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1.失われた日常

ごく普通の日常を送っていた少女の日常が、突如として変わる

「ゆーきーっ、置いてくよー?」

「今行くから待ってー!」


 『浅見(あさみ)』と書かれた家の表札。

 その家の前には黒に似た紫色の髪をショートカットにした少女がいた。彼女の声に中からバタバタという音が響いている。

 ガチャッとドアが開き、出てきたのは黄土色の髪をツインテールにしている少女だった。


「お待たせ、(さつき)ちゃん」

「アンタ、いつもギリギリね」


 皐と呼ばれた少女は少し呆れたような表情で(ゆき)にそう言った。少々トゲのある言い方だがこれも彼女なりの幸への気遣いだ。幸もそんな彼女を親しい友人として見ている。


 2人は、地元にある星影(ほしかげ)高校に通う高校1年生だ。

 浅見幸(あさみゆき)は基本的に明るく、過去は振り向かないポジティブな性格だが若干、思い込みが激しいところが目立つもごく普通の少女だ。

 一方、緑野皐(みどりのさつき)は現実主義者で頼れる姉御肌を持ち合わせている。

 何とも正反対な2人の少女だが、大変仲が良く、クラスでも公認と言ってもいいだろう。


 2人はいつも通る通学路を歩く。

 ふと、何か思い出したように幸が皐を見上げた。


「そういえば、今日って確か半日だったよね?」

「そうそう、半数の先生が出張とか言ってたっけ」


 2人で並んでそんな会話をしていれば、前から赤紫色の髪を揺らしながら歩いてくる男がいた。前髪は右目を覆う程に長く、寧ろ隠しているようにも見える。

視線は前ではなく、若干下を向いておりYシャツにGパンといった格好だ。

 その男と幸がすれ違う。


(え……?)


 幸は何か、違和感を感じた。

 しかし気のせいかと思い、あまり気にせずそのまま皐と歩みを進めていった。


「……」


 幸とすれ違った男は足を止めた。男はゆっくりと振り返ると視線の先には、幸がいる。


「あの女、まさか……」


 露わになっている紫色の瞳を細め、男は再び歩み出す。そして口を開いた。


「能力者、か……?」






「皐ちゃん、今日はここのまま?」


 半日で終わった授業、下校時間になり幸は皐にそう問いかけた。

 皐は弓道部であり、家は代々茶道の家系でもある。


「うん、今日はこのままお婆様の家に帰るよ」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろ」


 2人で教室から出れば丁度そこへ駆けてくる人物。幸の肩を軽く叩くように触れ、くるりと流れるように避ける。幸の目の前にさらりと艶やかな黒髪が通り、その人物を見上げた。


