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むかし助けたエルフに運命の番だと迫られていますが、のらりくらり躱していたら人魚の肉を食べさせられました。これでずっと一緒だなって、バカなの!?

作者: スズイチ


 

 幼い頃、祖母に頼まれて近くの森で薬草を採っていた時、きらめく何かを見つけた。


 湖の側でキラキラとなびく何かに近づくと、それはエルフであった。

 私は生まれて初めて見るエルフの美しさに薬草を入れたバスケットを落としそうになるが、なんとか耐える。


 きらめく長い金糸の髪に透き通るような肌と尖った耳、目を瞠るほどに美しいエルフの青年は、長い脚を伸ばして木にもたれ掛かっていた。

 ドキドキしながら眺めていると、エルフの脚から血が流れていることに気付く。


「(血!? 大丈夫なのかな……どうしよう……)」

 

 しばらく悩んだあと、私はエルフに近付いた。


「……先ほどから見ていたのはお前か? 何の用だ」


「……あのっ、これ!」


 私は摘んでいた薬草を差し出す。


「ちょ、ちょっと待っててね! ……っ、思ったよりも血がいっぱい出ちゃってる……」


 持っていた清潔な布で血を拭き取ると、手で潰して捏ねた薬草を患部に優しく押し付ける。


「何の真似だ、小娘」


 エルフに睨み付けられて怯みそうになるが、負けじと口を開く。

 

「私が怪我をした時、おばあちゃんがいつもこうして治してくれるの。だから……そうだ、お腹空いてない? お昼ごはんを作って持って来ているの!」


 バスケットの端に入れておいた、燻製肉とチーズとお野菜のたっぷり入ったサンドイッチを差し出す。エルフは迷惑そうな表情をしながらも受け取ってくれる。


「飲み物もあるよ! ハーブティー好き?」


「……」


 何も答えてはくれないが、ハーブティーも受け取ってくれた。


「血がいっぱい出ちゃった時は、たくさんご飯をたべた方がいいんだよ。私のも食べる?」


「……いらん。それはお前が食べろ」


「うん! じゃあ、一緒にたべよう」


 二人でサンドイッチを頬張る。


「おいしいね!」


「……」

 

 そうこうしているうちに、エルフの脚の血が止まっていることに気付く。


「あ、血が止まったね」


 私は先ほどの薬草を取り除くと、新しい薬草を潰して、再度患部に押し当てるとその上から真っ更な布を巻き付ける。


「これで大丈夫だと思う。また怪我しないように気を付けてね。じゃあ、私はもう行くね」


「……娘。お前の名は?」


「私? マルガレータだよ。あなたは?」


「私はエリオットだ」


「またね、エリオットさん!」



 ――以上が私と麗しのエルフ様との出会いである。


 

「久しいな、マルガレータ。迎えに来たぞ私の運命の番」


 ――あれから十年。

 なぜか私は今、この美しいエルフ……エリオットさんに求婚されています。


「……いや、待って。どういうこと? 運命の番って何ですか?」


「言葉のままだ。お前は私の運命の相手ということだ。出会った時は子供だったからな、お前が成人するまで待っていた」


「……えぇ……なんで私なんですか?」


「何度も同じことを言わせるな、運命だと言っているだろ」


「私は特に運命とか感じていないのですが?」


「人間は鈍いからな。致し方ない」


「(そんなものなの?)」


 とはいえ、急に運命の番とか言われても困る。私には両親がいない。代わりに祖母が育ててくれていたのだが、その祖母が先月亡くなってしまったのだ。感情の整理はまだ追いつかないけれど、これからの生活のことも考えて行かねばならない。


「……もう少し時間をください。今はおばあちゃんが亡くなったばかりで、生活のことで手一杯なので」


「生活なら私が支えるが?」


「いえ、そういう話しではなく……」


「そういう話しだろう? お前の一人や二人問題なく養える」


「話聞いてます?」



 そんなこんなでエリオットさんは毎日のように家にやって来ては、私を口説いてくる。それもプレゼント付きで。お花に薬草、鉱石や妖精の鱗粉や禁書など……実に様々な物たちを惜しげもなく毎日渡されるのだ。


 のらりくらりと躱してはいるが、どうしたものか。

 

