第86話 悪魔召喚(3)
原野碧は、「ジャラ、ジャラ」という耳障りな音で覚醒を始めた。
やがて、何か冷たいものが体に巻き付けられていくのを感じ、視線を移す。それで、異音の正体に気付く。
それは、自分の体を鎖で縛りつける音だった。
「な、何!?」
ハッとなって急速に意識が戻り始めると、背中から無機質な冷たい感触が伝わり、自分の体が何か固いものに鎖で縛り付けられていることだけは分かった。
いったい、何が何だか訳が分からず、一気に思考が混乱する。
状況を理解しようと視線を上へ挙げると、自分を取り囲むように全身黒ずくめの集団がこちらを見ていた。
あまりの事態に碧はゾッとする。恐ろしさで、思わず「ひっ!」と悲鳴をあげた。
必死に藻掻き、拘束から逃れようとするが、まったく力が入らない。魔法でどうにかしようと試みるが、魔力を練ることもできない。
黒ずくめの集団は、目の部分だけ穴を開けた先の尖った黒頭巾を被っており、碧は、世界史の教科書で見た不気味な集団を思い出した。
碧はその集団の名前を思い出せなかったが、黒ずくめの集団は、K・K・K団の格好にそっくりだった。
但し、色は真逆だが。
黒頭巾に開けられた穴から覗く視線は、表情が読み取れない分、余計に不気味で、それが一斉に自分に向けられる。
碧は恐怖でパニックを起こしそうになる。
そして、必死に、なぜ自分がこんな状況に置かれているのかを思い出そうとする。
……碧の最後の記憶は、愛するサーゲイルを助けたい一心で、宰相配下の尋問官に橘莉紗がいかに悪どい女であったかを訴えていた事だ。
その後、男の尋問官に代わって黒いローブを纏った黒髪の女が現れたので、同じ話を繰り返した。
相手がつまらなそうに聞いているのが癪に障り、語気を強めたことを思い出す。
やがて、「ああ、そう。それじゃ」と言って黒髪の女が両手をこちらにかざしたところで記憶が途切れている。
碧を縛り付けていたものは、黒曜石のような材質でできた四角錐のオベリスクような形状をしており、四面に縦方向の神代文字が刻みこまれていた。
さらに石柱を中心にして、同心円状に古代文字で描かれた魔方陣が白い塗料で描かれている。
「な、何なのこれ!? た、たすけてー!! お願いたすけてー!!」
全く理解が追い付かず、碧は涙を滴らせながら黒ずくめの集団に懇願した。
「あらまあ、目が覚めてしまったの。寝ていたままの方が幸せだったのに……」
この女の声には聞き覚えがある。そうだ、最後に自分の前に現れた黒髪の女の声だ。
「あ、アンタはあの時の女ね、どういうことなのこれは!? お願い、た、たすけて!」
碧は、消えてしまいそうな理性を必死で繋ぎ留め、女に助けを求めた。
「あら、覚えてくれていたのですね。はい、はい、もちろん、アナタたちを助けるためにやってるわ。アナタが必死に助けようとしていたサーゲイルも、すぐ傍にいるのよ」
声の主の女が黒頭巾を脱ぐ。女は、フォルティノだった。
碧は、唐突にサーゲイルの名前を出され、気持ちが強くなった。
「——!? サ、サーゲイル様………サーゲイル様はどこにいるのよ!」
「あらら……。とっくに隷属魔法は解けているはずなのに。どうやら、アナタの思いは本物になっていたようね。それは、それは、おめでとうございます」
フォルティノはニッコリと笑う。しかし、その笑顔には嘲りの色が濃く表れていた。
「心配しないでくださいね。アナタの愛しいサーゲイル様は、背中の石柱の裏側でお休み中です。そして、これからアナタたち二人は、永遠の愛を育むことになりますわ。正に『死が二人を分かつまで』ね」
「れ、隷属魔法!? ……ど、どういうこと?」
碧は、さっきまで支配されていた恐怖に変わり、疑問や不安の気持ちが急速に心を占めていった。
逃亡しようとした莉紗も同じようなことを言っていたからだ。
あの時は、莉紗の放った「洗脳」という言葉にまったく同意できなかった。なのに今の自分は、その言葉に強い説得力を感じている。
私は、なんであんな男を好きになってしまったのか……。
「どういうことなの!? 答えて、ねぇ、答えて!」
フォルティノは何も答えず、フフッと笑うと、再び黒頭巾を被り、合図を送る。黒ずくめの集団は、何かの儀式を始める準備を淡々と進めていく。
碧は声をからして助けを求め続けたが、一切無視され、最後はヒックヒックとすすり泣いた。一方、同じく縛られたサーゲイルは眠ったままだった。
「……まあ、静かなのは結構ですわ。私は、屑のナスルと違いますから、人が苦しむ声なんか聞いても嫌な気持ちになるだけなので」
やがて、準備は整い、フォルティノは、儀式開始を厳かに宣言する。
