スワンプマンにこんばんは
雨の夜だった。いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰宅する。途中、ごく近くに落ちたと思しき雷の轟音と閃光には驚かされたが、変わったことと言えばその程度の、全くの日常だった。
一人暮らしの自室に帰り、着替えを終えた頃、玄関のドアの開く音がした。鍵を持っている人間は管理会社等を除けば私だけであるし、先ほど施錠はしたはず。俄かに緊張が高まる。立ち上がり、武器となりそうな物がないか見回すが、何もない。
侵入者の足音は迷うことなく私のもとに向かって来る。玄関からは精々五秒程度だろうが、過去最も長い五秒であった。
果たして侵入者と対面することとなった。しかし、私が覚えた感情は、恐怖でも怒りでもなく、驚愕のみであった。
そこに立っていたのは『私』であった。普段見慣れた鏡像でなく、写真に写る姿を見るような違和感こそあれ、寸分違わぬ『私』であった。驚愕したように目を見開いているが、私も同じ表情をしていることだろう。
恐らく同じ時間だけ、お互いに立ち尽くしたであろう。ドッペルゲンガー、いや。
「スワンプマン」
我知らず呟いたが、目の前の存在も、全く同時に同じ言葉を呟いた。
スワンプマンとは、沼を歩く人が、落雷によって命を落とすが、同時にその人とミクロのレベルまで全く同じ人が生成される、という話だったはずだ。
その話と私たちとの違いは、落雷にあった者が死ななかった、あるいは、死んだが二人分生成された、ということだ。
どのような奇跡が起きたのかは考えも及ばないが、目の前に『私』がいる以上、受け容れるしかない。
改めて『私』である彼を眺める。外見上は服装が違うこと以外は、全く同じである。
現時点でも、たとえば互いに見ているものの記憶の差によって、ミクロのレベルでの差は既に発生しているだろうが、同じタイミングで同じ言葉を発したところを見るに、思考にも影響しない程度の差なのだろう。
私か彼か、あるいはどちらもが生成された原因は先ほどの落雷なのであろうが、それまでも、それからも、私は『私』として意識を持っていた記憶があり、彼も同様であろう。当然、彼の考えを直接知ることも出来ないし、私の意識が彼の体を動かすこともないだろう。意識などは、さして特別な機能ではなく、指先を動かしたり、心臓が拍動したりするのと変わらないように思える。
私と彼は、クローンや一卵性双生児とさして変わることはない。それらと違って、それぞれが保持する記憶すらも同一の存在であるだけだ。
これまでの『私』の人生を送って来た者がどちらかなのか、あるいはどちらでもないのか、などはさしたる問題ではない。記憶が存在する以上、実態の有無など今においては意味を為さない。どちらもが『私』の人生を送ってきたとも言える。人間におけるシリアルナンバーがあったとして、それすらコピーされたら全く同じものが2つ存在するだけだ。同時に存在する瞬間からは、差分は積み重なっていくだろうが。
何にせよ、今日の僅かな時間を除いた記憶が同一というのが一番の問題であることには疑いない。必然、私のとろうとする行動も彼のそれも同様である筈なので、動くに動けない。達人同士の決闘のようである。
我ながら、抱いた感想の場違いな他愛無さに、思わず鼻から息を漏らす。やはり彼も同時であった。
「さて、これからどうしようか」
二人同時にこぼした言葉に、同一人物が複数存在することでの社会生活の不便を思い、辟易としながらも、苦笑する。
しばらくはお互いの行動をランダムな決定に頼ることになりそうだ、それとも人類史上最も不毛なじゃんけんになるのか試そうか、等と考え、サイコロでもあったかな、と記憶を浚うのであった。




