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第83話 クロスロード(2)



 アステルは、荒ぶる感情のまま紫苑を切り刻みたくなる衝動と必死で戦いながら、一先ず紫苑の傷口を治癒魔法ヒールで塞ぐ。


 だがそれは、紫苑を助けるためではない。この男が然るべき報いを受けるためである。


 失血死を免れた紫苑は、芋虫のように頭を地面に押し付け、砕けた顎で必死に命乞いをした。アステルにその気が無いと知ると、莉紗やファラリスに懇願した。結局それが無駄だと分かると、今度はあらん限りの呪いの言葉を吐いた。だが、それだけである。


 しばらくして意識を取り戻したデイレルとマリーフェスは、洗脳が解け、全てをはっきりと思い出していた。そして、アステルから手渡された剣で、二人は何のためらいもなく金本紫苑を切り刻んだ。


 マリーフェスが最初に刃を突き立てたのが、紫苑の局部だったことが彼女の憎悪の深さを物語っていた……。


「……こんなことをしても、父さんや村のみんなは帰ってこない。だが、それでも……それでも、あなた方に感謝する。せめて、みんなの仇を討つことができた。……それに、アステル、一度は貴方に刃を向けた僕を救い、こうして親の仇を討たせてくれた。……僕は、僕は……」

「……兄さん……」


 デイレルとマリーフェスは抱き合って嗚咽おえつする。

 アステルは、黙って頷くと、一人でその場を離れていった。アステル一人で、この報われない感情を整理する時間が必要だったのだ。


 それが分かるので、ファラリスと莉紗はアステルを追わなかった。


「莉紗よ、オマエはアステルのことを恐ろしいと思ったのではないか……」

「……正直、少し……」

「だろうな……。だが、分かっていると思うが——」

「——ええ、分かっています。アステルは、残酷だとしても、あの兄妹に仇を討たせることで、せめて二人だけでも救いたかったんですね……」

「もちろんそれもある。だがな、それだけではないぞ……。以前、アステルは奴隷市で売られている女たちを見て逆上したことがあった。あの男は、いつだって冷静でめったなことでは自分を見失ったりしない。……だが、あの時は無謀なことをしでかすのではと私が冷や冷やするような状態だった。

 ……アステルは、あの男は、強者が弱者に理不尽な力を振るうことに我慢がならないのだ。それに……これはとても大事なことだが、あの男は、決して自分ために力は振るわない。あれだけの力を持っていながらだ。決して無関係な人間を傷つけたりしない! ……そんな男だから、一人だけ傷つきもする。だが、そんな男だから、単身で私を救ってくれた。……そして、私はあの男にずっとついていくと決めたのだ」


 莉紗の心に、悔しさと情けなさが溢れ出た。


 莉紗は、アステルが一思いに紫苑に止めを刺さないことを残酷だと感じてしまった。表面的な部分で『命の尊厳が』などと考え、紫苑に少しでも同情した自分を悔いた。


 ああして抱き合ってすすり泣く兄妹を見て、筆舌に尽くせないよっぽどのことがあったことが伺える。アステルが兄弟に復讐の機会を与えなかったら、この二人のやり場のない感情はどうなっていたのかと思うと、今更ながら自分の短絡的な思考に腹が立った。


 自分はまだ()()()()()()()()()から一歩も出ていないことに気付く。


 そして、()()()()()碧から言われた言葉を唐突に思い出すのだった。


『自分が特別な存在だからって自惚れないでよ!』『莉紗、どうしてここに居るの、答えて!』


——そりゃあ、碧も怒るよ……。私はまだキレイごとの世界に生きているもの……。


 自分の価値観が揺さぶられ、その場に立ちすくみ、茫然となる。莉紗こそ、感情を整理する時間が必要だったのだ。それでも莉紗は、せめてこの兄妹が自死をはかるなど妙な真似をしないように傍に居て見守った。



 一方ファラリスは、この間に騎士団仕込みの技で、放馬した馬を3頭とも連れ戻していた。


 しばらくして戻ってきたアステルは、項垂れたデイレルとマリーフェスに言葉をかけ、マリーフェスに断ってから彼女の体に手を当てる。マリーフェスの体を淡いエメラルドグリーンの光が包みこんだ。


