第84話 クロスロード(3)
フロリゼル・クラリオン率いる近衛隊は、逃亡した金本紫苑を追って北上した。しかし、わずか数騎の逃亡者の痕跡を負うことは困難を極め、3日経ってもその行方を掴めずにいた。
フロリゼルは、これ以上の追跡は困難と判断し、王都へ帰還することを決意する。だが、これは自分の身の破滅を意味した。
たかが盗賊集団に精鋭の近衛隊数百名を失い、その頭目である金本紫苑の逃亡を許した。これは、紫苑が強力な天職を有した転移者だったことを考慮したとしても、明らかな失態であり、どう申し開きしても許されることはないだろう。
結果ではなく、弁舌で保身が図れるほど国王ファーガスも宰相のオーヴィルも甘い人物ではない。
それでもフロリゼルは王都への帰還を選んだ。これ以上宛てもなく探索を続ければ、やがて勅令で帰還が命じられるだろう。そうなっては、我が身だけでなくクラリオン家全体が害を受けかねない。そうなる前に、王の御前にて潔く自裁しようと覚悟を決めたのだ。
4日目の朝、憔悴したまま淡々と帰還準備を進めるクラリオンに、驚きの報告が入る。
「なんだと、それは本当か!? 本当のことなのだな!?」
「ええ! 先ほど、北方へ探索に向かわせた騎士が、布に包まれた首を携えて帰投しました!」
「確認する! 早くその首をここへ持ってこい!」
「はっ、ただちに!」
副長は興奮した面持ちで、報告を終えると、簡易天幕から出ていく。直ぐに、副長と共に若い騎士が血で黒ずんだ布を抱えて入ってくる。
布が解かれると、金髪の長い髪が、酸化した血液でべっとりと黒くなった首が現れた。
「こ、これは……」
クラリオンは息をのむ。
その死に顔が、凄まじい形相だったからだ。
苦痛に歪みつつも、全てを恨むような、そんな憎しみに塗れた表情で息絶えている。
「間違いない……、金本紫苑だ。貴様、これをどこで見つけた!」
「はっ、公路をテザ方面へ向かっていたところ、道路わきで旅の商人どもが騒いでおりましたので、近づいて尋ねたところ、この首が地面に突き立てられた棒に掛けられておりました」
フロリゼルは地図を広げ、具体的な場所を指ささせる。
「フェズ大神殿へ向かう道との合流点か……。他に何か無かったか」
「こちらをご覧ください。布の中に首と一緒に入っておりました」
そう言って若い騎士は油紙に包まれた手紙を差し出す。
クラリオンは、引っ手繰るように受け取ると、手紙を開いて文面を凝視した。
「にわかには信じられん話だが……」
「何と書いてありましたか?」
困惑した表情を浮かべクラリオンは手紙を副長に手渡す。中身を読んだ副長の表情にも同じ色が浮かぶ。
「……金本に付き従っていたデイレルという男、確かにそれなりの使い手であった。だが、逃走中に偶々隷属魔法が解け、しかも不意を突いて金本の首を落としたなどと、都合が良すぎる……」
「確かに、都合が良すぎますな。ですが、これが嘘であれ何であれ、我々は救われましたな! 討伐の任務が果たされたとなれば、宰相殿の横槍もかわせましょう」
「…………」
フロリゼルは、副長の言葉に素直に頷くことができなかった。言わばこれは偶然の賜物、僥倖と言って良い。自らの手で金本を討ったのでなければ、たかが盗賊に大きな犠牲を払ったという汚名をそそいだことにはならない。
だが、自分の名誉を抜きにすれば、目的を達成したことには違いない。これで近衛隊もクラリオン家の名誉も保たれた。そう考えて、フロリゼルはようやくホット胸を撫で下ろした。
——しかし、金本のあの死に顔……。とても不意打ちを受けた者の顔ではない。死ぬ前に余程の目に遭ったのだろう。ならば、誰があの凶悪な異界人を討ったのだ……。
あの男は、卑怯な上にかなりの腕を持っていた。それを見事討ち取り、なお、その手柄を隠すような真似をするとは……。
レリック殿下のこともある。テザには相当な強者が潜んでいると見て間違い無いだろう……。逃亡した橘莉紗はもしや……。
——フフっ、今は余計な思案は不要であったな。そちらの問題は宰相殿の範疇であった。
「よしっ! 直ちに王都へ引き上げるぞ! 準備を急がせろ!」
「「はっ!!」」