「……あっ!」

「ごめんごめん。でも少し匿ってくれる?」


 幸よりも高い身長のその生徒は隠しきれないことを知りながらも幸の後ろに身を屈めて息を潜めている。幸と皐の目の前にある通路をを左へ何人もの女子生徒が通過していった。


「あの、もう大丈夫みたいですよ?」

「助かった~。本当にごめん、壁にしたりして。気持ちは嬉しいけど追いかけられるのは困るんだよね、実際!」


 彼とも彼女とも言える中性的な顔立ちの生徒はカラカラと笑って言う。幸も皐もその笑顔に見とれていた。


「と、そろそろ行かないと。下で検事志望の仲間が待ってるからさ」

「け、検事志望の……? て、何しているんです?」

「え、降りるんだけど?」


 くるりと此方を向くその顔は「他に何かあるのか」と、言っていた。何を隠そう、窓枠に足をかけているのだ。

 しかし、ここは1年の教室のある3階である。


「け、怪我しますよ!」

「このくらい平気平気。でなきゃ刑事になんかなれやしないし」

「そんな身体能力が必要なんですか!?」

「私はね」


 にっとかっこ良く笑みを向けられてきゅんとする幸と皐、だけでなくその場にいた周囲の女子生徒たち。それと同時に軽々と本人は飛び降りた。

 幸と皐は慌てて窓枠に身を乗り出す。が、平然とした顔で見事に着地していた。


「ほら、言った通りでしょ? じゃあ、また縁があったら会おうね。浅見幸さんと緑野皐さん!」


 爽やかな笑顔で2人に手を振るその姿に女子生徒たちがキャアキャアと騒ぎ立てていた。


「おい天城(あまぎ)、お前なにやってんだよ。どこの特撮俳優だ」

「それもいいけど私は刑事になるんだよ、東宮(とうぐう)検事」

「知っとるわ刑事バカ!」


 先程口にしていた検事志望の仲間と思われる男子生徒と会話をしながら校門を出ていくその様子を幸と皐は眺めていた。

 そして幸は皐の方へ顔を向けた。


「……初めて話したね、皐ちゃん」

「うん。すっごいカッコいいよね……」

「あの天城先輩だよ? いつもファンクラブに追いかけられてる星影で1番人気者の」

「知ってる、私も会員だもん」


 艶やかな黒髪は空色の結い紐で緩く結われ、瞳はキリッと凛々しくその結い紐と同じ空を映したような空色。

 手足もスラリと長くモデル体型。実際に女性向け雑誌に読者モデルとして掲載されたこともあった。


 名前は天城煌(あまぎこう)

 ファンは皆「コウ様」と呼んでおり、男子制服を着用しているがれっきとした女生徒である。この星影高校の2年生で学年次席の頭脳、運動神経も良く全学年を通してファンがいるような有名人。声も中性的で男装をしたらおそらくパッと見では性別がわからないであろう容姿をしている。


「隣にいたの、東宮先輩だったね」

「東宮先輩も密かにモテるんだよ」


 煌の隣にいた人物、その名は東宮隼人(とうぐうはやと)。煌と並んでなかなかの美形だが、少々難があるとかないとか。


「ど、どうしよう! 天城先輩に肩を……っ」

「ファンクラブのトップたちに恨まれるわよ~」

「そんなの嫌だぁぁ!」


 2人でそんなやり取りをしながら歩いていれば職員室から一人の教師が出てきた。その腕には色とりどりの花束といくつもの手紙が抱かれている。


珠里(じゅり)先生!」

「あら貴女たち、まだ校内にいたの?」

「珠里先生、本当に今日で終わりなんですね」


 藍沢珠里(あいざわじゅり)、この星影高校に産休で休職していた女性教師の代打としてやって来た社会科・日本史の教師だ。

 その日本人離れした美貌と親しみやすい性格から男子生徒だけでなく女子生徒にも人気、更には男性教員さえ射止めるという、煌に続いて有名人である。本日付けで役目を終え、今から帰宅というところだ。


「それにしても凄い手紙の量……」

「先生、ラブレターもあるんじゃないですか?」

「食事のお誘いとか頻繁にあったから珍しくもないわね」


 ふぅ、と苦笑いをしながら少し困ったように溜息をつく珠里。それさえもとても綺麗に見えることから幸も皐も見惚れている。


「そういえばそのピアス、いつも付けてますよね。誰からのプレゼントなんですか?」


 皐が珠里に問いかけた。彼女の左耳に付いているピアスは動く度に左右に揺れていてとても綺麗だ。珠里はどんな服装でもネックレスやブレスレットは変えてもそのピアスだけは変わらなかったことを幸と皐は知っていた。

 一部の生徒からは「彼氏からのプレゼント」などと言っているくらいだ。


「幼馴染みよ。親不孝者の」

「親不孝者、ですか……」

「そう。全く、子供っていうか何というか……。でも悪い奴じゃないのよ。ただ少しひねくれてるだけ」


 クスクスと笑いながら話す様子に2人は「間違いなく男だ」と確信を抱いていた。


 途中まで3人で歩みを進め駐車場までくれば珠里と別れる。2人は先程までのことを思い出しながら会話に花を咲かせていた。


「じゃあまた明日ね」

「うん、気を付けてね!」

「アンタもねー」


 駆け足で去る皐を手を振りながら見送れば幸はそのまま街の方へ足を進めていった。街に出れば人で賑わっている。学生が多く見られ、おそらく自身の学校と同じ理由で昼上がりだったのだろう。


(……あ、可愛い)


 とある雑貨屋のショーウィンドウには可愛らしいデザインの服や靴があり、その前にはカップルや女性が何人かいた。それに目を奪われていればトンッと肩が誰かとぶつかる。


「ご、ごめんなさい!」

「……別に、大丈夫。でもぼやっとして歩くなよ。またぶつかるぞ」


 他校の生徒らしいその彼は男子生徒にしては少し大きめの瞳をしていた。真ん中で分けられた茶色の髪は紫の瞳と合わせると暗く見えるも、光で赤茶にも見えた。その背には弓道の弓が入っていると思われる筒のような袋を背負っている。

