2.
物心ついたときには、すでにハロルドは側にいた。フィッツウィリアム伯爵家の嫡男で、唯一の遊び相手だった幼なじみ。
彼の家と私の家は、祖父の代に我が家が男爵から子爵に陞爵して、彼の家の領地に隣接する小さな領地を賜ったことから交流が始まったそうだ。やがて彼の父と私の父が王立大学で同級生としての付き合いを始め、親友となったこともあり、両家は親密になった。
さらに、私の能力が判明したために両家の結びつきは強さを増した。乳児期の判定では私に魔法の才はないと思われたが、6歳になって間もなく、魔法石を感知するという受動魔法が使えるとわかった。ハロルドと共に探検と称して伯爵家領地の森を散策していたとき、偶然に鉱床を見つけたのだ。魔法石鉱床は山の麓から中腹で見つかるのが常で、常識を覆して森の中だったことが非常に驚かれたものだ。
後に、1年以上かけた訓練によって、私は魔法石を探査する能動魔法も使えるようになった。根気のない私が訓練を続けられたのは、ひとえにハロルドのおかげだった。彼自身はまったく魔力を持たないにも関わらず、ずっと訓練に付き添ってくれた。辛抱強い彼がたびたび諭してくれなかったら、私はとうに投げ出していたろう。
精錬された魔法石は、魔法を使用する際の補助具として有用である。自分では扱えない種類の魔法を使用したいときや、護身用に殺傷力のない能動魔法を仕込んでおきたいとき、あるいは動力源としての魔力を充填させるため、軍だけでなく一般にも多く出回っている。需要が高かったので、私の感知・探査魔法は重宝することになる。
フィッツウィリアム家は、元々領地に大きさな魔法石鉱床をいくつか持っていたことから、その採掘と精錬を事業の中心軸にしていた。魔法石を扱う実績を十分すぎるほどにもつ。
一方ハミルトン家は、領地からはさほどの収益がなかった。祖父も父も以前は武官として軍務に就いていたが、二人の軍事情報収集能力が隣国との戦争回避に貢献したために、褒賞として与えられたのが陞爵と領地だ。正直なところ迷惑だと二人は思ったそうだが、受け取らざるを得ず、慣れない領地経営をする羽目になった。そんなときに領地を出身地とする商人からの依頼で、高位貴族との取り引きを橋渡しした。その商人の一人娘が母であり、数年後に母が嫁いできたのを機に、商家と貴族との仲介を請け負う形で収入を補填できるようになった。母の実家であるエバンス家は、かなりの規模をもつ有数の商家だったので、それを頼みとする領地貴族は多かったのだ。つまり我が家には、母方の祖父という商売上手な後ろ盾がおり、国内外の多くの取引先と多岐の販路を提供できた。
そのような背景と、最初に見つけた鉱床が2つの領地をまたぐものだったため、両家は事業提携した。採鉱、加工、流通、販売、そのすべてを両家で分担して一元化したことで、必要経費も魔法石の値段も下げることができた。事業は順調に進んだ。
魔法石事業のなかで、最初期段階の探鉱が私の仕事となった。といってもハロルドと共にフィッツウィリアム領を歩いて回り、鉱床のあるなしを彼に告げる、それだけだ。私はもちろんまだまだ子供で、仕事をしているつもりなどなく、ハロルドと散歩を楽しんでいる感覚だった。領地の地図を細かく区画分けし、鉱床の見つかる可能性が高い場所の当たりを付けて優先順位を決める、などといった下準備も、当日の移動手段の手配も、すべてハロルドがやってくれていた。
鉱床は数ヶ月に1つくらい見つかった。山と比べると森で見つかる鉱床はかなり小さいが、質は高いらしい。なにもかも順調だった。そうして数年が過ぎた。
やがて、伯爵家の嫡子である彼と、子爵家の末子である私の間に縁談が持ち上がるのは、ごく自然な流れだった。年回りも2歳違いと程良く、ハロルドが11歳になって間もなく正式に婚約が決まった。その年の秋から彼は寄宿学校に入学する予定であり、中等教育校入学前に婚約を済ませるのは地方貴族の慣習だった。
王都に向かう数日前、私たちは湖でボートに乗った。夏の午後だった。お付きの者がすぐ側にいるのが常だけれど、その時は少し離れた場所に別のボートで待機していた。だから私たちは彼らが見えないふりをした。
「二人きりになりたかったんだ」
ハロルドがそう言ったとき、私は意外に思った。
彼はわがままどころか些細な願いさえ口にしない。たいてい無表情であり、幼い頃から情動を表すこともなく、彼の両親が心配するほどだったらしい。それは彼の5歳までの育ちのせいだと漏れ聞いた。まだ幼児だった彼を蔑ろにしていたという実の母親が亡くなり、母方の叔父であるフィッツウィリアム伯爵に引き取られたおかげで彼は救われたということだ。私は詳しい内容を知らされなかったが、聞きだして彼の傷を広げたくはないと子供心にも思っていた。
そんなハロルドが、少し目を細めて口元を緩めるだけの、ささやかな笑みを浮かべた。
「婚約してくれてありがとう。9月になったら僕は王都の学校に行くから、その前に婚約者を決めておかなくてはいけないって言われて、それで、その、父上にお願いしたんだ。結婚するならフィーがいいって」
彼の言葉がとてもとても嬉しかった。私は大袈裟なくらいの笑顔になっていただろう。
「私も結婚するならハルがいいわ」
と答えた。