副長と若い騎士は敬礼すると、勢いよく天幕から飛び出していった。
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デイレル、マリーフェスの兄妹と別れて2日後、アステルたちはテザへと戻ってきた。
途中立ち寄った宿場町で馬を売りはらい、代わりに食料や白いローブを購入した。ファラリスは、馬を手放すことを惜しんだが、馬を引いてテザへ再度侵入することは難しいと理解し、結局アステルの判断に従った。
白いローブをまとったファラリスと、光神教の高位聖職者の法衣でもある純白のローブをまとった莉紗の二人は、城門前で莉紗の『光魔法澄明』によって姿を消し、堂々と城門の中へと進んだ。
一方アステルは、日暮れになるのを待って、人知れず城壁を越えて市内へ侵入した。莉紗の『光魔法澄明』の効果は二人が限界だったからだ。
市内で三人が落ち合あった先は『自由な白馬亭』であった。
ここで、チョッとした騒ぎが起こる。
宿屋の主サルタンは、一週間ほど前に宿泊した莉紗のことを良く覚えており、その莉紗がアステル、ファラリスと連れだって再度訪れたからだ。
アステルをファラリスの女従者と思い込んでいるサルタンは、アステルのことが気になって仕方がない。
簡単に言えば、サルタンはアステルに一目惚れしていたのだ。その惚れ込んだ相手が一月と立たずにまた宿泊に訪れてくれた。年甲斐もなく火が付いたサルタンの情欲は危険な方向へと走り出す。
できれば前回泊まった部屋が良いと希望したファラリスだったが、サルタンは別のもっと特別な部屋を準備するといって聞かない。同料金だからということで押し切られる形で奥の特別な部屋へ案内される。
「どういうことだ!? こんな立派な部屋が一晩で銀貨3枚だと! ……あの宿の主人め、何を考えている」
「……確かに、この部屋は豪華すぎる。上客が泊まるスイートルームだな」
アステルが部屋の調度品の立派さに感心しながら頷くと、ファラリスと莉紗が強く否定してくる。
「アステル、そうじゃないです! あのご主人のアステルへ向ける視線を感じなかったんですか!」
「そうだぞ、アステル! あのサルタンという男は、アステルにずっとイヤらしい……、いや、ゴホン。不埒な視線を向けてきていた。私は、途中から腹が立って仕方がなかった」
「は? な、何を言っている。そんなはずないだろ、だって俺は男だぞ」
アステルの言葉に、二人はヤレヤレといった感じで首を振る。
「良いですか、アステル。アナタは中身は男でしょうが、外見は立派な女です。それも女の私が見てもウットリするくらいの美女なんです! 普通の男性からすれば、格好の得物なんですよ!」
「え、得物!?」
「そうだぞ、アステル! もっと自覚を持つのだ。男たちは、隙を見せればつけあがってくるものだ。すぐに触ろうとしたりな。いいか、お前に触れていいのは、この私だけ——」
「——違います。アステルに触れていいのは私たちだけです!」
これに、莉紗はいつもより喰い気味に反論する。
「わ、分かったから、そんなにヒートアップするなよ。……それで、店主が何かしてくるっていうのか?」
「分かりませんが、部屋の調度品や風呂場の鏡など、調べておいた方が良くありませんか。この部屋を無理に推して来たんです。何か仕掛けがあったりしたら困りますよ」
「うむ。そうだ、莉紗の言うとおりだ。けしからん魔道具などが仕掛けられている可能性だってあるしな。もし、見られたり記録されたりできるような魔道具が有ったとしたら……あ、安心して…………で、できんしな」
「そ、そ、そんな魔道具が有ったら、た、大変ですね。よ、よし、探しましょう!」
途中から顔を真っ赤にしてごにょごにょ言い出したファラリスに莉紗も顔を赤らめる。
そんなに恥ずかしがるんだったら、言うなよと思うアステルだった。
「なあ、やっぱり部屋を変えてもらおうぜ。それが手っ取り早い」
「「………………」」
二人は、ハッとなって顔を見合わせるのだった。
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