 私の方はというと、祖母の残したこの家で農作物を育てながら、採取した薬草で作ったポーションを売って生計を立てている。

 元々、祖母のやっていたことで基盤が出来ていたので何とかなっている。有り難いことだ。


「マルガレータ、居るか?」


 おっと、今日も麗しいエルフ様のお出ましだ。


「はーい、居ますよ〜。ご自由にお入りくださいな〜」


 私の返事を聞いてから扉が開かれる。

 

「朝食を作って来た。一緒にどうだ?」


「エリオットさんが作ったんですか!?」


「ああ。あまり慣れていないので口に合うか分からないが。サンドイッチなので外で食べないか?」


「ぜひ! お茶の用意してきますね!」


 庭先のテーブルの上に、持ってきてくれたサンドイッチとフルーツとサラダを並べると、淹れたてのハーブティーをエリオットさんと自分の席の前に置き、祈りを捧げてからいただく。


「いただきます。――んっ! これすっごく美味しいです! なんだろう、白身魚かな?」


「気に入ったか?」


「はい、今度自分でも作ってみたいです」


「それは難しいかもな」


「……なぜです?」


「お前の食べたそれは人魚の肉だからだ」


 咀嚼していたサンドイッチをごくりと音を立てて飲み込んでから、先ほどのハリエットさんの言葉を反芻する。


「に、にんぎょのにく……?」


「そうだ。安心しろ、本人の許可を得て貰ったものだ。対価はそれなりに痛かったが仕方あるまい」


「いやいやいや! なんです、人魚の肉って! 何でそんな物をサンドイッチに!?」


「お前は以前、私との寿命の違いが気になると言っていたではないか」


「そ、そんなこと言いましたか!?」


「言った。種族間の問題が気になるとも言っていたな」


 ……言った? ……言ったのかも……。

 プロポーズの言葉を躱しているうちに出た言葉の一つだったかもしれない……と思い当たる。


「種族間の問題はどうしようもないが、寿命に関しては何とかなるかもしれないと、私なりに調べてな。すると、遠い東の国では人魚の肉を食べると不老不死になるという伝承があると聞いて、お前のために用意したんだ。気に入ってくれて、安心した」


 いや、先に言ってよ! 確かに美味しかったけど、普通人魚の肉なんて食べさせる!? どうなってんのよ、エルフの倫理観!

 

 エリオットさんは私の手を取ると真っ直ぐに目を合わせてくる。


「これでずっと一緒だな、マルガレータ」


 とんでもなく美しい笑みを向けてくるエリオットさん。さすがエルフ、綺麗だなぁ……じゃなくてだよ!


「これでずっと一緒だなってなに!? バカなの!?」


 怒る私に彼は美しく笑うだけだった。


 

 ◇


 

 ――人魚の肉を食べてから二週間。

 とりあえず、今のところ何の異変もない。でも不老不死って言ってたし、あと数十年くらい経たないと分からないのかもしれない。


 やだ辛い……。考えるのを止めて、私はポーション作りに専念することにした。


 しばらくすると、扉を叩く音がして返事をする。


「はーい、どなたですか〜? 開いていますよ〜」


 扉が開くと目深まぶかにフードを被った背の高い三人が入って来る。

 室内を見渡すと三人それぞれがフードを取り姿を見せる。


 色素の薄い髪に整った容姿、そして特徴的な尖った耳……エルフだ。


「エリオットは居ないのか?」


 彼の知り合いなのだろうか?