そして、黒ずくめの集団は一斉に両手を石柱にかざした。
「「「「「「「「「「 Διάβολε, έλα(悪魔よ来たれ)!!」」」」」」」」」」
黒ずくめの集団の一斉の声を合図に地面に描かれた魔方陣は黒い光を放ち、辺りは一瞬にして暗闇に包まれる。
しかし、二人を縛り付けたオベリスクだけは、反対に青白く輝き始めた。
魔方陣より発せられた禍々しい光は徐々にオベリスクの尖頭に集中し、この世での依り代を求め、二人を包み込むように球形の形を作りだしていく。
ようやく目を覚ましたサーゲイルは、自らの周囲で起きる激変に絶叫する。
碧もまた、枯れた喉を必死で震わして、助けを求めるのだった。
やがて球形の巨大な黒い光の玉は、脈動を始めながら収縮をはじめ、二人の絶叫をも飲み込んで巨大な人型へと変貌を遂げていった……。
「そんな……そんな……ありえないわ……そうよ、夢よ、これは夢だわ……」
ブツブツと呟きながらフォルティノは周囲に広がる光景を呆然と見つめる。
彼女のまわりには黒い衣が散らばっていた。
その全てが黒ずくめの格好をした集団の死体だった。
死体に厚みがないのは、骨と皮だけになっているからだ。
——中身を吸い取られた。
フォルティノはたった今起きたできごとを振り返る。
悪魔召喚によって顕現した異形の存在から打ち出された血管のような赤黒い管が黒ずくめの集団に打ち込まれる。
管はドクン、ドクンと不気味に脈打ちながら、瞬く間に黒ずくめの集団を干からびさせていった。
次々に崩れ落ちていく黒ずくめの者たち。
フォルティノをはじめ黒ずくめの集団は、野心とエネルギーに満ち溢れた若い黒魔導士たちだった。
いずれもが近い将来、王国の魔術師たちを率いることになる素質をもった者たち。
それがいまでは、100歳を越え、老衰死したようなミイラの如き姿で転がっていた……。
この惨劇からフォルティノだけが助かった…………のではなかった。
逆だ。
闇からこちらを見つめる赤い瞳に射すくめられ、フォルティノは恐怖に慄く。
——なぜ、こんなものを呼び出してしまったのだ……。
この悪魔には絶対に勝てない。
もちろん使役することなどできるはずもない。
逃げだすことも許されない。
他の者は苦しまずに死ねただけマシだった。
自分だけが、これから嬲られるのだ……。
悪魔の瞳から、自分だけに向けられる強烈な憎悪を感じ、フォルティノは生き延びることを諦めた。
——嬲り者にされるくらいなら、いっそのこと!
フォルティノは自らに向けて魔法を放とうとした。
だが、それも無駄だった。
異形の悪魔からまたも太い血管が飛び出し、フォルティノは縛り上げられる。
異形の悪魔は、フォルティノに復讐するために、一歩一歩近づいて来るのだった。
「いやぁぁぁぁぁぁーー」
フォルティノの悲痛な叫びが辺りに響き渡った。
この日、イドリース王国に本当の危機が訪れた。
邪神が顕現したのだ。
更新を中断します。
ブックマーク数が200を越えない場合、残念ですがここまでにするかもしれません。
現在、新作を構想中です。 4月には公開を予定しています。ここまで読んでいただいた方々には、是非そちらも読んで頂きたいと思います。
【今回までの連載での反省と所感】
初めての執筆ということで、プロットも荒く、書きたい気持ちのまま書いてきた作品です。
個人的に、一人称視点より三人称視点の方が好きで、何もわからず書き始めたのですが、やはりWEB小説で三人称視点は読者が感情移入しにくいことが改めて分かり、読んでみようと開いてくださった方には申し訳ない気持ちになりました。
また、以前も書いたように、主人公だけの視点で話を進めると、唐突感やご都合主義展開となるため、どうしても他の登場人物に視点をあてて話を書くことが多く出てきました。
そのたびにPVが減少し、読者が離れていくことに苦しさと難しさを感じていました。この作風である以上、それを改めるわけにはいかず、思い切って作風を変えなければいけないと思い始めました。
多くの方が話されているように、やはり、WEB小説は、一人称で、主人公から視点を離してはいけないこと。出来るだけストレスフリーな表現や展開にすることが求められていることが身をもって分かりました。
そこで、次回作は思い切ってこれまでの作風と逆にしてみようと思います。
出来るだけストレスフリーで、ご都合主義も恐れず、サクセスストーリーを追い求める。そんな作品です。
最後に、未練ではありますが、この作品が面白い、続きを書いて欲しいと思われた方は、ブックマーク登録と ☆☆☆☆☆ を ★★★★★ によろしくお願いします。