 彼からの注意には反省するがその言い方には少しばかりカチンとしてしまう。


(な、なんなのアイツ! す、少しくらいカッコいいからってあんな言い方──)


 足元を見れば手帳が落ちていた。『神影(みかげ)』と書かれた校章、おそらく生徒手帳だ。失礼かなと思いながらも幸は手帳を開く。そこには『早坂南斗(はやさかみなと)』とあり、顔写真から先程の彼だとわかった。


(生徒手帳落としてるし……、あれ? なんだろう、この紙切れ)


 生徒手帳から少しはみ出している紙を見ればそっと引っ張ってみる。そこには何やら書かれていた。


「『(おの)が役目を忘れること無きよう、しかと胸に刻み込め。それが主を守護する護人(ごにん)を束ねし者の勤め』──なんだろう、これ」

「ッ、それを、返せ!!」


 バッと手元から手帳とその紙が奪われる。驚いて顔を上げれば早坂南斗、本人だった。走ってきたのか肩が上下に動いている。その形相は焦りより少し怒っているようたった。


「あ、あの……」

「拾ってくれたことには感謝する。だけど手帳の中身を勝手に見ることは許されねぇ。間違えたらプライバシーの侵害で訴えモンだぞ」

「そ、そんな大袈裟な!」

「小さな芽から犯罪は生まれんだよ。その時はなんの変鉄もねぇことだとしてもだっ」


 「わかったか!」と言われればその勢いに頷くしかできない幸。南斗は直ぐふいっとそっぽを向けば歩いていってしまった。


「む、ムカつくアイツ……!」


 キーッと一人で苛立ちながらも歩みは止めずに歩く。公園を通りかかると今度はサッカーボールが目の前に転がってきた。それを拾い上げ、公園の方を見れば数人の子供たちに囲まれた青年が此方を見て手を振っていた。


「おーい、それこっちにくれないかー?」

「え、え?」


 どうすればいいの、と悩んでいれば目の前にずいっと顔が近づいていた。幸は思わず声を上げてボールをぽーんっと手放してしまった。


「あっ」

「任せとけって!」


 道路へ放物線を描きながら放られたボールを青年は追いかけ宙で反転、ボールを公園の方へ蹴る。スタッと地に降り立つ姿に幸は思わず見とれてしまった。


「お兄ちゃんスゲー!」

「オーバーヘッドだ!」

「おう、頑張れば出来るぜ!」


 ニカッと白い歯を見せて笑う彼に幸は胸を撃ち抜かれる。


(か、カッコいい!!)

「アンタもいきなり手を放すなよ。あと少しでボールが潰れるとこだったぜ」


 片方の眉を下げて気を付けてろよ。と言う彼にハッとしてしょげる幸。青年は口角を上げると幸に歩み寄った。


「んなしょげんなって。次はやらなきゃいいだけの話だろーが。まっ、気にすんなよ」


 ひらひらと手を振りながら子供たちのところへ戻る青年の背中を、幸はじっと見つめていた。


(な、なんて爽やかなの……! 天城先輩みたい!)


 幸がときめく胸を押さえながら、少年たちとボールを追いかける彼の姿を見ていた。なんとも楽しそうだ。


「あの人かっこ良くない?」

「あれって神影の制服でしょ? どこかで見たような……」

「アレだよアレ! 神影の爽やか皇子! 確か名前は……、日渡将彦(ひわたりまさひこ)!」


 通りすがりの他校生の会話に耳を潜めていると『爽やか皇子』のフレーズに納得してしまう幸。

 そして思い出したのだった。


(あの神影学園高校、サッカー部のエース!)