 マリーフェスの白魔法では表面的な傷口は治せても、体の内側までは治すことはできない。彼女の傷つけられた心は癒せないまでも、せめて体の傷だけは癒してやりたかったからだ。


 温かなエネルギーが流れ込み、体の内側の傷が癒えていく。マリーフェスには、その奇跡が良く分かった。感情があふれ、頬を伝う涙を止めることができなかった。


「重ね重ね、貴方には何と感謝したらよいか……。僕たち兄妹に何のお礼もできないことが心苦しい……」

「アステル様……、兄の命を救っていただき、私のこの体まで……。私は貴方から受けた御恩は一生忘れません」


 うつむいたままのデイレルとは違い、マリーフェスのアステルを見つめる瞳には、慈愛の女神を見つめるような感激に溢れていた。


「……まあ、なんだ。俺が言うのもなんだが、せっかく繋いだ命なんだ。簡単に死のうと考えたりして無駄にしないでくれよ」


 アステルは、照れくさそうに言った。


「……有難い言葉だが、それは難しい。洗脳されていたとはいえ、僕は近衛隊の方々の多くの命を奪ってしまった。その罪は決して許されはしないだろう。それに、もはや僕たち兄妹には寄る辺は無い。せめてマリーフェスの落ち着き先だけでもあなた方に委ねたいのだが……」

「そんな、兄さん……。 アステル様、虫の良い話だとは思いますが、なんとか兄さんに生きる道を示しては下さらないでしょうか。そのためなら、私はあなたの奴隷にでもなんでも——」

「——何が奴隷だ! 俺がそんなもん望んでいるとでも思っているのか! 自分を粗末にするなよ!」


 アステルは、マリーフェスを怒鳴りつけ、次いでデイレルに鋭い視線を向ける。


「いいか二人とも。アンタらは、自分を責めているみたいだが、それを今すぐ止めろ。お前らは被害者だ。悪いのは、クズ野郎ただ一人だ」


 そう言って、アステルは紫苑の遺体に視線を向ける。紫苑は首を落とされ、首は布に包まれて置かれていた。


「それでも、自分がしたことが許せないっていうのなら、これから命を懸けてこの国で虐げられている奴らを助けて生きろ。でもなデイレル、ハッキリ言ってアンタは弱い。だから、強くなって二度とあんなクズに負けないようになれ」


 デイレルは顔を上げ目を見開く。どうやらアステルの強いメッセージは、デイレルに大きなインパクトを与えたようだった。


 アステルは、次にマリーフェスに優しい表情を向ける。


「なあ……、アンタは今、あんなクズの言いなりになっていた自分の事が許せない、もう自分には何の価値もないと思っているかもしれない……。でも、もしそう思ってるなら、それは違う。絶対に違う! アンタに苦痛を与えたクズには、アンタ自身の手で相応しい報いを与えた。それが第一歩だ。


 俺も、アンタと同じように酷い目に合って、自分の事を見失ったことがあった。こんな目に合うのは自分がどこか悪いんじゃないかとか、自分なんか何の価値もないとかな……。だが、俺も、俺に苦痛を与えた奴を八つ裂きにして報いを与えた。そして、そこから這い上がったぜ。自分にかけられた呪いを解いたんだ。


 アンタだって必ずそれができる! アンタの体は、俺が女神に与えられた力で元に戻した。もちろん、傷ついた体は元に戻せても、心までは無理だ。でも、俺がそうだったように、誰かと出会って、その誰かの役に立つことで救われることだってある。


