」


 予想外の言葉に、思わず聞き返した。


「条件が揃ったから、僕は廃嫡してもらった」

「廃嫡? なにを言っているの?」


 意味が理解できず、混乱した。伯爵家の嫡子であるハロルドが廃嫡? そんなことがあり得るのだろうか。


「君が僕と離縁した理由を知って、すぐに父に相談した。家を出たいので廃嫡してほしいとね」

「なぜそのようなことを?」

「君を取り戻すために」


 私は息を呑んだ。


「……でも、廃嫡だなんて……」

「元々僕は実子でないのだから、実子が嫡子となるのが正当だろう? リチャードが生まれるまで、他に男子がいなかったために僕が嫡子になってしまったが」


 ハロルドは淡々と語った。


 フィッツウィリアム伯爵からは、弟が新たに後継となる準備が整うまでは待つように、と指示されたそうだ。ハミルトン家が爵位返上を申請したと聞いて、ハロルドは廃嫡だけでなく除籍も望んだため、返上となるかどうか結果が出るまで待つという意向もあったようだ。


 そこでハロルド自身も準備することにした。待っている間に、法学院に通って弁護士資格を取り、実務経験を積んだのだという。無口な彼に向いているとは言い難いが、貴族令息が家の恥とならずに就ける職業は限られている。


 先月、リチャードに婚約者が決まったそうだ。それがハロルドにとって潮時だったらしい。家を出るための条件が揃ったと伯爵に認めてもらい、弁護士事務所と正式に雇用契約を結んだという。


「だから、フィオナ」


 彼は再び、あの少しだけ目を細めて口元を緩めるだけの笑顔を浮かべた。


「もう一度、僕と結婚してほしい」


 周囲のすべての音がかき消えた。


 静寂が広がる小高い丘の上で、私は立ち尽くしていた。目の前には大好きな幼なじみがいる。その人の顔に浮かぶのは、11歳になったばかりの彼が、湖で「結婚するなら君がいい」と言ったときとまったく同じ笑みだった。


「家から除籍されてはいないから、子爵家の君とでも結婚できるはずだ。君が、弁護士の妻でも構わないのであれば」

「ハル……」

「もう二度と君を手放したくない。僕は君の隣で、共に生きていきたいんだ。フィー、返事をくれないか?」


 ハロルドの声が、私の胸に穏やかに染みてくる。昔は私ばかりおしゃべりをして、彼は黙って聞いているばかりだったというのに、すっかり逆転している。


「ハロルド様、私と結婚してくださいませ」


 精一杯の気持ちを込めて言った。すると彼の顔に初めて、あの控えめな笑顔以上の、喜びの表情が広がる。


「フィー、ありがとう」


 もう一度見つめ合った。


 少しして、「戻ろうか」とハロルドが言ったので、「ええ」と私は答えながら、なんとはなしに振り向いた。陽を受けてキラキラと輝く湖面が目に入る。


 子供の頃のように私たちは手を繋ぎ、それから並んでゆっくりと歩き始めた。


 丘には柔らかな風が吹いていた。



GLAY の「HOWEVER」がテーマソングと勝手に決めてます。


設定はビクトリア朝時代の英国を参考にしましたが、実際とはかなり異なる描写が多々あります。

特に主人公母実家の没落に関する部分は、完全にご都合主義です。


服飾については、少し調べただけでもなんだかタイヘンすぎたので、文中でまったく触れてません。

まぁヒストリカルではなく、ゆるふわファンタジーということで。


あと、わかりやすくするため家名と爵位号は同じにしています。

わかりやすくというか、私自身が混乱してしまうのです。


それから、「行ってらっしゃい」等、英語には概念がない言い回しも使ってます。

だって日本人が日本語で書いてるんだもん。


うん、言い訳ばかり。

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