 神影学園高校2年、サッカー部エース・日渡将彦。

 サッカー雑誌でもその活躍ぶりとプロの選手から一目置かれる天才ストライカー。更には『フィールドを駆ける日輪』の異名さえ持つ、将来有望・卒業後のプロ入りを約束された逸材だ。


「本物超イケメンじゃない?!」

「彼女とかいるのかなー?」

(すっごいモテよう……、こりゃ競争率激しいんだろうなぁ)


 彼女たちの反応を眺めながらふと、幸は思った。世の中にはルックスだけでモテる部類もいればルックス、中身共にモテる部類もいる。彼や煌はルックス中身共にモテる部類だ。と、幸は思った。


(現実にこんな人っているんだなー)


 幸は1人、そう思いながらその場を離れていった。その後ろを、ひとつの影が迫っていることも知らずに──。






 しばらく歩いていると、少しばかり小腹がすいてくる。幸はどうしようかと考えていれば路地へ続く道の前で足を止めた。


(なんだろう、この感じ。こっちに何かある気がする……)


 幸は何かに誘われるようにその路地へ入って行く。静かなそこは夜になれば少々不気味な雰囲気を持つであろう道。しかし幸はそんなことは気にもせず、その道を抜けていった。


「……喫茶店?」


 目の前に現れたのは小さな喫茶店。ドアには「Open」と営業中であるステッカーがあった。


「『Maze(メイズ)』……ていうんだ。あはは、Mのところが猫みたいになってて可愛い」

「浅見さん? 珍しいところで会ったわね」


 幸の後ろから聞こえた声に、幸は先程まで会話をしていた人物を思い出した。振り返ればそこには珠里がいた。


「珠里先生!」

「もう先生じゃないわよ? 立ってないで入っちゃいなさい」


 珠里に背中を押されながら入店。中の雰囲気は落ちついたもので店内にはクラシックが流れていた。


「アキラ、可愛いお客さんが来たわよ」

「お前、自分のこと言ってんのか」

「違うわよバカ。私の可愛い教え子」


 アキラと呼ばれた青年はカウンターの向こうにおり、読んでいた新聞から顔を上げる。黒のバンダナに銀髪が目立った。切れ長の瞳は少し気怠いようにも見える。幸はもしやと、口を開いた。


「あの人が、幼馴染みの……」

「そ、アレが親不孝者の幼馴染みよ」

「うるせーよ」


 珠里の言葉に彼は頬をひくりとさせた。どうやら図星らしい。そんな彼を見ながら珠里はクスクスと笑っていた。


「佐々木耀(ささきあきら)、彼がこの喫茶店のオーナー。こんな性格だけど、根はとてもいい奴なのよ?」


 Mazeのオーナー・佐々木 耀。

 珠里の幼馴染みで親と喧嘩して只今家出中の青年である。


「浅見幸です。珠里先生には大変お世話になってました」

「先生、ねぇ。……座れよ。で、なに飲む」


 あまり興味がないのか瞳を細めてパサリと新聞を置くなり立ち上がる。そして開口一番、そう言ったのだ。


「じゃ、じゃあ、紅茶を……」

「ストレートとミルク、どっちにする」

「……あ、ミルクティーで」

「砂糖は多め? 少なめ?」

「アンタ細かいわよ」

「……人にも好みあんだから仕方ねぇだろうが。どうする」


 細かく聞くとは思ったけども。そういうお客への配慮なんだとわかる。ちゃんとしてるなぁ、などと幸は心の中で呟いた。


「じゃあ、少し多めで」

「はいよ」

「ところで浅見さん、どうやって此処へ来たの? 来るには大変だったでしょ?」


 珠里の問いかけに幸はうーん、と考え込んだ。そして恐る恐る口を開いてありのままを言う。


「なんと言うか、自然と、誘われるように……です」

「自然と誘われるように、か……」


 オーナーの佐々木さんと珠里さんが顔を見合わせた。


「……と、なると、やっぱアレか」

「うん、アレ、かもね」


 アレ、とは何かと2人を見つめていればミルクティーが差し出される。紅茶の香りとミルクの香りがとても落ち着く。


「ありがとうございます」

「ああ、熱いから火傷には気を付けろよ」

「はい、頂きます」


 カップを触っても確かに熱そうだ。少し冷ましてから一口、喉へ流し入れる。


「お、美味しい!」

「ふふ、茶葉がいいし、淹れ方も相当練習したもんね?」

(りょう)さん、厳しいからなぁ……」


 聞き覚えのない人物の名前に首を傾げる。が、追求するのもいけないかと幸は大人しくミルクティーの味を楽しむことにした。


(その、『涼さん』て何者なんだろう……?)