 だから……だから、その時まで自分を大切にしろよ……」


 マリーフェスを諭すように、だが自分自身に語り掛けるような、そんな言葉だった。


 マリーフェスの頬を再び熱いものがつたう。そして、デイレルもまた、目を伏せて泣いた。


 自分のことが唐突に語られ、顔を赤らめるファラリスだったが、ふとこの兄妹を救う方法が浮かんだ。


「……アステル、この二人だが、テレムセン騎士団に預かってもらうのはどうだろうか」

「テレムセン……。そうか、カーバインを頼るのか! そいつは名案だ。あの男なら、事情を知れば必ず力を貸してくれるはずだ」


 ファラリスの提案にアステルは飛びつく。


「テレムセン騎士団……」


 デイレルとマリーフェスはその名を聞き、困惑する。


「テレムセン騎士団は、ファラリスが先日まで騎士団長を務めていたんだ。今、後を継いでいるカーバインって奴は腕もたつ話の分かる男だ。頼ってみる価値はあるぜ」

「テレムセンの騎士団長…………!? では、貴女が高名な『テレムセンの姫将軍』! その名は南部の村々まで轟いておりました」


 デイレルは涙を拭き、慌てて貴人に対する礼をとった。この国で騎士を目指す者にとって、『姫将軍』の名を知らぬものはいない。


 大軍を指揮し、男たちの先頭に立って戦う騎士の鑑。そして何より、この国一と称される麗しくも気高き美貌。


 噂はだいたい尾ひれが付いてまわるもの。だが、改めて見るファラリスの姿は、噂通りの透き通るような美しさだった。


 デイレルの心は早鐘のように高鳴る。何度も涙を流す姿を見せてしまい、気恥ずかしさのあまり顔が真っ赤に染まった。


「お前たち二人に異存がなければ、私からカーバインに手紙を書こう。どうする、悪いが今すぐ決めてもらうぞ」

「ぼ、僕……いえ、私に異存はありません。光栄であります!」

「………私は、私はできればアステル様にお仕えしたい………」

「マリー、僕らではファラリス様のお役には立てない。残念だけど、力不足で足手まといになるだけだよ。今は、お言葉に甘えてテレムセンに行ってみよう」


 アステルを信仰の対象のように見つめるマリーフェスをデイレルは諭す。兄として妹の心に灯った明かりを消したくは無かったが、それは仕方がないことだと思った。


——自分も妹も、この方たちの隣を歩くには、余りにも力不足だ……。


「それが良いだろう。いや、そうしなさい。むすめ、マリーフェスといったな。言っておくが、アステルは女神様ではないぞ。立派な男だ、男。故に信仰の対象になどするなよ。……それから、アステルは、私とそこに居る莉紗でしっかり支えるので、安心して兄とテレムセンに向かうがよい」


 ファラリスは、やや早口の断定口調でまくし立てる。

 アステルは、ファラリスが、また変なモードになり始めていると焦った。




 紫苑や盗賊の、そして紫苑が乗ってきた馬の遺体を埋葬し、再度出発の時を迎える。


 デイレルとマリーフェスの兄弟は、ファラリスから受け取った手紙を大切にしまい、ここまで乗ってきた馬に跨ると、東を目指して旅立って行った。


「さて、我らも行くとしよう。私は久しぶりの馬の背を一人で堪能したい。アステル、お前は莉紗とその馬で後に続け」

「でも、俺、一人で馬に乗れねぇよ……」

「何を言う、以前ハーキュリの上で私が教えたではないか。その馬は、脚力では遥かにハーキュリに及ばんが、大人しい馬だ。お前なら十分操れるはずだ」


 ここまで言ってから、ファラリスはアステルを引き寄せ、小声で耳打ちする。


「道中、莉紗に優しくしてやれ。莉紗には、今お前が必要だ」


 言われてから、アステルはファラリスが何をさせたいのかが良く分かった。


——ファラリス、オマエはホントにいい女だぜ。俺には勿体ない位に。


「莉紗、これは一つ貸しだからな。()()()()()()をしばらくお前に預けておくぞ」


 ファラリスは、一人馬に跨ると、気持ちよさそうに軽快に馬を操って走り去っていく。莉紗はその背中に大声で叫ぶ


()()()()()()()でしょ! でも、せっかくだから借りておくわ!」





最近は、PVがやや減り、読者がついてきていないのか心配ですが、


 ブックマーク数100 総合500ポイントを目指すことが、今のモチベーションとなっています。どうか、この作品のファロワーになってください。 それと ★★★★★ をよろしくお願いします。

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