「今日はまだ来ていませんよ。多分、もう少ししたら来ると思るんじゃないかな? ここで待ちますか?」


 私の言葉にエルフたちは互いの顔を見合わせる。


「なるほど、それは都合が良い」


「はい?」


「おい、小娘。エリオットと別れろ」


「…………ん?」


 なに、急に。というか別に付き合っているわけではないんですけども……。


「なにを考えているのか知らないが、人間と番だなどと愚かしい」


「エリオットの奴、人間如きに骨抜きにされておって、恥を知るべきだ」


「あいつは昔から、優秀ではあるが変わっていたからな。とはいえ、今回は度が過ぎる」


「こんな不出来な小娘のどこに惹かれたというのだ、あいつは」 


「下等な人間などと番になり、子を成すかもしれないとは……想像しただけでもおぞましくて、吐き気がする。人間の血などと混じってほしくない」


「我々は崇高で誇り高いエルフ族だ。我らの高潔な血を、お前らのような下等な血で穢されたくはないのだ」


「さっさと身を引け、小娘。これはお前のためでもある」


 あまりの言い分に呆然としていたが、沸々と怒りが湧いてくる。


「――人のこと下等下等って、ずいぶんとまあお高く止まっていらっしゃいますこと。さすがはエルフさんですわね〜! そのお高い鼻で森を突き抜けて、あのどデカい山までぶっ刺せそうですね〜それだけプライド高いと生きづらそうで心配になっちゃいます〜! あ、人間みたいな下等な存在に心配されたら自尊心ズタボロになっちゃいますよね〜ごめんなさーい」


 はっ、と息を吐いてから続ける。


「勝手に身を引けとか、別れろとか、なにそれ? あなた達のような外野が、何故ごちゃごちゃ言うんです? それを決めていいのは私とエリオットさんだけです」


 私の言葉に、エルフ達の表情が消える。


「我らの温情で生かしておいてやろうと思っていたのに」


「生意気な小娘め。我らにそのような口を利いたことを、あの世で後悔するがいい」


 長く大きな手が眼前に迫る途中で、世界が暗転する。


「……なっ、」


「――マルガレータ、しばらく目を閉じていろ。すぐに終わらせる」


「え、エリオットさん!?」


 どうやら私は今、エリオットさんの手で目を塞がれているらしい。ていうか、いつ来たの!?

 

「私がいいと言うまで、決して開けるな」


「……わかりました」

 

 私はエリオットさんに言われた通り、大人しく目を閉じる。


「ハリエット!」


「――お前ら、なぜこの場所に?」


「お前が狂ったことをしているからだ!」


「退け、エリオット! その小娘は我々を侮辱した、生かしてはおかぬ!」


「――そうか、ならば私も容赦しない」


 タン、と音がした。

 人の動く音、布切れの音、そして……


「……あっ、が……っ、ぐ……」


「や、やめ……っ! ぁぁあっ……!」


「エリオット、貴様――っ、ぉっ、ごふっ、ぁが……っ、ぁ、……」


 苦悶の声。

 ガタガタと少し大きな音が聞こえたあと、扉が開き、すぐに閉じられる。

 しばらくすると、また扉の開く音がした。


「もう目を開けてもいいぞ、マルガレータ」


 目を開けると、そこはいつもと何一つ変わらない部屋だった。


「……あのエルフたちは?」


「帰った」


 何処に? 土に? 少なからずとも五体満足では絶対にないよね?


「あいつらは二度と、ここには来れないが……」


 その言い方、これもう確実にやってますよね?


「ここに居ると、またお前に危険が及ぶかもしれない。お前の祖母が残した大事な場所だとは分かっているが……」


 エリオットさんが珍しく言い淀む。


「まあ仕方ないですね。出るなら早いほうがいいですよね、急いで支度します」


「いいのか?」


「いいも悪いも、また同じ様なことになっても困りますし」


「――すまない」


「まったくですよ。責任取ってもらわないと!」


 エリオットさんに微笑みかけると、彼が驚いた表情になる。


「それは、私の番になるということか?」


「まあ運命とか番とかよく分からないですけど、エリオットさんと二人で旅に出るのは悪くないかなって。正直、この家と土地に未練はありますが……でも私、長寿になったんですよね? だったら、またいつか帰って来れるかもしれませんしね」


「……ああ、そうだな」


 ハリエットさんが目を細めて美しく微笑む。


「安心しろ、お前のことは必ず護るし何不自由はさせない」


「あははっ、大丈夫ですよ。私、それなりに逞しいので、どんなことがあっても何とかしてみせます! あ、エリオットさんも支度手伝ってください」


「わかった。――マルガレータ」


「はい?」


 名前を呼ばれて振り返ると前髪をかき分けられ、額にキスをされる。


「これからも宜しく、私の番」


 私は麗しのエルフ様のとろけるような笑みに、倒れそうになるのを何とか耐え忍んだのだった。

 

 



 ◇おわり◇



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