「ごちそうさまでした!」

「またいらっしゃーい」


 紅茶を飲み干しゆっくりした所で帰ることに。パンケーキも食べて満足感でいっぱいだ。珠里に見送られながら、私は教わった道から帰路につく。


(珠里さんの幼馴染み、耀さん、かぁ……)


 耀の様子に笑みが溢れる。珠里と話している時の耀は照れからなのか珠里と殆んど目を合わせない。しかし珠里を見つめるその瞳には何処が愛しさも含んでいたのだった。

 街に戻れば見える景色に幸は足を止めた。行き交う人々、いつもと変わらぬ風景。その筈、なのだが。


(何、これ。さっきまで、なかったのに……)


 黒い影──。

 幸の目には胸の真ん中に、黒い影が見える。それが何なのか幸にはわからないが、言えることは良からぬものということだけ。人によってそれもあったりなかったり。ゾッとする禍々しさを保った影に幸は冷や汗を流した。


(何なの? 凄く、嫌な感じがする……っ)


 すると背後から何かに覆われる感覚。気付けば周りの人間や犬や猫でさえ動きが止まっている。つまり、時間が止まっていた。


「なっ……!」

『見つけた、我が力を与えられる者が』


 バサッと純白の羽が舞う。突然、視界を手で覆われ幸の体は硬直した。そして耳元で呟く声。


『汝に与えよう、我が力を。与えし力は『アイギス』──悪しきものを祓う力』


 耳に響く金属音のような音。視界が一瞬、青く光ったような気がした。


(な、に……? 体が痺れるような……、いや、違う。身体中を何かが走っているような感覚……っ)

『汝に与えしアイギスの名は「神の瞳」、その瞳で人間に憑く悪魔──罹魔を見つけ出すことが汝の役目』

「かか、りま……?」


 聞き馴染みのない言葉に戸惑う幸、視界を覆う手がどかされると幸は慌てて振り返った。そこには背中に真っ白な翼を生やした青年が立っていたが人ならざる雰囲気に幸は思わずごくりと生唾を飲み込んで見上げる。


『人に取り憑き、人の生気を吸い成長する悪魔。人々はそれに気付くことはできない。だが、今与えた力はそれを見つけることが出来る』

「そ、それを私に与えて何になるっていうの……」

『汝と同様にアイギスを持つ者たちと罹魔を祓うのだ。その力があれば1人でも多くの人間が罹魔に殺されずに済む』


 彼の言葉に幸はまだ理解が追いつかない。青年はそんな幸を見て口角を上げる。


『案ずるな。お前は既に我が代行人と接触している。会話はしていないがな』

「だ、代行人?」

『詳しいことは奴に聞けば良い。私は他にすべき事がある故、失礼する』

「あっ、待って!」


 幸は去ろうとする青年を呼び止めた。


「な、名前は……、あなたの名前……!」

『……我が名はミカエル。大天使・ミカエルだ』


 そう言った刹那、眩しい光に覆われる。目を開けると元の風景だった。


「い、今の何だったの……。ミカエルって、天使って……?」


 幸は理解できないでうんうんと唸りながら悩んでいるもどうにもならず肩を落とす。すると背後に誰かが立つ気配がした。反射的に振り返るとそこには1人の青年がおり、幸と目が合うとにっこりと笑う。見た目は幸と変わらないくらい、あるいは少し年下のようにも見える程に可愛らしい顔立ち。幸は瞬きを繰り返していると彼は口を開いた。


「急にごめんね。驚いた?」

「え、あ、うん……」

「どうやら君もミカエルに気に入られたみたいだね。詳しいことは僕よりも知ってる人がいるから案内したいけど……」


 もう遅いから明日かな、と言う青年に幸は訳が分からず声を上げる。


「い、今すぐ知りたいのに!?」

「うーん、だって凄く時間取られるよ? なんでミカエルがそんなことするのかな~とか、か罹魔ってなに~とか。知りたいでしょ?」


 彼は少し癖のある髪の毛先を指でくるくるとさせながら幸にそう言った。図星なのか幸は黙ってしまう。


「大丈夫。君が知りたいことはちゃーんと(じん)さんが教えてくれるから」

「じん……さん……?」

「うん、僕の大切な人。誰よりもミカエルに愛されてる人だよ!」


 ミカエルに愛されてる人、と聞くと更に解らなくなる幸。けれど彼の言う通り、幸の疑問にはその人物が答えてくれるのだろう。


「そう言えば、あなたは……?」

「あっ、僕の名前は松本真弥(まつもとしんや)。こう見えても18歳!」

「じゅうは……っ、え、えぇっ!?」


 今日一、大きな声で幸は驚いたのだった。






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